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祝祭の開幕 ~抽象のパレイドリア~  作者: 不覚たん
整然編

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41/42

ブービー・トラップ

 また仕事が回ってきた。

 依頼主は「対策本部」の皮をかぶっているが、おそらくは風間派の誰かであろう。

 スポンサーさまからの直々の依頼だ。


 だからいま、俺はバンを運転し、指定の場所へ向かっていた。

 オーダーは物資の搬送。

 物資などというが、どこかで見たことのあるケースだ。

 助手席には不機嫌そうな餅が座っている。

「ね、なんで断らなかったの? 罠なんでしょ?」

 窓の外の景色を見ながら、彼女はそんなことをつぶやいた。

 山々は徐々に紅葉してきた。

 いつのまにか秋が訪れていたらしい。

 俺はギアを入れ直し、こう応じた。

「顔なじみに会わせてくれるって言うんだ。ご好意にあまえようぜ」

「バカみたい」

 なんだかんだ言って一緒に来てくれるのだから、かわいいものだ。


 たしかに、対策本部の幹部連中はガイアに殺害されたかもしれない。

 しかし赤羽の研究員たちは生き延びたのだ。

 敵意をぶつけなければ、即座に戦闘になることもあるまい。実際、佐々木双葉は対話に成功したのだ。


 到着したのは赤羽の研究所。ただしすでに閉鎖されており、無人だ。

 キーはあずかっている。

 俺たちはバンを降り、建物の裏口へ向かった。正面エントランスにはシャッターがおりていて、後ろからでないと開かないようになっているのだ。


 カードをかざすとロックが解除された。

 閉鎖されたにも関わらず、電気が来ている。なんのためかは不明だが。

 足を踏み入れると、廊下の照明も自動で点灯した。なかなか金のかかった施設だ。これなら照明を消し忘れて誰かにガミガミ言われることもないだろう。


 目的地は地下の研究室。

 おそらくそこでケース内のキャンセラーが破裂し、ガイアが肉片を求めて現れる。換気扇あたりから入り込んでくるだろう。そしていよいよご対面、というわけだ。

 それにしても、風間一族が俺を消したがっていたのは予想外だった。風間菖蒲からは、必ずしも依頼を受ける必要はない、という遠回しな警告が飛んできたものの。だから今回の依頼を出したのは彼女ではなく、その父親か、あるいは対策本部にいる叔父とやらであろう。

 俺は「知りすぎた」というわけだ。

 まあこちらに言わせれば「知られたくないのなら、もっとうまく隠してくれ」だが。


 カードをかざしてセキュリティを解除し、地下へ入った。

 これまでの研究所と同じ造りだ。廊下には緊急避難用のレバーもある。

 ここにもなんらかのサンプルが保管されているかもしれない。中からは特に気配を感じないが。


 銀色のドアを開くと、見えたのは無人の研究室。奥には円柱形の水槽。内部はどろどろに濁った溶液で満たされていた。

 俺はケースを置き、適当な椅子へ腰をおろした。

 まだこんなクソみたいな実験をしている施設があったとは。

 餅も哀しそうな表情で水槽を見つめている。研究員にとってはただの失敗作かもしれないが、彼女にとっては死亡した姉妹だ。

 例のジオフロントでも、この手の水槽は各所に見られた。

 あそこで大量生産された五代まゆのクローンは、装置にかけられ、強制的にフェストへ感染させられた。そして当人の意に反した形状に変異させられ、生命を維持できなくなり、死亡してしまうのだ。

 餅だって、どろどろの姿にされた。普通なら死んでいたはずだが、再生能力が異様に強かったおかげで死を免れた。


 ま、俺たちの文明とやらは、モルモットやネズミの大量死によって成立している。その対象が人間だったときだけ感傷的になるのはアンバランスかもしれないが。

 しかし俺が人間である以上、それは仕方がない。

 ロジックじゃない。正しさでもない。動物的な本能の問題だ。


 ケース内部からかすかに破裂音がした。

 キャンセラーが自壊したのだろう。サイキック・ウェーブを感じる。

 ごく微弱な波。

 ガイアはいまどこにいるのか知らないが、こんな波でも感知するというのだから、信じられない鋭敏さだ。

 いや、彼女自身が感知しているのではないかもしれない。地球に堆積する精神が波を感知し、ガイアに知らせている可能性もある。

 つまりガイアは、この地球と対話しつつ行動しているというわけだ。

 あるいはその名の通り、すでに地球と一体化しているか。


 気配は一気に来た。

 換気扇からだ。

 ふっと黒い少女が降り立った。表情は読めない。どこか親しげな、それでいて警戒しているような、獲物を見つけた獣のような、なんとも言えない顔だ。複数の感情を同時に発露させている。

 もちろん俺はキャンセラーなんか持ち込んでいない。一発でも食らったら精神を飛ばされる。

「こんにちは。これ、運んでくれって頼まれたんだ。欲しいんだろう? やるよ」

「……」

 少女は口を半開きにし、なにか返事をしたそうな様子だったが、それは言語化されなかった。しかしあえて映像ヴィジョンで攻撃してこないところを見ると、なんとか会話に応じようとしてくれているのが分かる。

