↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/43

6 冒険(3)

 探しても、探しても、出口は見付からない。オノゴロの過去を物語る決定的な何かも見付からない。そうやって、同じ様(よう)な日々が過ぎていく。オノゴロの8割方(わりがた)調査が終了する頃(ころ)になると、流石(さすが)に隼人(はやと)の焦燥感(しょうそうかん)は誤魔化(ごまか)せないくらいに高まってくる。努力しても成果の出ない毎日が、隼人の精神を削(けず)っていく。彼はどんどん寡黙(かもく)になり、訪ねて来るムサシ達にも、苛立(いらだ)ちは手に取る様(よう)に分かった。

 そんなある日、隼人はオノゴロの壁間近(まじか)のマンションを捜索(そうさく)していた。5階建てのマンションの全部の部屋に入り込んで調査したが、何も見付からない。別にいつもの事だ。1つ1つの事で落ち込んではいられない。5階の通路から階段を降りようとした時、裏庭があるのに気付く。恐らく昔は住人が手入れをして、季節の花が咲き乱れていただろう花壇(かだん)が見える。今は四角くレンガで仕切(しき)られた枠(わく)だけが残り、固くひび割れた土がむき出しになっている。清掃ロボットでも、ここまでは手が回らないのだろう。

 あそこも一応調査しよう。

 1階に降りて、裏庭に出るドアを探す。マンションの通路、表通りからのエントランスとは逆の突き当りに出入り口がある。アルミ製の飾(かざ)り気(け)のないドア。少し歪(ゆが)んでいて、簡単には開(ひら)かない。体をぶつける様(よう)にしてドアを押し開(あ)け、裏庭に出る。3m四方くらいの小さな空間。隼人は真上に見える同じ大きさの四角い空を振り仰(あお)ぐ。足元を見回す。硬い土がむき出しになっている以外、人の営(いとな)みを思わせる物は、スコップ1つすら落ちていない。視線を建物の壁に向けた時、異変を見付ける。一面(いちめん)白く塗装された建物の外壁、モルタルで仕上(しあ)げられた表面が塗装されている。その一部だけ材質が違う。同じ白に塗装されてしまっているから分かりにくいが、幅2cmくらいの、恐(おそ)らくステンレスの枠(わく)に縁取(ふちど)られた金属の板が嵌(は)め込まれている。

 まるで、ドアの様(よう)だ。

 そう思った瞬間、全身の毛が逆立(さかだ)つのを覚(おぼ)える。壁に近寄り丹念(たんねん)に調べる。モルタル壁の上にステンレスの枠(わく)が重なっていて、隙間(すきま)をコーキング剤で埋めてある。枠(わく)に囲まれた金属の板は、叩(たた)けばトントンと軽い音がする。

 間違いない。これはアルミのドアだ。取(と)っ手(て)は見当たらないが、恐(おそ)らく、ドアノブを外(はず)して、ノブのあった穴もコーキング剤で埋めてしまったのだろう。その上から白い塗装をしてあるから、分かりにくくなっているだけだ。

 開(あ)けたい。この向こうに何か秘密が隠されている。もしかすると、オノゴロの外に繋(つな)がる出入口かも知れない。そんな重要な出入口にしては安っぽい造(つく)りだが、他人に気付かれない様(よう)にするために、こんな細工(さいく)をしたとも考えられる。

 隼人は周囲を見回す。ドアをこじ開けられそうな物は何もない。唇(くちびる)を噛(か)んでしばし思案する。思いついた隼人は、急いでその場から駆(か)け出す。マンションの表玄関(おもてげんかん)から通りに出る。通りの左右を見回し、清掃ロボットを探す。いつも邪魔(じゃま)なくらいウロウロしているのに、必要な時に姿が見えない。隼人は勘(かん)を働かせて方向を決め、走り出す。通り過ぎようとした交差点でふと横を見れば、清掃ロボットが道具を入れたカートを引いて歩いている。隼人は急いで駆(か)け寄ると、カートに積まれた掃除用具を物色(ぶっしょく)する。

