40.再会の記憶
「久しぶりですね」
見覚えのある顔だ。俺は忘れていない。初めて負けた相手だし。
魔人は首を傾けて、目を細める。
「悪いな、記憶が無いぞ。本当に、会ったことがあるのかい」
ニヤける魔人。記憶が消えてる?本当に憶えていないようだ。おいおい、本当の魔物に変化してるのではないだろうな。
「そうですか、憶えていませんか。もしかすると、人としての記憶もありませんか?」
「残念だな。俺は生まれた時から魔人なんだよ。お前らとは、生まれが違うんだよ」
やはり、強くなるにつれて、人だった頃の記憶が無くなるようだ。あの時は確かに人だったはずだ。いったい、何が原因なのか、ヒントのひとつでもわかれば良いのだが。
「そろそろ、おっ始めようか。そのために、来たんだろう」
「そうですね。このままあなたを放置と言うわけにもいきませんしね。決着を付けるとしますかね」
対峙する俺と魔人。
魔人は、闇より黒い剣を持っていた。長い剣は、3メートルくらいはあるだろうか。
「その剣は、何処で手に入れたのですか?」
「何処だったかなあ。元々、俺の剣だったはずだ」
見る限り、あれは魔剣だ。何かの魔法が隠されているのか、それとも魔剣自体が変化でもするのか。
俺が先に動いた。
刀を取り出すと、正面から斬りかかる。
魔人は逃げることなく、正面から受け止めると、嬉しそうに笑った。
魔剣から闇が溢れ出す。
魔剣から溢れた闇が、俺の刀を伝って、俺を包み込む。
「ふん、動けまい。お前の魔力を吸い取っているからな。身体から、力が抜けるだろう。俺に堂々と挑むなど、百年早いわ」
俺は、そのまま、魔人を斬った。
刀ごと腕が落ちる。
「ああ、何も変わらないけど」
魔人は当然驚いていた。本来、この世界に魔力のない者などいないのだから。
「何故だ。何故動けるんだ。お前は、本当に人間なのか?」
驚いているうちに、俺は刀を一閃。反対の腕も肩から落ちていく。
「何故だろうね。不思議だねえ」
既に、右腕が生えていた。異常な再生能力だ。
「相変わらず、その再生能力は異常だねえ。何処で手に入れたの?」
「何処だったかねえ。ああ、頭がスッキリし過ぎて、憶えてないなあ。お前こそ、何で何とも無いんだよ。おかしいだろ」
魔人はゆっくりと、魔剣を拾い上げた。その頃には、反対の腕も生えていた。
「まあ、あれ位で終わってしまうと、面白くないからなあ」
言い終わらないうちに、魔人が動いた。
下から、斬り上げて来る。
俺は回避するために、下がる。
が、魔剣は伸びて来た。
それを刀で受けて、勢いのまま飛び上がる。後方回転で、距離を取る。
魔人は一度魔剣を元に戻すと、突き上げた。そのまま伸びていく魔剣。
「シールド」
魔剣の勢いを止めると、魔剣に飛び乗った。
俺は魔剣の上を駆けていく。
勢いのまま、首に斬りかかる。
「流石にそれは無理があるだろう」
魔人は左腕を硬化させて、盾のように刀を止めた。
俺はそのままの勢いで跳ねた。魔人の上を宙返りして、背中に斬りかかる。
斬った所から、青い血が噴き出した。
だが、それも、すぐに止まって、肌が瞬間に再生した。
「面倒くさい再生能力だね。でも、それ、永遠ってことはないよね」
魔人が振り向く前に、右脚を根本から斬る。
「お前こそ、ちょこまかと面倒くさいなあ」
片脚で駒のように回る。魔剣を水平に斬りかかる。その時に、当然魔剣を伸ばして来た。
うつ伏せになってかわすと、百メートル走のスタートのように、ダッシュする。
左脚の膝を斬りつける。
再生する右脚も速い。それでも、カカシの状態は変わらなかった。
回転しながら、魔剣を鞭のようにしならせてくる。
「シールド10」
シールドを魔剣で、あっという間に壊される。10枚のシールドも、あまり役に立っていない。
俺は、回避するのが精一杯だった。
一度距離をとって、思案する。
