その1.望まぬ邂逅
あぁ、嘘でしょう。
月明かりを背に浴びて、ゆらり、とその白黒の男の人は立っていた。黒のぴっちりとしたスーツを着て、白いワイシャツを中にきている。ネクタイも黒、背中まで伸びた髪も黒で、手につけた手袋はその肌の延長のように白の、まさに白と黒でできた男の人だ。
その手に握られたナイフが怪しく光る。
「はっ、はっ…!」
地面に座り込んだわたしは、荒れた自分の息を耳にしながら、呆然とその男の人を見上げていた。
「漸く鬼ごっこもおしまいですか?」
クスクスと嗤う陰が音も立てずに近づいてくる。
「や、や…だ…」
震える腕が自分のものじゃないみたいに力が入らなくて、男の人から距離を取りたいのに上手く動けない。そのせいで焦りが増して、地面を蹴る足が滑って耳障りの悪い音を立てる。
「刹那、遊んでないで早く殺れ」
ふと別の声がした。
そこには、白黒の男と同じように黒いスーツを着た、青味がかった黒髪の男がいた。
けれど、その時のわたしは他に人が居たことに気づく余裕なんかなかった。だって、目の前にはナイフを持った知らない人が迫ってきてたんだもの!
「ハイハイ、わかってますよ群青」
男の言葉に肩を竦めると、白黒の男の人がその手に持つナイフを構えた。
「大丈夫ですよ。痛いのは一瞬ですから」
そんなの知りたくなんてない!
わたし何で殺されなきゃいけないの?
あぁ、嘘だと言って!
刺されるだろうその瞬間、わたしは目の前の現実から目を背けたくて、目をぎゅっと瞑った。けど、いつまで経っても痛みも何もなくて、恐る恐る目を開く。
そこにはナイフを構えた白黒の男の人が、目を見開いた状態のまま固まっていた。
「……可愛い」
ぽつん、とその場には似つかわしくない言葉が落ちてくる。
「……へ?」
「……は?」
わたしと、別の男の声が重なった。
それから、痛いくらいの沈黙。誰もが微動だにしない。
「おい、刹那?」
ややあって、群青と呼ばれた男が戸惑いながら声をかける。
「群青」
白黒の男の人が、群青を振り返ると、ニッコリと笑って。
「この子、私が貰っても良いですかね?」
なんて爆弾発言を投下した。
あぁ、如何してこんなことになったの。
誰か説明してください!
事の始まりは、1時間前に遡る。