崩れ去る平穏
「――じゃあな、アリス! また学園で会おうな!」
「リーゼロッテもまたね!」
遠ざかるアリスたちを見ながら、レンたちは手を振っていた。
「俺はともかく、リーゼロッテはレンたちと一緒に帰るのにティリカは気づいていないのか?」
「もしかしたら知らないんじゃない? だって来るときは別々で来たわけだし」
そうだったなとアリスは相づちを打つ。
「だったらリーゼロッテもレンたちと一緒に行けばよかったんじゃないか?」
そうすれば余計な手間が省ける。だが、リーゼロッテはアリスと一緒に帰っている。アリスからしたら、どうしてだろうと疑問を抱いていた。
「だって、これから戦いがある可能性があるでしょ? だから……」
最後の方はリーゼロッテの声が小さかったので聞き取ることは出来なかった。口の動きで読み取ることが出来たが、どうしてか読み取るのはいけないと思い、アリスは見逃した。
「――ねぇ、アリス?」
リーゼロッテがアリスの服の裾を摘まむ。裾を掴むその手は少し震えていた。
「アリスも死んじゃ駄目だよ?」
不安そうにリーゼロッテが見上げる。この先のアリスを心配して……
そんなリーゼロッテの想いとは裏腹に笑みを浮かべて――
「――大丈夫だ。これくらいで死ぬなら、とうの昔に死んでいる」
少し前にリーゼロッテが言った言葉をそのまま返す。
それに気づいたリーゼロッテも――
「うんっ! そうだね。アリスだったら大丈夫だよね!」
一切の不安の見せない、最高の笑顔を見せるのであった。
その後は無事にリーゼロッテを宿まで送り届け、今頃はイーストを出発しようとしているところであろう。
(そろそろ出発か……リーゼロッテたちがいる間は大丈夫そうだな。そもそも今夜に敵が襲うとも限らないが……)
今更ながら気づく。今回の任務は敵が襲ってくる前提の任務だ。つまりは敵が攻撃してこなければ始まらない。
(もしかしたら何日か滞在することになるかもな……)
だが、アリスが探している敵の可能性は高い。そう考えると、少しの滞在など気にならなかった。
(俺もそろそろ行くか――)
そう思った矢先――
ドカアアアアアアアアァァァァーーーーーーン!
イーストに爆発音が響くのであった。
「きゃあああーー!」
「クソッ! なんなんだよ!」
「皆さん! 落ち着いてください!」
爆発が起こった場所――それはリーゼロッテが集合していた場所から遠く離れていない場所であった。
突然の爆発で多くの生徒がパニック状態に陥っていた。教師たちも生徒たちを落ち着かせようとしているが、教師たちも少し焦っており、説得力に欠けていた。
(……ッ! あれがアリスの言っていた敵の攻撃!?)
リーゼロッテは皆が慌てる中、驚いてはいるが冷静に状況を判断していた。
(けど、人間が攻撃しているような魔力の流れは感じない……ッ! これは精獣!? よりにもよって、こんな時に!)
リーゼロッテは現状を把握して舌打ちをする。
獣に精霊が取り憑いた精獣――それらは獣の身体能力を極限まで強化し、精霊は獣の魔力を使って魔法を使う。いわば、共存しているようなものである。
(だったら少しでも早く倒さないと街に被害が出てしまう。幸いにも精獣は知性が低い。それだったら――)
自分が知っている精獣の知識から自分のやるべきことを決めていく。
「先生! 恐らく、あの爆発には精獣が関わっています! このまま放っておけば街に被害が出るかもしれません!」
「……ッ! やはり精獣か……君も言っているのだから間違いはないだろう。俺の感じでは数はわからないが複数いることは確かだ」
男教師も魔力察知に長けており、精獣の存在を察知していた。
「だが、君たちを戦わせるわけにはいかない。精獣は君たちが思っている以上に危険な敵だ。言わなくてもわかると思うが、たかが爆発音だけで、この有様だ」
「でも! それだったら街の人たちが!」
男教師の言っていることは正しい。ちょっとしたことで冷静さを取り乱す生徒たちが精獣を倒すことは出来ない。かといって、一人で複数いる精獣を相手にすることは自殺行為に等しい。
(またっ! また、見ていることしか出来ないだなんて!)