「なんだ、あんた。」

 隼人の姿に気付いたロボットは、喧嘩腰(けんかごし)に振り返る。

「ちょっと、掃除道具を見せてくれ。」

 清掃ロボットの態度など気にしていられない。隼人は、カートの中から勝手(かって)に掃除用具を取り出してみる。箒(ほうき)やデッキブラシでは役に立たない。アルミ製のモップの柄(え)は持ち易(やす)いが、ドアを打ち破れる様(よう)には思えない。ステンレス製のケレン棒。路上にこびり付いた汚れを落とすための物だ。何か重い物をぶつけてドアが歪(ゆが)めば、隙間(すきま)にケレン棒の先を突っ込んで、こじ開けられるんじゃないか。

「これ、借りてくよ!」

 隼人はケレン棒を掲(かか)げてロボットに見せると、相手の返事も聞かない内に元来たマンションへと走って戻(もど)る。

「おい、ちょっと、勝手な事されちゃ困るよ!」

 背後でロボットが叫んでいる。

 ドアにぶつける重い物も必要だ。

 マンションまでの道の途中、歩道ブロックの隙間(すきま)にケレン棒を差し込んで掘り起こし、それも抱(かか)えてマンションへと走る。裏庭に直行して、ドアと思(おぼ)しき金属板の中央目掛(めが)けて、歩道ブロックを投げつける。

 ドスンと音を立てて、ブロックが跳ね落ちる。当たった所のペンキに汚れが付き、僅(わず)かに凹(へこ)みができる。

 やっぱりドアに違いない。

「あ~、あ~、あんた、何してるんだ!」

 隼人を追い駆(か)けて来たロボットが、破壊行為に及(およ)んでいる隼人を見付けて大声を上げる。隼人は構(かま)わず落ちたブロックを拾い上げて、もう1度思いきりぶつける。凹(へこ)みがもう1つ増えるだけだ。

 こんな物じゃ駄目なのか。

 拾い上げたブロックを持って、大きく上体を反(そ)らし、あらん限りの力を使って投げつける。

 まだまだ。

 清掃ロボットは、こいつは狂っているんじゃないかと思ったのか、眼を剥(む)いて隼人の動きを見守るだけで近付こうとしない。

 何度か投げつける内にドアが歪(ゆが)み、モルタルと金属の帯(おび)の間に隙間(すきま)ができる。持って来たケレン棒の平たい先端(せんたん)を隙間に捻(ね)じ込みこじる。金属がひしゃげて隙間が広がる。今度は、ケレン棒の柄(え)の方を押し込み、てこの原理で持ち上げる。ドアが歪(ゆが)んでも、ドアノブがあった部分のラッチがなかなか外(はず)れない。

「こ、こりゃ、隠し扉(とびら)だ。」

 それまで隼人の様子を傍観(ぼうかん)していた清掃ロボットは、隼人が格闘(かくとう)しているのが隠れたドアを開(あ)けるためだと理解すると、慌(あわ)てて姿を消す。隼人にとってはどうでも良い。ましてケレン棒が曲がろうが、折れようが構(かま)わない。兎(と)に角(かく)、この扉(とびら)の向こう側に何があるのか絶対に知りたい。ドアノブのラッチの近くにケレン棒の先端を無理やり押し込み、柄(え)を片手で持って、もう一方の手でブロックをケレン棒の上から打ち付ける。片手では力が入らないが、ブロックの重さが効(き)いて、何度も叩(たた)く内にラッチが壊れる。隼人は、ドアの隙間にケレン棒の柄(え)を差し込んで、ドアの周囲のコーキングをベリベリと剥(は)がす。

 遂(つい)にドアが開(ひら)いた。目の前に暗い空間がぽっかりと口を開(あ)けている。日なたの明るさに慣れた目で、暗い空間に目を凝(こ)らす。中にごちゃごちゃと何かある。すえた臭(にお)いが流れ出て来る。隼人は、真っ黒な空間に恐(おそ)る恐る足を踏み入れる。

 そこは6畳程(じょうほど)の広さがある部屋だ。正面に大型モニター画面がこっちを向いて置かれている。その前には、向こう向きにヘッドレストが付いたオフィス用チェアが据(す)えられ、左手にはコンピューターと照明装置が埃(ほこり)まみれになっている。右手にはラックが組まれ、隼人には分からない機材がぎっしり詰(つ)め込まれ、これも埃(ほこり)まみれだ。床(ゆか)にはプラスチックのカップや容器が散乱し、シミの様(よう)な汚れがそこら中にある。足の置き場に気を付けながら、椅子(いす)の正面へ回り込む。椅子の上を見下ろした隼人は、思わず息を飲んだ。