「あの魔剣と硬化能力は、厄介ですねえ。それでも、限界が来るまで倒すだけなのですがね」
俺は、もう一本刀を取り出した。
「さーて、どういう風に攻撃しますかね。まあ、思う通りにはいきませんかねえ」
真正面から向かっていく。
刀を逆手に持ち、背後に隠すようにして、突撃する。身体を左右に振って、刀の出所がわからないように工夫をしてみる。
「おお、考えましたね。でも、俺も二刀流みたいなものだぞ」
右手に魔剣、左手は硬化をして、尖った槍の様な形状に変化させていた。
振り下ろす魔剣を潜り、槍を交わして、右を抜けるようにして、斬る。
右腕が落ちる。当然一緒に落ちる魔剣を蹴り飛ばす。
これで少しは楽になるかな。
「甘いわ」
すぐさま、右腕が生えた。その腕が伸びる。
顔に向かって来る腕を交わすと、腕はさらに伸びて、蹴飛ばした魔剣を掴むのだった。
「そっちが狙いか」
俺は、魔剣が戻る前に前方に跳ねた。宙返りをしながら、首を狙う。
カチーン。
「首を硬化させましたか。器用ですね」
着地する所を魔剣で狙われた。
「シールド2」
1枚は魔剣を受け、1枚は俺が向きを変えるために蹴って、左に跳ぶと、三角跳びのように、前方に向きを変える。
今後は速度を上げて、光の速さで切り付ける。
硬化する前に、左腕を斬る。
硬化されたままの腕が、地面に落ちる。
しかし、腕は再生する。
その腕で、落ちた腕を拾い上げる。すると、腕が剣の形に変わった。硬化したままの剣だ。
「剣の代わりに使うかな」
自分の腕を持って、魔人が切り掛かって来た。
刀をクロスさせて受ける。
さらに、魔剣が伸びて来た。
逃げられない。
「シールド20」
次々と割れて行くシールド。押される勢いで、後方に跳ねる。
「ヤバい、ヤバい。どんどん強くなっている気がするのだが。気のせいかな」
全てのシールドを破って、さらに伸びて来る魔剣。その速さに、交わしきれなくなっているようだ。擦り傷が、徐々に増えていく。
「ちょこまかと、よく逃げる奴だなあ。傷が増えている所を見ると、限界かー。ひひひ、どうした、どうした」
伸びてくる魔剣をジグザグに交わしつつ、接近する。再生能力が落ちるまで、攻撃するしか無い。現状、それしか弱点がないのだから。
しかし、近付くと、硬化剣が邪魔をする。
厄介この上ない。
左手の刀で、硬化剣を薙いで、右手の剣で斬りつける。
どうやら、身体中が硬化しつつあるようで、傷程度しか付かなくなった。
その時、急に、魔人の身体が闇に包まれた。新しい力だろうか。
暫くして、闇が晴れた。いや、消えたと言うべきか。魔人の身体に吸い込まれる様に、消えてしまった。
後には、銀色に光る魔人がいた。
全身が銀色の鱗のようなもので覆われていた。
手には、ギザギザの刃の剣を持っていた、身体の倍くらいの長さがあろうかと言うくらい巨大な剣だ。それを片手で持っている。魔剣が変化したのだろうか。
ヤバい感じがビンビンして来る。
「うおー、俺はついに進化したぞ。仮初の魔人では無く、本物の魔人になったのだ。これで俺は無敵だ」
巨大な剣を大きく振り回し始めた。まるで、竜巻だ。
刀を合わせただけで、飛ばされそうな勢いだ。魔人だけで無く、魔剣さえ進化しているとすれば、刀が耐えれるだろうか。
俺は右に左に交わしていく。
「どうした、どうした。逃げてばかりだと、勝てないぞ」
ヒヒヒと笑う魔人。
竜巻のように、剣を振り回す。
周りの大木が、豆腐のように斬れて、倒れていく。
気づけば、倒れた大木に囲まれていた。逃げるのも限界か。
身体のあちこちに傷が付いていた。上手く逃げているつもりが、避けきれていないようだ。
「流石にヤバいか」
仕方ない。テストも兼ねて、バトルスーツを使ってみようか。
俺は指輪に向かって喋る。サリーに繋げた。
「バトルスーツ、転送できるか?」
