エピローグ
3年前――
純白の剣と漆黒の剣を左右の手に持つ少年は森に溢れる暴走した精霊たちを殲滅した。
右手に握る漆黒の剣は漆黒の霧を操り、その霧に飲み込まれた精霊たちは魔力を失い、身動きすらとれなくなり、そのまま死へと向かって行く。
左手に握る純白の剣から放たれる光に、精霊たちは為す術もなく飲み込まれ、光が晴れた頃には精霊も自然も等しく消滅していた。
精霊たちの魔法はすべて漆黒の剣により飲み込まれ、精霊たちの命は純白の剣によって奪われる。その圧倒的な虐殺を見ていた者たちは、彼を畏怖して、こう呼んだ――
――精霊殺しと――
ファフニール殲滅後、生徒たちは国の騎士たちによって無事に保護された。アレクシアたちが結界維持に専念してくれたため、生徒たちの被害は奇跡的にもなかった。危険な場所に立たされていたリンとリーゼロッテもアリスの助けにより、それほど目立った傷もなく、他の生徒同様、無事に保護された。
その後、ファフニールが現れた原因を後日、改めて調査することになった。イーストから帰ってきたガイアたちの情報からは、今回の事件がイーストからの情報とは無関係であることがわかった。しかし、得られたものも多く、結果としては十分といったところであった。
「……はぁ……」
「どうしたの、アリス?」
隣を歩くリーゼロッテがアリスの顔を覗き込む。
「いや、なんでもない」
「でも、疲れた顔をしてるよ?」
「……色々あるんだよ」
「……大変だね」
二人して、しばらく無言で歩く。
「……ねえ、アリス?」
「ん? なんだ?」
「力ってなんだろうね」
リーゼロッテが空を見上げながら呟く。
「助ける力? 相手を服従させる力? 力とはいっても一言では言えないよね? 今回、私には守る力が必要だったんだ。でも、守れなかった。客観的に見れば助かった人はいるんだけど、結局は他人の力……ねえ、アリス。どうやったら、あなたみたいに強くなれるの?」
リーゼロッテはアリスの瞳を見つめる。しかし、見つめているのはアリスのはずだが、アリスではなく別の誰かを見つめているようだった。学生ではなく”エルフリーデ”としての――
「そうだな――」
アリスは少し考えるそうな仕草をして――
「強くなりたいと考えていなかったと言えば嘘になるな。でも、それよりも守りたいものを守れるようになりたいと思いながら努力したことはあるな」
アリスは何かを懐かしむように微笑む。
「だから、目標を明確にすることだな。俺はお前の言ったように守るための力を求めた。それで、お前はどうする?」
アリスの視線がリーゼロッテの瞳の奥を見据える。
「私は――」
リーゼロッテの中で答えは決まったいた。それは――
「大切な人を支えられるような力が――」
ピクッとアリスが少し反応する。リーゼロッテが一瞬、今はこの世にいない、あの少女と重なったからだ。
(……未練がましいな、5年前のことなのに……)
アリスは自嘲するかのように笑いを漏らす。結局、自分は過去に囚われたままなのだと。
「……アリス?」
どうやら考え込んでしまっていたようだ。先ほど同様、リーゼロッテは心配したようにアリスを覗き込んでいた。
「……ああ、すまない。少し考え事をしてた」
「ふーん……あっ! ティリカたちだ! おーい!」
ティリカたちを見つけたリーゼロッテは、その場で跳ねながら手を振る。ティリカたちもリーゼロッテに気づいたのか、同じように手を振り返していた。
リーゼロッテがティリカたちに向かって走り出そうとするが突然、何かを思い出したのか、その場で立ち止まって、アリスに振り返る。
「アリス!」
リーゼロッテは一呼吸、置いてから――
「今度は私が、あなたを助けるから!」
清々しい笑顔で言ったリーゼロッテはそのまま振り返って、ティリカたちのもとへ向かった。
(今度は……か。どっちのことを言っているんだろうな……それとも、どっちもか)
疑問に思っていたが、今のリーゼロッテの言葉から、リーゼロッテが森で初めて出会った少女であろうと確信する。どこか面影があったが、ようやくアリスは確信することができた。しかし、間違いの可能性もある。もしかしたら、”アリア”の正体がアリスだと気づいての言葉かもしれない。どちらにしろ――
(アイツと言っていることが変わらないじゃないか……)
アリスは思わず苦笑してしまう。未練がましいと思っていたが、流石に同じような言葉を言われたら想像してしまうのは仕方のないであろう。
――大丈夫だよ! あなたは私が守るから!――
こだまする過去の幻聴。しかし、今のアリスにとって何故か心地のよいものであった。
(……今回はリーゼロッテの笑顔を守れたんだよな?)
(そうだよ! アリスはもっと自分に自信を持たなきゃ!)
(……そう、アリスは強い。もっと自信を持って)
(ありがとう、二人とも)
二人の精霊に励まされ、アリスは今の光景を目に映す。豊かな自然、平和な日常――今は保たれているが、いつ崩れるかはわからない。あの時のように。
(でも……)
アリスは無意識に拳を握る。もう、何も失わないと、あの時に決心したのだ。
(今度は失わない。例え、自身が滅びようとも……)
「アリスー!」
ティリカたちのもとへ駆け寄ったリーゼロッテが、アリスに向けて手を振っていた。
「早く来なよー!」
「置いていくわよ!」
「よし! このまま置いていくぞ! アリスから逃げろ!」
平和な世界。争いを知らないであろう世代。しかし、いつの間にか、アリスにとって心地のよい場所となっていた。
「今行く! それとレン。お前は覚悟しろ」
(これでよかったんだよな、アリア?)
こうして、精霊殺しの学園生活が始まったのであった……
――君、一人なの? じゃあ、一緒に行かない? 私はアリア。君は? えっ? 名前ないの? じゃあ、私が付けてあげる! ……ええっと、私の名前がアリアだから……よし! 決めた! 今日からあなたの名前はアリスよ! お揃いみたいでしょ! 今日から私があなたを守ってあげるから!――
長い間、お待たせしてすいませんでした!




