6 冒険(2)
それでも7時5分前にはいつもの様に目が醒める。一晩寝れば、気力を取り戻せている。今日から1区画毎、虱潰しに人間と、その痕跡と、オノゴロの出口を探す。
人間が過去にここで暮らしていた。それなら、何かしら隼人が求める答えに繋がるヒントが残っていてもおかしくない。もしかすると、どこかの片隅で今も人が暮らしているかも知れない。出口は必ずある。居なくなった人間達は、きっとその出口から出て行ったのに違いない。
支度を終えた隼人は、地図を表示させた携帯情報端末を自転車にセットすると、目的地に向けて力強くペダルを踏み込んだ。
中枢エリアに居たロボット達が人間を見ないと言うのだから、中心近くに人間が残っている可能性は低い。隼人自身が暮らしているエリアでも人間を見た事は無いから、居るとすれば、中枢エリアからも、このエリアからも遠い場所だ。隼人は、自分の住むエリアから1番遠い場所に位置する壁際のエリアから探索を始める。
1棟1棟、ビルの中に入って丁寧に調べていく。鍵のかかっていないドアは全て開けてみて中を調査する。それは、途轍もない時間の消費を意味した。調査を進める中で、それなりに判った事もある。各エリアには、必ずと言って良い程、AIロボットの基地があった。ノリオ達が充電に使っている様な、ロボットのエネルギーベースが整然と並んだ場所だ。オノゴロの中で働くロボット達は、皆夫々決まったエネルギーベースを持っていて、夜間に充電している。ロボットの基地には、エネルギーベースが並んだ部屋に隣接して、エネルギーベースを制御する装置が設置されている事も知れた。制御装置を使用すれば、1体1体のロボットのタスクを変更する事も、パーソナリティを変更する事も可能だ。ロボット達はその制御装置をインストーラーと呼んでいる。隼人が会社でバージョンアップを手掛けているソフトは、このインストーラーに組み込んで使われるソフトだと分かった。
だが、インストーラーを使う人間はもう居ない。いや、インストーラーが完全な形で残っていて、隼人がそのソフトのバージョンアップを手掛けていると言うのだから、どこかに居る筈の、それを扱う人間の存在を想起させる。隼人は、何も得られない日々が続いても、そうした僅かな希望を糧にして調査を続けた。
その日は、自宅に帰ると直ぐにムサシが訪ねて来た。オノゴロの出口探しを始めてから、毎日の様に3人が交代で訪ねて来る。今日はムサシの番だ。呼び鈴の音にも慣れた。隼人は、玄関を開けてやり、ムサシが勝手に玄関から入るに任せる。
先に隼人がテーブルの椅子に座れば、特に勧めなくてもムサシも向かいの椅子に腰掛ける。
「どうだ?人探しに何か進展があったか?」
席に座るなり、真面目な顔でムサシが尋ねる。隼人は、冴えない表情で首を振る。
「そっちは何か情報があるか?」
今度は隼人がムサシに問い掛ける。
「D-3地区を担当している食糧配給係のロボットと接触できた。」
「食糧配給ロボット?初めて聞くな。」
「ああ、俺達もその存在を知らなかった。そのロボットに話を聞いてみると、昔は沢山同じ役目のロボットが稼働していたそうだ。オノゴロの中で暮らす人間の家庭に、毎日の食事を届けるのがタスクだそうだ。」
「成る程。昔はそんな役割のロボットが必要な程、人間が住んでいたって事か。」
隼人は考え込む。
「ああ。地区毎に担当するロボットが複数いたそうだ。それが必要なくなり、多くの食糧配給ロボットが休眠状態になるか、他のタスクに変更されてしまって、今残っているのは、D-3地区で稼働している2人だけだそうだ。」
隼人は色めき立つ。
「それじゃ、D-3地区には、まだ、人間がいるって事か!」
隼人の興奮をよそに、ムサシの表情は浮かない。
「うーん、それが、そうではないらしい。食糧配給システム自身が停止していて、今では稼働していない。2人の食糧配給ロボットも、カートに空の容器を積んで配給に行き、自分達がその前に持って行った空の容器を、そのまま回収して来る仕事をずっと繰り返しているらしい。」
隼人の興奮は落胆に変わる。
「…そうなんだ。」
