3-1【港町ヨーク】
三章開幕です(๑•̀ㅁ•́๑)✧
海上国家アストラ。
四方を海に囲まれたこの国は、他国に影響を受ける事無く、独自の発展を遂げている。
かつて人と魔族が争った際にも、その立地からどちらへも積極的に加担する事はなかった。攻めず、ただ防衛するのみ。
しかしそれは戦力が無い訳ではない。操舵技術や造船技術においては、比類なき力を持つ国家である。
国家を運営するのは国王では無く、市民より選出された四人の賢人達。形式上国王はいるが、王と言えど絶対権は無く、賢人会議と呼ばれる話し合いの元、さまざまな事項が決められる。そういう国である。
領土としては生産物が限られるが、他では取れない海産物を輸出する事で、強力な貿易力も有する。
俺達は今、そのアストラへ向かう為、大陸側の港町へ来ていた。
アストラへ向かう船が出る唯一の町、ヨーク。そこで船を探そうとしていたのだが……。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「あぁん、船だぁ? 無理だ無理。ヨソを当たんな!」
「アストラ? 冗談じゃない! 今船なんか出したらそのまま海の餌になっちまわぁ!」
アストラへの船を求めた俺達に、屈強な海の男達が揃って否と告げてくる。
前情報ではヨークからアストラへは渡しの船や定期便もあり、渡航は問題無いと思っていたんだが……。
日が傾くまでそこそこの数にあたったが、誰一人良い返事は返して来なかった。
「ふーむ、妙な話じゃのぅ」
そう言って来るのはイカ焼きを両手に掲げた魔王。魔王リリアルデ・フローエ。
だが、口の周りをタレでベトベトにしたその姿を見て、魔王だと思う奴は誰も居ないだろうな……。
「ほらほら、リリィちゃん。お口にタレがベッタリですよ」
甲斐甲斐しく口元を濡れた布で拭いているのが、亜人族……猫豹族のティナ。
この世界では亜人族は忌み嫌われている為、普段は特徴的な耳や尻尾は魔法で隠している。
その頭の上には黒い猫が一匹、魔王の手にしたイカ焼きを虎視眈々と狙っている。
とはいえ実はあいつは猫じゃない。とある事故で生まれた混沌スライムだ。自在に姿を変えることが出来るため、最近はもっぱら猫の姿で居ることが多い。
「こ、こらクロよ! やめい、コレはワシのじゃ! 第一、猫にイカはイカンじゃろう!」
クロが魔王からイカ焼きを奪おうと手を伸ばしだした。魔王の台詞も含め、ちょっと色々突っ込みどころ満載だな。
「しかし参ったな……ここまで船が出ないとはな」
海は油断すれば容赦なく船や人をその内に飲み込む。漁師や船乗り達が無理だと言うなら、素人の俺達が船を出すなんて夢のまた夢だろう。
「でも、どうして船が出ないんでしょうね」
「さぁな……皆、無理だと言うばかりで理由は話してくれないんだよな」
例えば海が大荒れしているならまだわかる。そんな中船を出すのは自殺行為だろう。しかし現実には海は穏やかであり、船を出すなら絶好な状況に見えた。
「浜辺で遊ぶ者の姿も見えんのぅ」
クロとの争奪戦に無事勝利した魔王が浜辺を見ながらつぶやく。どうやら町の住人は、海に近付く事自体を避けているようだ。
「仕方ない。こういう時は酒場にでも行って情報を仕入れるか」
酒の入った人間は饒舌になりやすい。そうでなくとも人が集まる場所なら、何か聞けるかもしれない。
「ほほう、酒か! 良いの良いの。随分と飲んでおらんが人の酒は初めてじゃの!」
魔王が酒と聞いてはしゃいでいる。大飯くらいの上に酒まで飲むのか。というか魔王って酔うのか?
「ほどほどにしろよ。酔い潰れたら放って帰るからな」
「たわけ、ワシを誰だと思っている。酒如きで酔いなどする訳なかろう」
じゃあなんで飲むんだよ……と喉まで出かかったが、どうせろくな答えは返ってこないだろうと思い、黙って酒場まで歩く事にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
港町らしく、わかりやすい位置に酒場はあった。看板を見るに『人魚の誘惑』という店らしい。どうでも良いが人魚は亜人族じゃないのか?