<問題ありませんよ。主人の位置さえわかれば、転送可能です>
「それでは、転送の用意を頼む」
<いつでも構いません>
「転送」
それがスイッチ代わりの言葉だ。
瞬間、身体の周囲に、膜が張り始めた。
幾重にも重なる膜は、突如、鎧化した。
頭を覆うシルバーのマスク。脚、手、そして身体をシルバーの鎧が覆い尽くす。
右手には漆黒の刀が、握られていた。
まだ見た目は今ひとつだ。これから改良していく予定だ。まあ、その辺りは、サリー任せではあるが。
「何だ、それは?」
魔人の動きが止まった。
「ああ、開発中の鎧です。バトルスーツ、もしくはゴーレムスーツとも言えますかね」
手や脚を動かしてみる。良好だ、問題無い。視界も、よく見える。これなら、傷を気にせず戦えそうだ。強度的なことは、戦ってみれば、わかるだろう。
「今度は、こちらの番ですね。行きますよ。データを取るまでは、我慢してくださいね」
「何だ?バトルスーツや、データとか。俺の聞いたことのないような言葉ばかりだなあ。俺は楽しめれば、問題ないぞ」
「それでは、こちらから行きましょう」
飛び出した瞬間、消えた。ように、魔人には見えたはずだ。同時に、キーンと言う音がして、耳が痛い。
そのために、構えたまま、魔人は動き出せていない。
「うん?」
魔人の身体が勝手に傾き始めた。
「何だ、何が起きた?」
また耳が痛くなった。
痛みを堪えて、傾く身体を止める為、手を突こうとした。が、傾きが止まらない。
よく見ると、右腕と右脚が無くなっていた。いや、ふたつとも、目の前に転がっていた。
ドスンと倒れる魔人。
目の前の空間が揺れて、バトルスーツのレイが現れた。
「どうですか、バトルスーツの性能は。それに、この漆黒の刀の切れ味は最高でしょう。あなたの硬さも相当ですが、この刀には勝てませんよ。これでも、妖刀の部類ですがね」
「何故それを最初からださなかった」
「それは簡単ですよ。普通でも勝てると思っていましたからね。まさか進化するなんて、思っていませんでしたからね。想定外ってやつですね」
片脚で立とうとする魔人だが、進化したばかりで、身体が上手く動かないようだ。
「そう言えば、再生しなくなりましたね。限界が来たのですか、それとも進化すると再生出来なくなるのですか?」
「・・・・・」
「何も言わないと言うことは、ご自分でも、わかっていないのでしょうか」
「・・・・・」
左腕を上手く使って、何とか立ち上がる魔人。右手だった物から魔剣を取り返して、それを杖にして、姿勢を保っている。
「お前の馬鹿みたいな速さは何だ。その鎧のせいか」
「それは言えませんよ。企業秘密と言うやつですね」
「そうか。まあ、どっちにしろ、やり合うしかないよなあ。言わなかったが、再生は無理だが、数は増やせるからな」
同時に、腰から脚が生えてきた。蜘蛛ような歪な脚だ。脚の次は、背中から腕も生えてきた。それも、4本だ。どうやら、同じ所からは生やせないようだ。文字通り、再生はダメだが、増やすことは出来るということなのかもしれない。
「今度は、先に仕掛けさせてもらうぞ」
元の脚とは違うせいか、身体を揺らしながら、腕を振って来た。気付けば、どの手にも剣が握られていた。剣まで増やせるのは厄介だが、その性能がわからないのは、更に厄介だ。まさか、全てが魔剣なのだろうか。
1本受けると、次が迫ってくる。やはり、厄介この上ない。
一度下がって、加速する。さっきの速さの理由は、足の裏から、風を吹き出しているからだった、ジェット機のように。
種を明かせば、瞬間的に加速するため、一瞬消えて見えるだけだ。
魔人の視界が追い付かないうちに、背中の腕を3本斬り飛ばす。が、さらに2本生えてきた。限界が来るのだろうか。生える場所が無くなれば、生えて来ないのだろうか。それと、硬さが増して来たような気がする。4本斬ったつもりが、3本しか斬れていないのがその証明だろう。
