その3−3
流石に外では不味いので、と着けて早々足枷は外してくれた。ただ、代わりに、と…。
視線を手へと落とす。
そこには日焼けなど知らないような白い手がわたしの手を覆っている。
つまり、刹那さんと手を繋いでいる。
何故こうなったのか…。漏れそうになるため息を飲み込む。
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「足枷は目につくので一旦外しますね」
家を出る時、そう言って刹那さんがポケットから鍵を出し、足枷を外してくれた。ガチャリ、と金属音を立てて足枷が外れる。僅かな時間しかつけていなかったのだが、一気に足が軽くなり、心まで軽くなったようで思わず笑みが溢れた。
「手を出して下さい」
「え、はい」
喜んでいるとそう刹那さんに言われ、何も考えず素直に手を差し出すとそのまま握られた。そしてそのまま歩き出す。
「えっ!?刹那さん!?」
「足枷の代わりですよ」
「足枷の代わり??」
手を繋ぐことが??
わたしの疑問に返事はせず、手を繋いだまま玄関へ向かう。玄関には見慣れたスニーカーがあった。お気に入りの、白地に金でメーカーの刺繍がされた春に買ったスニーカー。大事に履いていたので返ってきて嬉しい。
その横には革製の靴。何て名前なのかわからないが、良くオシャレなビジネスマンが履いているような、先がシュッとした黒の革靴が並んでいた。迷う事なく履いたその靴は、刹那さんに良く似合っていた。
「あぁ、そうだ。改めて言いますけど、逃げたりしないでくださいね」
「分かってます、逃げません…」
スニーカーを履いて(その間も手を離してくれなくて履きにくかった)、玄関を開けようとしていた刹那さんにそう言われて返事をする。
「良かったです。もし逃げたら足の腱を切って一生走れないようにしようと思ってましたので」
「絶対逃げません…‼︎」
軽い感じで足の腱を切るなんて物騒なことを言わないで…!
物腰も言葉遣いも丁寧だが、内容は反して恐ろしい。言った本人は何を考えてるのか分からない笑みを浮かべたままで、それが余計に恐怖心を煽られる。
大人しい様子のわたしに満足気な刹那さんと部屋を出る。廊下はごく普通のマンションの廊下といった感じだった。もしかしたらドラマで見たような殺伐とした事務所のような場所だったらどうしよう、と想像していたのでそこに広がる日常の光景に無意識にホッと息をついた。
鍵を閉めた刹那さんに手を引かれ、備え付けのエレベーターに乗り込む。慣れた様子で1階のボタンを押し、扉が閉まると軽い浮遊感を伴ってエレベーターが下がり始める。エレベーター内のパネルに13、12、と数字が表示されていき、自分が13階にいたのを初めて知った。
(あれ、もしかして、ここって所謂高級マンションなんじゃ…?)
13階なんて高層階、住んだ事も遊びに来たこともない。階を示すパネルは15階まであった。思い返せば廊下もエレベーター内も定期的に清掃されているのか、清潔に保たれている。エレベーターの稼働音も少なく、動きも滑らかだ。
1階に着き、扉が開き、刹那さんに手を引かれて後をついていく。
「どこの店で買いたいとかありますか?」
「特にないですけど…ドラッグストアとかだと助かります」
「分かりました。ここから近いところに大型店があるので、そこに行きましょうか」
はい、と返事をしてマンションを出た。出ながら、ちらりと振り返る。やっぱり所謂『高級マンション』なのだろう。エントランスがあり、座り心地の良さそうなソファー、小洒落たテーブルが置かれていて、見上げたら首が痛くなるほど大きいマンションだった。
(人目が痛い・・・!)
マンションを出て、外だ!と喜んだのも束の間、目的のドラッグストアへと歩きながら何度も心の中で叫ぶ。
勿論、その間も刹那さんと手は繋がれている。繋いでいる、というよりは掴まれている状況なのだけれど。
手汗、かいてないかな。大丈夫かな。と周りからの突き刺さる視線が意識を現実へと引っ張る。
すれ違う人達が刹那さんを見て、その端正な顔立ちに頬を染め、それからわたしを見て、目を開く。え、何であの子が?って顔に出ている。
正に美人さん、というにふさわしい整った顔立ちの刹那さんと、見た目ごくごく平凡なわたしが手を繋いで歩いているのだ。周りの人から見たら所謂「デート中」のカップルに見えるのかもしれないが、釣り合っていない。
「あの、刹那さん、逃げませんから手、離してくれませんか?」
「嫌です」
見られる事に慣れているのか、刹那さんは全く気にした風も無い。多分、自分の顔が良い事を自覚してる気がする。
「周りの人からは私達、どう見えるんでしょうね?」
「さ、さぁ…」
投げかけられる視線の意味合いにも気づいているし、それを楽しんでもいるんだろうな。わたしにはとても真似できない。
「もしかしたらデート中の恋人同士に見えるかもしれませんね」
笑いを含んだ声で言われても、実際には到底そんな甘い関係ではないので何も言えず乾いた笑い声が喉からもれる。
「そういえば、真優さんに恋人はいたんですか?」
「いたことはありますけど…」
「その人とはどんな事をしたんですか?」
「ど、どんな事…⁉︎」
まさかの恋バナに目がギョッとする。
「こんな風に、手を繋いだりもしましたか?」
するり、と指と指の間に刹那さんの指が滑り込む。わたしと、刹那さんの指と指が絡め合う。
所謂恋人繋ぎ、というやつだ。
「⁉︎」
びっくりして刹那さんの顔を見上げる。
目が合うと、目を細めて刹那さんが微笑む。
親指の爪の根本、甘皮のところを指先でなぞられた。
ぞわり、と背筋が痺れる。皮膚が泡立つが、どうしてだろう。恐怖とは違う。背筋の奥が痺れる。
「っ…!?」
反射的に手を振り解こうとしたが、予想していたのか手を握る力を込められて振り解けずに終わる。
「せ、刹那さん…!」
「どうしました?真優さん」
妖艶な笑みを浮かべて、再び指先が甘皮の部分をなぞる。
「んっ…!」
再びぞわり、とした感覚に思わず声が漏れる。
その様をにこにこと、本当に楽しそうに刹那さんが見てるのが分かった。
この人、わたしで遊んでる…!?
指先は触れるか触れないか、絶妙な加減で甘皮を往復し、その度にぞわぞわとした、言いようのない感覚に襲われる。必死にその感覚に耐え、下から睨みつけると、器用に今度は手のひらを指先が掠めて、思わず足が止まる。
「っ…!刹那さん…!」
今度は先程より強めに睨むけれど、どこ吹く風か。刹那さんはやはり楽しげに笑うだけで、悪戯に指先を動かすのを止めることはなかった。