 死蝋(しろう)と化(か)した遺体(いたい)がオフィス用チェアにこびり付いている。最早(もはや)人間の形をとどめていない。皮膚(ひふ)が溶け、上体が腰に向かって崩(くず)れ落ち、そのまま茶褐色(ちゃかっしょく)の塊(かたまり)になっている。この人物は、この椅子(いす)に座ったまま最期(さいご)を迎(むか)え、半(なか)ば崩(くず)れた姿になっても、長い年月の間、ここを訪ねて来る人間を待ち続けていたのだ。

「…お、開(あ)いている。」

 外からの声に隼人は振り向く。狭い裏庭に清掃ロボットの姿が3人見える。

「まだこんな所が残っていたのか。」「おい、さっさと片付(かたづ)けよう。」

 ロボット達がどやどやと部屋に上がり込んで来る。

「あんたかい?この部屋を見付けてくれたのは?」3人の中の代表者だろうか、恰幅(かっぷく)の良いロボットが隼人を掴(つか)まえて話し掛ける。「あとは俺達がやるから。ご苦労さん。」

「どうするつもりだ。」

「そんなの決まっている。この部屋を片付ける。」

 隼人は、隣にある椅子の上の遺体(いたい)を指差(ゆびさ)す。

「ここに亡(な)くなった人の遺体がある。まずは、事件性がないか警察を入れて捜査しろ。」

 2人が話している間も、残りのロボット達が部屋の中の物を運び出し始める。

「おい!勝手(かって)にいじるな!」

 隼人が作業をするロボットを制しようと伸ばした腕を、恰幅(かっぷく)の良いロボットが掴(つか)む。相手はロボットだ。その上、こんな頑丈(がんじょう)そうな奴(やつ)が相手では、力勝負になったら絶対負ける。

「これは、俺達のタスクだ。それに、警察は呼ばない。警察組織はとっくの昔に無くなったじゃないか。一体いつの話をしているんだ。」

「治安(ちあん)を守る組織は無いのか?」

「ふん、ロボットしか居(い)ないんだぞ?犯罪を心配する必要はないだろ。」視線を椅子(いす)の上の骸(むくろ)に向ける。「もしも、この人間が犯罪に巻き込まれて死んだのだとしても、遥(はる)か昔の事だ。犯人もとうに死んでいる。」

 隼人は椅子の上の遺体(いたい)を見下ろす。一体この人物は、どのくらい前に生きていたのだろう。このドームの中の人間の最後を知っているのだろうか、こんな格好(かっこう)で死ぬ無念をメッセージとして残そうとはしないだろうか…。

「さあ、分かったら、出て行ってくれ。」恰幅(かっぷく)の良い頑丈(がんじょう)なロボットが大声を出す。「仕事の邪魔(じゃま)だ。これ以上邪魔をするつもりなら、仕事が片付(かたづ)くまで拘束(こうそく)させてもらうが、良いか。」

「いや…、それは困る。」

 何か無いか?全(すべ)てこいつらに持ち去られる前に、何か手掛(てが)かりになりそうな物だけでも確保しなければ。

 慌(あわ)ただしく部屋の中を片付けるロボット達。長年(ながねん)積もりに積もった埃(ほこり)が舞(ま)い上がる。隼人は、素早(すばや)く周囲に視線を飛ばす。足元近く、タワー型パソコンに差さったままになっている記憶デバイスが目に入る。ロボット達に気付かれない様(よう)、体の陰(かげ)にして記憶媒体(ばいたい)を抜き、自分のポケットに滑(すべ)り込ませる。

 他には、何か無いか?