少し考えている間に、脚が8本に増えていた。まるで蜘蛛だな。
動きが異常に速くなっている。もう、その身体に慣れてしまったと言うのか。
「やっと、この身体にも慣れてきたわい。そろそろ仕舞いにするかのう」
漆黒の魔剣を取り巻く闇がさらに濃くなる。それぞれが、闇で強化されているようだ。
「仕方ありませんね。こちらも、少し無理をしますかね。・・・ゴーレム君、起きてますか。脚の操作をお願いします。私は腕に集中します」
<リョウカイデス、マスター>
実は、バトルスーツはゴーレムで作っているため、頭脳は生きている。身体にスペースを作り、そこに、入って動かしているのだ。そのため、いざという時には、ゴーレムの方で動かすことが可能だ。
攻める魔人。魔剣の斬撃が、縦横無尽に飛んで来る。
避けるゴーレム。風を纏って、交わし続ける。
「ゴーレム君に避けてもらったお陰で、刀に光を集めることが出来たよ。ゴーレム君、そろそろ決着を付けましょうか」
<マスターノノゾムママニ>
レイは、刀を右上に構える。
「そろそろ決着を付けましょうか」
「こっちは、いつでもいいぜ」
魔人も、蜘蛛のような脚を上手く使って、ジリジリと前進してくる。魔剣を八方で構えて、その時の為に準備している。
レイは、水平に構えを変える。
「行きますよ」
駆け出すレイ。実は普通に走る方が速い。光になれるから。
速さが更に上がる為、相手は対応できない。
そのままの勢いで、刀を水平に振り、次に縦に斬る。刀に光を載せて。
「シャイニング・クロス」
魔人は気が付かぬうちに、横に斬られ、縦に斬られていた。何も出来ないまま。
速さは、武器になるのですよ。
頭を斬られ、腹を斬られれば、流石の魔人も、倒されるしかなかった。
「は・・・や・・・」
魔人は、そのまま後ろに倒れた。
闇に揺めきながら、増えていたものは消え、縮小して、人の残骸になった。カスのような残骸だ。
「もう復活したりしないよな。バトルスーツも、まだまだ改造が必要だな」
まだ強い魔人が現れたらと思うと、もっと強化しないと、駄目だな。俺は、そう感じていた。他にも進化する奴が、必ず現れそうだ。
「サリー、スーツを解除してくれ。助かったよ、ありがとうな」
<了解しました。バトルスーツを解除します>
銀粉が散るように、スーツが徐々に消えていった。
暫くすると、元の姿に戻る。
「ああ、身体中がボロボロだなあ」
回復薬を取り出して、一気飲みする。血は止まり、傷口が消えて行った。
そこに、カプセル達が帰って来た。そのまま、ベルト横のケースに入って行った。
「お前達も倒すことが出来たみたいだな。初の戦闘だったから少し心配してたよ。まあ、ゆっくり休め」
そう伝えた後、俺は、残骸の中に、光るものを見つけた。
「魔石?」
人から魔石など取れるはずはないのだが。もしかすると、進化すると、一種の魔物になるのかな?その為、記憶が無くなるのだろうか?
「拾っておくか」
他に何も無いことを確認して、魔石を拾い上げた。後で、サリーに調べてもらおうかな。
「レイ、大丈夫だったなの?」
アリスが一番にやって来た。タイミングが良過ぎるから、遠目に見てたようだ。
遅れて、肩にティンクを乗せたジェームズ侯爵がやって来た。流石に、女王様は居ないようだ。
「主人のことですから、心配はしておりませんでしたが、余程の魔人だったようですね」
「ああ、流石に疲れたよ」
「レイ殿、御苦労様でしたな。色々と聞きたい事もありますが、とりあえず一度帰りましょう。私も疲れましたよ」
「そうしましょう」
俺達は、一人も欠けることなく、来た道を戻って行った。
一様の幕が降りて、平穏が戻って来たが、謎は深まるばかりだ。
さあ、みんなで謎の解明だ。真実は、あるのか。
次回、〔事後報告とそれぞれの想い〕、お楽しみに!




