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祝祭の開幕 ~抽象のパレイドリア~  作者: 不覚たん
狂想編

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33/42

ポエッツ・ドリーム

 テレビのニュースは特に進展がなかった。

 世界は平和だ。表向きは。

 仕事が回ってきた。

 ターゲットは「怠惰のウラヌス」。おそらく同行しているであろう「強欲のマーキュリー」もまとめて対処せよとのことだった。


 バンのドライバーはジョン・グッドマン。乗員はたくさん。俺と鐘捲雛子、そしてガタイのいいアルバイトたちだ。一回あたりどれだけの金が動いているのかは知らないが、バイトたちはスナック菓子を食ったり口笛を吹いたりして盛り上がっている。ピクニックと勘違いしてるのでなければいいが。

 ともあれ、数の上では圧倒的に優勢。

 負けることはないだろう。


 太陽は相変わらずの日差し。だが風は涼しかった。なにもかもが爽快で、避暑地を訪れたような気分だ。

 いまからここに血液をまき散らすのかと思うと、少々気が引けないこともない。


 到着したのは懐かしの廃ビル。

 以前、ガイアが居座り、多量のフェスト患者を生み出していた場所だ。少し前まで政府が封鎖していたはずだが、いまは無人となっている。いわば忘れられた場所だ。

 発電機が停止していることもあり、濃霧のような湯気も出ていない。


 エントランスに足を踏み入れると、まず出くわしたのは見慣れたリムジンだった。ここを駐車場代わりにでもしているのだろう。実際、壁は打ちっぱなしのコンクリートだし、障害物も柱しかないから、駐車場としてはおあつらえ向きだった。

 惑星プラネットのサイキック・ウェーブは感じられないから、きっと上階にでもいるのだろう。

 とはいえ、このビルにエレベーターはない。生活上の利便性を考えれば、最上階にはいないはず。

 ひとまずは、かつて食堂のあった五階まであがってみることにしよう。


 奥へ進もうとすると、バイトのリーダーから苦情が入った。

「ヘイ、奥に行くのか? サイキック・ウェーブは大丈夫なんだろうな?」

 サングラスをしたアジア人だ。背は俺とそう変わらない。日本人の標準くらいだ。しかし体つきが凄かった。筋肉モリモリではないのだが、とんでもなく引き締まっている。武装はM16アサルトライフル。

 俺は肩をすくめた。

「留守番したきゃそこにいても構わないよ。援護射撃が可能ならね」

「俺は契約のことを言ってるんだ」

「なんならキャンセラー貸しますけど」

「冗談だろ? あんなモノ使えない。俺たちは、あんたらみたいな変異体ミュータントとは違うんだ」

 おっと差別用語だぞ。ここがアメリカなら訴訟モノだ。

 俺は溜め息を噛み殺し、こう応じた。

「分かったよ。ならそこで待機していて結構。代わりに、そのご立派な銃を貸してくれると嬉しいな。一発も撃たないで帰ったら、銃だって報われないだろう」

 すると彼は四文字の汚い言葉を吐いてから、俺にM16を貸してくれた。

「絶対になくすなよ。紛失のレポート書くの大変なんだからな」

「もちろん」

 武器は強ければ強いほどいい。俺は銃器マニアじゃないから、Cz75にこだわりがあるわけじゃない。単に慣れているから使いづつけているだけだ。

 とはいえ、腰にCz75とサイキック・ブラスターをぶらさげ、しかもM16まで抱えているとなると、どう言いつくろっても銃器マニアにしか見えないと思う。

 しかし流れでこうなっただけだ。趣味じゃない。


 バイトをその場に残し、俺たちは上階を目指した。

 すでにベニヤ板による仕切りは撤去されているし、不法侵入者もいない。マネキンどもの死体もすべて片付けられている。どのフロアもガランとしたものだった。

 二階、三階、四階は、どれも空振り。


 そして五階――。

 彼らはそこにいた。どこから手に入れたのか、くたびれたソファを置き、発電機を置き、冷蔵庫を置き、ちょっとした生活空間を形成していた。

「うんざりだな。君たちのマナーはどうなってるんだ? まずは事前にアポイントを取るべきだろう」

 ウラヌスはソファにふんぞり返ったまま、立ち上がろうともしなかった。

 こちらが出合い頭にぶっ放す可能性だってあるというのに。

 いや、なにか策でもあるのかもしれない。マーキュリーの姿も見当たらない。どこかに隠れているのだろう。あるいはトイレに行っているだけかもしれないが。

 俺は威圧しないよう武器から手を放し、ホールドアップしてこう切り出した。

「投降して欲しい。素直に応じてくれれば戦闘は回避できる」

 すると彼はふっと笑った。

「素晴らしい。それこそがヒューマニズムだ。おとなしく従えば殺さないでやる、というわけだ。しかし君たちは勘違いしているぞ。そういう発言は、自分が有利な場合にするものだ」

「どう見ても有利なんですがね」

 本日はジョン・グッドマンもグロック19で武装している。鐘捲雛子だってこの距離なら一撃で仕掛けられる。おそらくソファごと真っ二つだ。

 なのにウラヌスは、まだ余裕の笑みを浮かべている。

「分からないのか? ここは私たちの城だ。事前になんらの仕掛けもしていないわけがなかろう」

「……」

 もちろんそうなのだが……。しかし細工は見当たらなかった。まあ俺のような素人が、元自衛隊員であるマーキュリーの罠を見抜けないのは当然かもしれないが。

 彼はピースサインを見せた。

「爆弾さ。それも二種類。ひとつはこのビルに仕掛けられている。私がスイッチが入れれば、柱は木っ端微塵に吹き飛び、ビルを崩落させる。ふたつめはサイキック・グレネード。これはエントランスに仕掛けられている。こちらもスイッチひとつでいつでも起爆する」