「いらっしゃい……三人かい?」
スラリと背の高い、青い髪の女が店に入った俺達を出迎える。つい人魚なのかと、脚に目線が行ってしまう。
「残念だけどアタイの足はこの通り二本生えてるよ」
見られ慣れてるのか、ピシャリと自分の足を叩きながら人魚じゃないと告げてくる。
「ああ、すまん。店名からついな……三人で頼む」
「ははっ! 他所から来た奴らは大体そう言うね。適当に座っておくれよ」
言われたとおり適当に目についた席に座る。少し早い時間だが、店の中はすでに酔いどれ客でいっぱいだった。船が出せないからと、昼間から飲んでるんだろう。
「注文はどうするんだい?」
先ほどの店員が注文を取りにやってくる。ひとまず酒と、適当につまめる物を頼んでおく。
「ワシも酒じゃ! お主、一番旨い酒を持ってきておくれ!」
横から魔王が勝手に酒を注文する。
「何言ってんのさ! 子供が酒なんて十年早いよ! 大人しく果実水にでもしときな!」
「なんでじゃー! ワシは子供ではないわ!」
「はっ、そんなナリで子供じゃ無いなんてどの口が言うんだい。背伸びするのは程々にしておくんだね」
見た目は完全に幼女だからな……。あっさりあしらわれた魔王は納得いかない様子で店員を睨んでいる。
「ああ、コイツは気にしないでくれ……。後は腹に貯まるものが欲しいんだが……魚は食えるのか?」
「心配しなくてもまだ大丈夫だよ! とは言えこのままじゃあ、いずれ出せなくなるだろうけどね」
「海に出れないんだってな……何かあったのか?」
何やら文句を言っている魔王を無視して、少し探りを入れてみる。
やはり海に出ていない以上、魚も取れていないんだろう。漁師達は答えてくれなかったが、店員なら……という俺の考えも、しかし他と同じく裏切られる事となる。
「余所者には関係ない事さ。まぁ、そんな事は気にせず酒でも楽しんで行っておくれよ!」
そう言うと店員はさっさと引っ込んでしまう。ここまで口を閉ざす理由はなんだろうか……。
その後、注文が届きしばらくそれで粘ってみたが、周りの客からこれといった情報を聞けることもなく、俺達は店を後にした。
「飯は美味かったが……情報の方はさっぱりだったな」
「皆さん海に出られない割には、あまり辛そうでは無かったですね……」
ティナの言うとおりだ。漁師や渡しを生業としている筈なのに、海に出れない事に対してあまり悲観的では無い。
かと言ってこの町を離れ、何処かへ出稼ぎに行っている訳でも無いようだ。
ただ、海に出るのは無理だとして、誰も出ない。俺達はそのチグハグさに違和感を感じていた。
「ひとまず宿に戻るか。魔王もこんなだしな……」
「リリィちゃん、お酒弱かったんですねぇ」
そう、魔王は今、完全に酔っ払って俺の背中で眠りこけている。俺の注文した酒を横から奪い取り、一息で飲み干したと思ったらそのまま潰れてしまった。
あれだけ豪語していたのにこのざまである。多分、今まで飲んでた酒は凄く薄めていたか、もとから酒精の少ない酒だったんだろう。
日も沈み暗くなった道をティナと歩く。宿まで後半分程といったくらいの所で、前から歩いてくる人影に気がついた。
ただの通行人かとも思ったが、そうでは無いようだ。明らかにこちらに近付いて来ている。
「何か用か?」
完全に近付かれる前、少し離れた位置から声をかけてみる。これでただの勘違いだったら恥ずかしいが、どうやらアタリだったようだ。
「あんたら……アストラに行きたいのか?」
声からして男か――深くフードを被り顔を隠したその男は、挨拶もなく唐突に聞いてくる。
「なんでそう思う……いや、あれだけ町で聞いてたんだ。目立ってたか」
「そういう事だ。で、どうする? アストラに行きたいならアテが無い訳でもないぜ」
渡りに船だが……簡単に喰い付くのもどうだろうな。
「いきなりそんな事を言われてホイホイ着いて行くと思うか? ……何が目的だ」
「まぁ、そうだわな。なぁに、俺もアストラに行きたいんだがな、人手が足りないんだよ」
「人手……?」
「ああ。それにアンタなら信用出来そうだしな。ペラペラ喋ったりしないだろう?」
男はそう言うとチラッとティナの方を見る。
「信用? 会ったばかりの余所者を信用するなんておかしな奴だな」
「はっ! わざわざ亜人と並んで歩いてる奴に言われたくは無いな!」
さっきティナを見たのはそれか? だがティナには認識阻害の魔法をかけてある。見た目は完全に人間の筈だ。
「……亜人? なんの事だ?」
「とぼけても無駄だっての。俺には分かるんだよ……少しばかり鼻が良いもんでな」
そう言うと男はフードを取り、顔をあらわにする。
月明かりの下、現れたその頭部には人には無い尖った耳。まるで狐の様なその耳をピンと立て、男は黙って俺達を見ていた。
この男もまたティナと同じ、この世界では忌諱され、避けられる存在。迫害から身を隠し、滅多にその姿を見る事のない種族――亜人族であった。
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