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その3.生活のルール

とてもとてもお久しぶりです…!


「そういえば、あの、名前って『せつな』さんって言うんですか?」


 首の触られていた辺りを摩りながら口を開く。実際に首を絞められていた訳でも痛い訳でもないのだけれど、嫌な感覚は残っていて、それを拭い去りたくて手のひらで擦る。ほんの僅かな時間首に手を当てられて頂けなのに、指先がひやりと冷えていた。

 昨晩、『せつな』と呼ばれています、と言っていた気がするけれど、自己紹介にしては変な言い回しだった。あまり聞き慣れない名前だし、聞き間違いもあるかもしれない。どのくらい一緒にいることになるのか分からないけれど、呼び方が分からないのは不便だと思う。



「そうですよ。改めて、私は『刹那』と呼ばれています。因みに漢字は『刹那の時』の刹那、です。と言っても、正確には名前ではないですけど」


「偽名って事ですか?」


「まあ、分かり易く言うとコードネームみたいなものですね」


「コードネーム…」



 お酒の銘柄では無いけれど、何だか有名な某名探偵漫画の悪の組織みたいだ。頭の中で昔読んでいた黒づくめの怖い人達が思い浮かぶ。そういえばあの漫画は何巻まで読み終わったたっけ。


「真優さんは柊真優ヒイラギマユウ、19歳ですよね」


「そういえば、なんで私の名前知ってるんですか?」


「そりゃあ、暗殺リストの資料に書いてありましたから。母親は死去、父親は所在不明。現在は親戚の援助を受けながら一人暮らしの大学生。身長体重、スリーサイズは…」


「わーー!!」


 す、スリーサイズ⁈友達にも殆ど話したことのない家族構成を知っているのにも驚きだけど、殺す相手の身長体重やスリーサイズ…⁉︎


「…まぁ、標準体重の標準体型ですね」


 一応、女子大学生の秘密(しかも重要な)を知ってその感想って酷い…。そりゃあ自慢出来るものじゃないのは自分が一番分かっているけど…!しかも一瞬笑顔が真顔になった気がする…!

 何て文句を言えるはずもなく、心の中で悶絶する。


「その暗殺リスト?にそんな事まで書いてあるんですか…?必要な情報ですか…?」


 会って早々時間が経っていない相手、しかも男の人に体重やスリーサイズを知られたなんて、相手がどんな人でも恥ずかしい。それが自分を殺そうとした相手だったとしても、だ!


「ターゲットの情報は可能な限り調べられてますよ。万一仕事に支障が出たら困りますからね」


 スリーサイズなんて支障にはなるの?とは思ったが口には出さないで飲み込む。それよりも気になっている事を口にする。


「わたしはここで暮らすことに、なるんですよね…?何をしたら…」


「何もしなくていいですよ」


「え?」


 てっきりとんでもない理不尽な事を言われると身構えてただけに、思わずまの抜けた声が出てしまった。



「それとも『何か』、したいですか?」


 刹那さんが微笑む。今まで見てきた笑みと、類が違う笑み。

 その笑みにどきりとする。

 なんだろう、言葉が上手く見つからない。

 あまり経験の無い私でも感じてしまう。幼稚な言葉選びかもしれないが、これが「色気のある、妖艶な笑み」だ。長い睫毛が縁取る切長の瞳が弧を描く。黒い瞳が深みを増して、艶を増してわたしを視線だけで射抜いた。

 

 そんなのを正面から受けて平然で居られるほど経験値はない。じわじわと顔が熱くなっていく。

 こんな雰囲気で囁かれる「何か」は絶対健全な事ではない。むしろ非健全万歳のことの気がする。


「い、いえっ遠慮します!謹んで!」


「そうですか、残念です」


 残念って何?!残念って!

 からかわれているだけだと分かってはいるが、わたしには刺激が強すぎる。慌てて視線をカフェオレの入ったマグカップに移す。無言が苦痛でちびちび飲んでいたせいか、残りは半分も無い。


「あぁ、そうだ」


 ある程度、今後の生活について説明されると、思い出したように刹那さんが呟いた。

 続いて足元に置かれていた紙袋から出てきたものに、わたしは今度こそ言葉を失った。



「すいません。こういう趣味は無いのですが、一応逃げないように」


ガッチャン、って音と共に足に付けられたのは金属でできた足枷だ。漫画やドラマの中でしか見たことのない、まず身近には存在しない塊。足枷からは同じく金属でできた鎖が長く伸びていて、行動範囲が室内だけに制限されようになっていた。肌に触れた部分が無機質な冷たさを伝えてきて、重たいそれが、ずっしりと心をも沈める。


「犬みたい…」


「首輪にするか悩んだんですが、着替えるのにこっちの方が楽かと思いまして」


わたしの呟きなんて聞いていないのか、刹那さんはニコニコと笑っている。


「あの、これずっと付けてないとダメなんですか?」


「当たり前じゃないですか」


何を言ってるんだ、こいつ、って顔しましたね。趣味じゃ無い、って言ったけどちょっと楽しそう。やっぱりこの人腹黒い…。


「でも、わたしここで暮らすんですよね?これだとズボンとか履けないじゃないですかっ。そ、それに…どうやって着替えたら…」


特に下着なんて、脱ぐときも履くときも足枷と鎖が邪魔をする。足枷はまだ良いが、脱いだあと下着の片穴に鎖が通った状態になってしまいう。

想像しただけで恥ずかしくて、声が最後尻すぼみしてしまう。


「あぁ、だから下着を紐にしておいたので、その辺りは心配しなくてもいいですよ。今履いてるのは脱ぐとき切っちゃって下さいね」


「紐…?」


「所謂、紐パン、ってやつですね」


はい、どうぞ、と手渡された紙袋を恐る恐る開けると、白いレースの付いた可愛らしい下着が出てきた。但し、何故か紐がついていて、それを腰の位置で結んで初めて下着という役割を果たす。

履いたことも見たことも無いが、確かにそれは紐パンツだった。


「な、なっ…!」


「サイズは合ってますか?」


スリーサイズを知ってるのは嘘じゃなかったらしい。パンツだけではなく、一緒に入っていた揃いのブラジャーはぴったりのサイズだった。

この下着、まさか刹那さんが買ってきたの!?

というか、今履いてるの切っちゃって下さいね、って…!


怒涛の如く言いたい言葉が頭の中を埋め尽くすが、結局は音にも成らず口の中で霧散し、わたしはがっくりと肩を落とした。

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