「あんた、邪魔(じゃま)だから、外に出てくれ。」

「いや、俺は俺で探す物があるんだ。」

「なんだ?何を探している。教えてくれれば、見付けて取って置いてやる。」

「いや、それが分かれば苦労しない。この世界の過去を知る手掛かりを探している。」

「は!いい加減(かげん)な事を言うな。過去など知っても意味はない。あんたのタスクは何だ?」

「俺はロボットじゃない。タスクなど持っていない。」

「ロボットじゃない?冗談(じょうだん)を言うな。それじゃ、お前は何者だ。」

「俺は人間だ。」

「ニンゲン!…人間ねぇ。」

「きっと最後の人間だ。どうしてこんな事になっているのかを調べている。そのために、この場所が貴重なんだ。」

「こんなガラクタの中にあんたの知りたい事なんか詰(つ)まっていないさ。さぁ、さっさと出て行ってくれ。俺達はオノゴロの環境を維持(いじ)するのがタスクだ。あんたが人間だって言うのなら、俺達ロボットよりも環境の厳格(げんかく)な維持が必要な筈(はず)だ。何しろ、ちょっと温度が上下したり、空気の構成が変化しただけで不調をきたすデリケートな生物だ。ここを片付けて環境を保(たも)つのは、あんたのためでもあるんだ。さあ、早く。」

 頑丈(がんじょう)なロボットに引っ張られ、小突(こづ)かれて、隼人は無理矢理(むりやり)裏庭へと押し出される。ロボットがでかい腹を突き出して部屋の入り口に立ち、隼人を睨(にら)み付ける。

 チクショウ。何とかならないか。

 2人のやり取りに構(かま)わず、残りのロボットはどんどん部屋の中の物を持ち出して行く。

「ちょっと、それ、どうするんだ?」

 隼人は自分の脇(わき)を通るロボットを掴(つか)まえる。

「再生システムに投入して原材料にする。あんたも一緒に入ってみるかい?」

 ロボットは笑い飛ばして、マンションの通路へ消えて行く。

「そうだ、そこにあるパソコンを持って帰らせてくれ。中身を分析(ぶんせき)したい。」

 隼人は、室内を指差(ゆびさ)して、でかいロボットに訴(うった)える。

「パソコンか。」ロボットは、首を捩(ねじ)って室内を覗(のぞ)いてから隼人に向き直(なお)る。「良いだろう。持って行け。但(ただ)し、自分で取り外(はず)して運んでくれ。」

「ああ、ありがとう。」

 ロボットの気が変わらない内にと、隼人はそそくさとロボットの脇(わき)をすり抜けて室内に戻る。清掃ロボットが動き回るから、部屋中埃(ほこり)が舞(ま)っている。こんな所に長く居たくない。隼人はコード類を引き抜いて、タワー型パソコンを抱(かか)えて持ち出す。清掃ロボットに挨拶(あいさつ)もせずに、そのままマンションの玄関先に止めた自転車の所まで持って来たが、スタイリッシュなマウンテンバイクには荷台が付いていない。

 さて、どうしたものか…。

 直(す)ぐ傍(そば)で清掃ロボット達が大きなカートを路上に止めて、その中に部屋から運び出した物を放り込んでいる。部屋の中を片付ける係と、出て来たものをカートに放り込む係に分かれて作業をしている様(よう)だ。

「なあ。」

 隼人は、清掃ロボットに声を掛ける。ロボットは無視せずに、隼人を振り向いてくれる。

「これを持ち帰りたいんだ。」隼人は抱(かか)えているパソコンを少し持ち上げてみせる。「何か良い方法ないかな。自転車に荷台が無くて。」

「…ああ、それなら」ロボットは、作業の手を止めて気さくに隼人に近付く。「これを使うと良い。」

 ロボットは上着のポケットから、折り畳(たた)まれた合成繊維(せんい)のバッグを取り出す。パソコンを道路上に置き、受け取ったバッグを広げると、簡易(かんい)なナップザックの形をしている。

「ああ有難(ありがた)い。これ借りて良いか?」

「ああ、良いよ。いつもは路上に落ちている粗大(そだい)ごみを見付(みつ)けた時に使っているんだが、それで良ければ使ってくれ。」

「ああ、ありがとう。…使い終わったら、どこに返せば良い?」

「中枢(ちゅうすう)エリアの清掃センターの窓口に返してくれ。共有の物だから。」

「分かった。ありがたく使わせてもらう。」

 ザックはパソコンが何とか収まる大きさだ。背中に背負(せお)うと細い紐(ひも)が肩に喰(く)い込む。仕方(しかた)ない、贅沢(ぜいたく)は言っていられない。我慢(がまん)して自転車に跨(またが)り、その場を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。