 彼女はやはり敵ではない。

 指先からニョキとツタが伸びた。それはケースを絡めとったかと思うと、凄まじい圧力をかけ、一気に粉砕してしまった。とんでもない馬鹿力だ。破片がそこらに散乱し、俺にも直撃しそうになった。

 中身は、保冷材で冷やされた真空パックの黒い肉だった。彼女はそのパックを引きちぎるや、獣のように生肉をむさぼり始めた。

 自分の肉を回収する手段が「食事」というのもなんであるが。

 俺は彼女の食事が終わるのを待ち、こう声をかけた。

「少し話せないか?」

「はなし……」

「俺は二宮渋壱。こっちは餅。おぼえてるかな?」

「……」

 質問が複雑すぎたか。

 もっと優しく声をかけたほうがよさそうだ。

「二宮渋壱」

「にのみや……じゅういち……」

「餅」

「もち……」

 サイキック・ウェーブに変化はない。

 あえて抑えていてくれているのかもしれない。もし彼女が本気を出せば、俺たちなど二秒でどうにかなる。

「ガイア」

「がいあ……わたし……」

「そう、君だ」

 すると彼女はほっとしたように微笑した。

 もしかすると、これは新しい人格なのかもしれない。誰かの抜け殻であった過去をやめ、新たな個人として出発しようとしているのだ。

「前に会ったの、おぼえてる?」

「まえに……あう……」

 こちらをまじまじと見つめている。

 それから左右をキョロキョロして、はじめて水槽があることに気づいたらしい。サイキック・ウェーブを発していなかったから、視界に入るまで存在を知覚できなかったのだろう。