 エントランスにはバイトの連中がいる。彼らが一斉に変異したら、どんな惨事になるか分かったものではない。

 ビルでは彼らに手を出せないかもしれない。

「それでも投降を要求する」

「くどいな。投降はしないと言っているだろう。対策本部なんぞに従っていたら、いつまで経ってもガイアを復活させられない」

「なぜそこまでしてガイアを? 国家権力を敵に回すだけでは?」

「ほう。その国家権力とやらは、彼女の存在さえ許容できないと? 生存権より尊いものがあるというのか? よかろう。ならば戦うまでだ」

「その戦いを止めて欲しいんだ。ガイアの復活は延期できないのか?」

「できないと言っている。君は、私たちが妄信的にガイアを崇めているとでも思っているのだろうな。しかし違うぞ。当時の私たちは、災禍を逃れ、ビルに逃げ込んだだけの無力な人間だった。いつ死んでもおかしくなかった。彼女は、そんな私たちに力を与えてくれた。救ってくれた。だから、今度は私たちが救うのだ。命に代えてもね。君に守りたいものがあるように、私にもある」

 俺にとってのシスターズみたいなもの、か。

 まあ確かに、仮に餅が死んでしまって、それを復活させられるのだとしたら、俺も同じようなことをしたかもしれない。

 こちらが黙っていると、彼はこう続けた。

「そういえば、爆弾はもう一種類あったな。といっても、爆発するようなたぐいのものではないが……」

「それは?」

「四十五階に失敗作がある。ガイアを復活させようと思ったのだが、なぜかうまくいかなくてね。醜い怪物さ。下水管に手を突っ込んで、そこから栄養をとっている。なぜあんなものが出てきたのか、理解に苦しむよ。おかげで貴重なマテリアルを無駄にした」

 試したのか?

 しかも失敗したと?

 いまのところ、特に異様なサイキック・ウェーブは感じられない。ということは、眠っているか、あるいは抑制しているか、そもそもあまり強い意志を持たないか……。

 ふと、パァンと炸裂音がした。

 外からだ。

 ウラヌスが片眉をつりあげた。

「どうやらグレネードが起爆したようだな」

 本気か?

 彼らを変異させたと?

 俺はM16を構えた。

「まだ話の途中だぞ!」

「君はそうかもしれないが、下の連中は違ったんだろう。妙な動きを見せたか、あるいはマーキュリーの我慢が限界を超えたか。どちらかだな」

 マーキュリーはずっと外を監視してたってわけか。

 映像がないから分からないが、下方から、ごちゃごちゃになったサイキック・ウェーブがかすかに伝わってきた。変異しているのだ。タタタと銃声が鳴ったが、それもすぐにやんだ。変異しなかったものは殺害され、変異体ミュータントに体をむさぼられることだろう。

 ウラヌスはつまらなそうに溜め息をついた。

「まだ続けるかね? 犠牲が増えるだけだと思うが」

「投降するか、死ぬか。ふたつにひとつだ」

「主語が抜けているぞ。君たちが投降するか、あるいは死ぬのだよ。どうしてもと言うのなら、また手を組んでやってもいい。私たちは進化した人類だ。もっとも進化したガイアとともに、世界を導いてゆく義務がある。ノブレス・オブリージュというやつさ」

「それは思い上がりだ。進化なんてものは、系統樹から枝分かれしたに過ぎないものだ。勝利なんかじゃない。誰かの上ではなく、横に並んで立つ存在だ」

「君には失望したよ」


 彼は武器を構えていなかった。

 だから、つい油断していた。


 おそらくはグランドクロスなのだと思う。正面にいたウラヌスと、どこからかぬっと姿を現したマーキュリーが、同時にサイキック・ウェーブを放ってきた。

 映像ヴィジョンが見えた。

 黒く冷たい水が周囲に満ちて、視界がブラックアウトした。

 得体の知れないものに身体をまさぐられ、細胞がバラけていくような幻覚。一瞬でも気を抜けば、俺は人間であることをやめてしまうだろう。しかし絡まった糸がほつれていくような心地よさもあった。抵抗する気力が湧いてこない。

「みんな……さいしょにもどる……うまれるまえの……もとのすがた……」

 プルートがそう言っていたのを思い出した。

 そこに光はない。

 無だ。


 しかし映像ヴィジョンは、ウソのようにふっと消え去った。

 俺は廃ビルにいた。

 それも、人の形を保ったまま。


 なぜ生還できたのかは、すぐに分かった。

 鐘捲雛子が抜刀し、マーキュリーを袈裟斬りにしていたのだ。それも一撃。マーキュリーは目を見開いたまま、ズルリと斜めに落下した。

 血液が噴出し、血溜まりを作った。


 ウラヌスが慌ててスイッチに手を伸ばすと、その頭部をジョン・グッドマンの弾丸が撃ち抜いた。ウラヌスは体勢を崩し、斜めになってソファから崩れ落ちた。


 マーキュリー、ウラヌス、ともに絶命。

 ミッション・コンプリートだ。

 これで惑星プラネットは、淫蕩のヴィーナスを残すのみとなった。


 鐘捲雛子が膝をつき、ジョン・グッドマンも苦しそうに崩れ落ちた。俺も立っていられなくなり、その場に尻もちをついた。

 身体を失うところだった。

 なんとか人の形は保てたが、どこも変異していないという保証はない。

 俺もキャンセラーを装着してくるべきだった。


 さて、しかし今日の仕事はこれで終わりじゃない。

 上と下に変異体ミュータントがいる。上のは無視してもいいが、下のは無視しては帰れない。五階から飛び降りたらさすがに死ぬ。

 早く呼吸を整えて、次の相手に対処しなければ。


(つづく)

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