「話が聞けたのは、そのうちの1人だ。彼は、『もう無駄な仕事なのは分かっているが、これが自分のタスクだから』と答えた。彼等も、もう随分人間を見ていないと言っていた。」
隼人は想像する。誰のためでもない食料運搬容器をカートに積み込み、引いて行くロボット。食料集積所には、彼等が昨日運んで来た容器が、彼等の置いた位置にそのまま残っている。新しい空の容器を並べたら、昨日置いたその容器を積んで帰る毎日。
「人間が居れば、そいつ等をタスクから解放してやれるのに。」
隼人は渋い表情で唸る。
「まあ、そうだ。人間でなくても、エネルギーベースのインストーラーを操作してやれば、ロボットでも、彼等を今のタスクから解放できる。ロボット用の操作スキルがあるから、そのスキルをインストールしたロボットが居れば良い。そんなロボットが居なくても、マニュアルはどこかに保存されているだろう。それを読めば、俺達でも可能だ。」
「なら、そうしてやれよ。」
「うーん、それはやらない。」
「なんで?」
ムサシは、筋肉質の太い腕を組んで、考え込みながらとつとつと話す。
「そうだな、まず思いつくのは、本当に必要とされていないか分からないから。彼等がやってる食糧配給っていうタスクが役に立っていないかは、分からない。」
「空の容器を運んでいるんだろ?もう、役に立っていないだろ。」
「そう断定できない。確かに容器に食い物は入っていない。だが、彼等がそうやって容器を運んでいる事が、何か他に影響しているかも知れない。」
そんなものあるもんか…と思いながらも、隼人は黙っている。
「それに、俺達はロボットだ。勝手な判断でタスクをやめてはいけない。人間のために働くロボットが、自分達の判断でタスクをやめてしまったらどうなる?例えば、そうだな…、隼人が食事会に出て来ないからもう必要ないだろうと、俺達が隼人をサポートするタスクをやめてしまったら?」
それ、皮肉のつもりか?
隼人は、ムサシの顔を睨む。ムサシはいたって真面目な顔で、隼人を見ている。
「例えば、清掃ロボットが、人間が居なくなったからと、オノゴロ内の清掃をやめてしまったら?」
ムサシは本当に真面目なロボットだ。
「…分かった、もう良いよ。」
「それよりも、この情報の観点はもう1つある。気付いているか?」
「あ?どういう事だ。教えろ。」
「2人の食糧配給ロボットがタスクを持ったまま稼働しているのは、最後までその地区に人間が存在したと言う事だろう。全ての人間が居なくなってしまったから、彼等の任を解除できる人間も居なくなったと言う事だ。だが、2人になるまで、他の食糧配給ロボットは、順次休眠状態に変更されてきた。全てが順次休眠状態に変えられてきた訳じゃなく、中には、壊れて動かなくなったために今は存在しないロボットもいるだろうが、大多数は、人間の手によって、タスクを解除されてきたって事だ。つまり、徐々にオノゴロ内の人間の数が減っていったと想像できる。」
「何かが起こって、急にオノゴロから逃げ出したとか、ここを捨てて、集団で他に移ったって事じゃないと言いたいのか。」
ムサシは、隼人の問いには答えず、話を続ける。
「そのうえ、ロボットの数を調整するくらい、その時の人間達は理性的だった。」
「天災で全滅したり、何かパニックになった訳ではないと?」
ムサシが満足気に笑みを浮かべる。
「つまり、俺が想像したみたいに」隼人は冷静を装う。「人間はオノゴロから出て行ったのではなく、オノゴロの中で数を減らしていっただけだと言いたいんだろ?俺の希望を挫いて満足か?」
「いや、そんなつもりは無い。」
「じゃあ、何故そんなに嬉しそうにしている。」
「俺が嬉しそうにしているか?」
「ああ、とても嬉しそうだ。」
隼人はついイライラしてくるのを止められない。
「そうかぁ。」ムサシはまだニヤニヤしながら、自分の顔を撫で回す。「ノリオに言われた事を全部ちゃんと話せたからな。安心したんだ。」
思いがけない答えに、隼人はフッと息を吐く。
「なんだ、みんなノリオの受け売りか。」
「よし、今日の俺の役目は終わりだ。」ムサシは、ポンと自分の膝を両手で叩くと、勢いよく立ち上がる。「お邪魔したな。」
最後まで笑顔で、ムサシは隼人の家を後にした。