 彼女は信じられないといった顔で水槽へ近づいていった。

「ごだいまゆ……わたし……ごだいまゆ……」

 その言葉は記憶にあるらしい。

 水槽にすがりつき、哀しそうな顔をしている。

 少し震えていた餅が、勇気を出して近づいて行った。

「私たちの姉妹だよ」

「わたしたちの……しまい……」

「私も姉妹」

「しまい……」

「餅っていうの、名前」

「もち……」

 ガイアの指からツタが伸びた。その先端が震える餅の頬を撫でる。

「こわい……?」

「ちょっとね。でももう大丈夫。私はあなたのお姉ちゃんなんだから」

「わたしの……おねえちゃん……」

「そうよ。あなたは妹。私のほうが偉いの。だから命令を聞きなさいよね」

「いもうと……めいれい……」

 ちょっとコミュニケーションが強圧的に過ぎる気もするが。

 ガイアはしかし不快そうではない。

 俺は立ち上がった。

「一緒に来ないか? もっとたくさんの姉妹がいるぞ」

「たくさんの……しまい……」

「家族だ」

「かぞく……」

 戸惑ったような表情。

 だが、彼女の手を餅がつかんだ。

「一緒に帰ろ、私たちのおうちにさ」


 *


 バンに乗り込んだ俺は、エンジンをかける前に無線で対策本部へ連絡を入れた。

「こちらセカンドパレス。応答願います。どうぞ」

 するとややあって、担当者からの返事が来た。

『えー、こちら本部。どうしました?』

「受取人に物資を渡しました。依頼を達成したんで、これから撤収します」

『え、いや……』

「なんです? 一部始終は監視カメラで観てたでしょ? あれがすべてですよ。それとも、別の誰かが来る予定だったと?」

『そういうわけじゃありませんが……』

「じゃ、報酬はいつもの通りにお願いしますね。そろそろ日が暮れちまうんで、帰ります。残業はしない主義なんで」

『……了解』

 死体からの連絡じゃなくて残念だったな。

 しかし死ななかったのだから仕方がない。


 後部の座席には、餅とガイアが並んで座っている。

 俺が受けたオーダーは、荷物を運び入れること。受取人を誘拐するなとは言われていない。ま、仮に言われていたとして、鐘捲雛子との約束のほうが優先されるわけだが。

 姉妹は絶対に守る。

 チームで決めたことだ。対策本部がどう言ってこようが知ったこっちゃない。


 *


 だが、俺たちはそのまま帰宅することはできなかった。

 夕闇に包まれたセンター。

 その手前の道路が、警察によって封鎖されていたのだ。パトカーだけでなく、車両止めまで用意されている。強行突破はできそうにない。

 向こう側では、各務珠璃が心配そうな顔で見守っている。

 俺がバンを停めると、警官のひとりが近づいてきた。

「検問にご協力ねがいます」

「どうぞ」

 幸い、武器は持ち出していない。

 腕章もしていなかったが。


 警官が乗り込んできた。

 いま後部座席にいるのは餅だけだ。

「マルタイ、発見できません」

「この子は?」

「別人のようです」

「おかしいな。徹底的に探せ」

 なにか理由をつけて、水際でガイアを取り押さえようという魂胆らしい。しかし見つかるわけがない。もうこの車両には乗っていないのだから。

 警察はセンサーを手に何度も車内をうろうろし、車体の下や屋根の上まで覗いて、それでも納得しなかった。

「まだ終わりませんか? 早く帰らないと上司に叱られちゃいますよ」

「ご協力ください」

 強制的に逮捕してこないところを見ると、たいして強い命令は出されていないらしい。対策本部内にも、この件に賛同しない一派がいるということか。

 現場の警官は、無線で急かされているようだった。

 が、怒鳴ったところで見つかるわけがない。いないものはいないのだ。


 事前に機械の姉妹からリークがあった。

 警察が動き出したと。

 だから俺たちは車からガイアを逃がした。いずれまた会える、なんて悠長な約束はしていない。彼女は俺たちのサイキック・ウェーブを把握したわけだから、それを辿ってくれれば合流できる。彼女は換気口からでも下水道からでも入ってこられるのだ。


 運転席に近づいてきた警官が、溜め息混じりに告げた。

「ご協力ありがとうございました。どうぞお通りください」

「はいどうも」

 ずいぶん粘りやがった。

 到着時にはかろうじて地平線に残っていた太陽も、完全に姿を隠してしまっている。

 後ろにはトラックも並んで大渋滞だ。

 たまにクラクションを鳴らすヤツもいる。まあ相手は警察だから、かなり遠慮がちではあるが。


 *


 センターに入ると、俺は各務珠璃とともに執務室へ直行した。

「説明はいる? たぶん、機械の姉妹から情報が行ってると思うけど」

「はい。でもびっくりしましたよ。あのガイアが対話に応じるなんて……」

 そりゃそうだ。俺も驚いている。

 餅がうまく緊張をほぐしてくれたおかげだ。

「ともかく、家族が増える。調整、大変かもしれないけど、なんとか頼むよ」

「もちろんです! そのためのセンター長ですから!」

 頼もしくなったもんだ。


 生活スペースでは、姉妹たちがそわそわしていた。

 なぜか鐘捲雛子の姿がないが。

「あれ? 鐘捲さんは?」

「いまガイアをシャワールームへ連行したところです」

 応じたのは機械の姉妹。

 表情はいつも通りだが、精神が浮ついているのが分かる。

 しかしすでに到着していたとはな。

「あの子、ぜんぜん風呂入ってなさそうだったからな……」

 とはいえガイアは細胞レベルにまで分解して移動しているはずだから、汚れもなにもないような気もする。それでも細胞内に取り込んでしまった異物を、代謝で排出できるかもしれないが。


 ややすると、こざっぱりした様子のガイアが出てきた。無地の浴衣から伸びた手足も、髪も、相変わらずタールを塗ったような黒色。いや、黒というよりは、カラスの濡れ羽色だろうか。油分を帯びたように鈍くギラついている。

 これで健康体なのだろうか。あるいは外殻を金属で構成する貝もいるくらいだから、そういうものを取り込んでいるのかもしれない。いわゆるミネラルだってほとんどが金属だ。

 風間の分析チームによれば、主成分はE細胞とのことだったが……。E細胞はいかようにも変化しうるので、あまり参考にならない。


 ガイアは困惑している。

 これまで概念すら知らなかった家族というものが、突如として出現したのだ。虚無が裂けて光が差したような状態だろう。いきなりでは眩しすぎるかもしれない。

 五代まゆが目を細めた。

「みんな、あんまりからかっちゃダメよ。興奮してどうなるか分からないんだから」

 少しさめたような態度だが、彼女なりの気遣いであろう。


 ふと、機械の姉妹が近づいてきた。

「そういえば、大事なことを言い忘れていました」

「なんだ?」

 また俺のサイキック・ウェーブが変質したとか言うんじゃないだろな。

 ガイアは力を抑制してくれた。ほとんど影響はないはずだ。

「赤羽博士から送付されたデータを解析しました」

「データ? ああ、こないだ褒美をよこすとか言ってたな。なんだったんだ?」

「フェスト治療システムで使用されるメッセージの改良版です。実際に試してみないと確かなことは言えませんが、E細胞の特性のみを消去するようデバッグされているようです。これを使えば、フェストを治療できるのではないかと」

「……」

 もし事実なら、その価値は数億どころではない。

 売り払えば、使いきれないほどの金が転がり込んでくるはずだ。

 なにせ国をあげての支援が見込めるわけだからな。

 俺は少し考えた末、こう告げた。

「パブリックドメインにできないかな」

「無料で公開すると?」

「これを作るために動いた連中は、どいつもこいつも悪人ばかりだ。俺も含めてな。少しは社会に還元すべきだろう」

「志は立派ですが、後悔するのでは?」

「きっとやらないほうが後悔する。君のネットワークを駆使して、信頼できそうなところに一斉送信してくれ。それで世界はほんの少しマシになる。たぶん」

「分かりました」

 彼女はにこりともしなかった。

 が、反論もない。

 お互いのことはよく分かっている。俺がそういう人間だということを、彼女も理解しているのだろう。


(つづく)

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