リーゼロッテは己の無力さを嘆く。もしアリスみたいな絶対的な力があれば――そんな考えがよぎる。
諦めようとしていたその時――
「先生。だったら私たちに戦わしてもらえないでしょうか?」
自ら戦うと名乗り上げたのは生徒会長であるリンであった。しかし、男教師の表情は硬いままだ。
「だがな、いくら君たちが実力があると言っても――」
「――もし、ここで誰かが足止めをしないと、こちらに精獣がやってきたときに対処できますか? 焦って冷静さを失う生徒。人は冷静さが欠けていると思わぬ行動を起こします。その生徒たちを守りながら戦えますか?」
「うっ!」
男教師が言っていた生徒たちが戦えない。そのことを逆手にとって自分が戦うことを正当化したリン。その姿を見て――
(やっぱりすごい!)
感情的にしか考えることが出来ない自分と、状況を冷静に処理するリン。リーゼロッテが憧れる理想の姿であった。
男教師も厳しい表情をしたまま、出した答えは――
「……戦える人間はここに集まってくれ。その他の者は出来るだけ安全な場所まで避難してくれ」
渋々、戦う許可を出した。だが、この判断は苦渋の決断であっただろう。
教師の立場上、生徒たちを守らなければならないため、生徒たちの近くにいなければならない。しかし、何人かの生徒は全戦で戦うが、自分たちが前に出て戦うわけにはいかない。後ろには戦えない生徒たちがいるのだから。
自分たちが戦わずして生徒たちが戦うのは非常に情けないと男教師は思っていた。本来ならば自分たちが生徒の盾にならなければならないのに――
男教師によって集められた生徒はアリスを除く代表メンバー四人、三年生を中心としたその他数名の生徒であった。その数人の生徒の中にはレンとティリカも入っていた。
「よく集まってくれた。俺としては戦って欲しくはないが、ご覧の状況だ。君たちが実力者としても当然だが精獣は個体によって差がある。弱い個体ならばいいが、上級精霊が取り憑いている場合がある。その場合は速攻で逃げろ。そいつは基本、ギルドでも危険度Aランクに指定される強敵だ。君たちが勝てる可能性はまずない。例え優秀なリンたちであってもだ。そして最後に一つ。全員、無事に帰ってこい」
男教師の無事を願うような切実な想いに生徒たちは気合いの入った返事をする。
「さて! 行きましょうか!」
リンの声を合図に生徒たちは精獣の元へ向かうのであった。
精獣たちのもとへ向かう途中、リーゼロッテは真剣な表情をしているレンたちに近寄る。
「どうして、あなたたちも来たの?」
下手をすれば命はない。わざわざ参加するほどでもないはずだが――
「はっ! いいじゃないか! 相手は精獣だぞ。これだけの敵なんて、なかなか相手に出来ないぞ」
「それにリーゼロッテも戦うのに、あたしたちが後ろで待ってるだなんて嫌だしね」
それに強くなるためのチャンスを逃すはずがないと二人は答える。その言葉にリーゼロッテは苦笑する。自分と同じ考えを持っていると改めて理解したからだ。
(それにアリスも戦っているはず。ここで私が逃げてちゃ駄目。アリスの負担を少しでも減らさなきゃ!)
決意を胸にリーゼロッテは目的地へと進む。成獣たちがいる場所までは、そう距離は遠くない。もう少しすれば、その姿を確認することが出来るだろう。
(……ッ! いた! でも、数が多い!)
精獣を見つけたが、数があまりにも多かった。確認できるだけでも50。対するこちらは30しかいない。
(でも、動きは襲い精獣しかいないか……)
動きが速い狼などに取り憑いていないことは幸いだ。精獣の動きは非常にゆっくりとしたもので、いざとなれば逃げることも可能であった。
(よし、やるか……)
精霊武装展開の詠唱を唱えて、静かに〈聖なる騎士の剣〉を握りしめる。
「よし、いくわよ! 全員、魔法を放て!」
リンの合図によって精獣との戦いが始まった。
「切り裂け! ”セイントセイバー”!」




