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五話

***


 老婦人が口を閉じると、どこからかヒョー、ヒョーと奇妙な鳴き声が聞こえた。もうすっかり日は落ちていた。

 話を聞くのに夢中で、山の夜の冷気にさらされているのにも気づかなかった。

「あらまあ、すみませんねえ。もうこんな時間だわ。こんなお婆さんのつまらない昔話につき合わせてごめんなさいねえ」

「いえ。とても楽しかったです」

「そんな楽しいお話だったかしら?」

 楽しいという単語を使ったのは失敗だった。八十年も前のこととはいえ、死んだ子どもの話だったのだ。無神経だった。

 僕はすみませんと頭を下げてから思いついて続けた。

「しかし、藤吉くんは涙を浄化させたのですよね。今ごろは誰かの子どもになってこの世に生まれてきているかもしれませんね」

 それは僕なりに老婦人を慰めたつもりのセリフだった。

 しかし老婦人は、笑みを唇にはいたまま首をゆっくり振った。

「あの飴、最後までなめきらなかったのよ」

 そう言って、くすりと笑った。

「あら、鵺鳥が鳴いてるわ」


 ヒョー、ヒョーと奇妙な鳴き声が夜の闇を貫いた。

 一瞬、赤い提灯が揺れるのが見えた気がした。

「さてさて、皆の衆。今宵はあの世とこの世の境が揺らぐ年に二度の彼岸の入りじゃ。暑さ寒さも彼岸まで。しかも十二年に一度しか開かれぬ夜の市の始まりの日じゃ」

 とろりとした琥珀色の飴が、飴の欠片が。藤吉の涙が。

 この老婦人の枯れた身体のどこかに、今も、ある気がした。どこかに引っかかったまま。

 長い年月を老婦人と共に。涙が枯れぬまま。


〽 一番はじめは一の宮 

  二は日光東照宮   

  三は佐倉の宗五郎

  四は信濃の善光寺

  五つ出雲の大社

  六つ村々鎮守様

  七つ成田の不動様

  八つ八幡の八幡宮

  九つ高野の弘法さん

  十は東京泉岳寺

 

  これだけ心願かけたなら

  浪子の病も治るだろう

  ごうごうごうと鳴る汽車は

  武男と浪子の別列車

  二度と逢えない汽車の窓

  鳴いて血を吐くほととぎす

    (お手玉の数え歌より)


 老婦人の口からはもう、昔話は出なかった。

 ただ無邪気で哀しいお手玉の数え歌が鵺鳥の鳴き声を伴奏に、僕の耳に響いた。


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