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祝祭の開幕 ~抽象のパレイドリア~  作者: 不覚たん
狂想編

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32/42

ドライブ

 しばらく仕事は回ってこなかった。

 気温は高いまま。


 朝のジョギングを終えた俺は、センターのエントランスでテレビを眺めていた。

 赤羽メディカル工業の社長が記者会見をしている。かなりの老人だ。赤羽誠子の父親かと思われる。自分たちはあくまでフェスト撲滅のために治療法を研究している。フェストを蔓延させるなどもってのほかであると主張している。昨今の風説はなんら根拠のないものであり、悪質な場合、法的措置も辞さないと断言した。

 記者はろくに質問もせず、ノートパソコンのキーボードを叩いていた。つまりテレビは企業の言い分をそのまま垂れ流しているというわけだ。

 映像がスタジオに切り替わり、司会者がわざとらしくうなずいて見せた。


 政府としても、赤羽の倒産だけは避けたい、といったところか。

 赤羽がつぶれれば、対策本部は甘い汁を吸えなくなる。上から抑え込みたいが、しかし潰したいわけではない。そこが難しいところだ。


 *


 地下で射撃の訓練を開始した。

 動かないターゲットに対し、じっと狙いをつけて何発か撃てば当たらなくもない。実践レベルとは言い難いが。

 青村放哉やアイシャはどうやって狙いをつけているのであろうか。才能レベルで違うのは分かってはいるのだが。

 そこそこ練習しているつもりだし、もっと命中精度があがってもよさそうなものなのだが。

 いや、ターゲットが無機物だからよくないのかもしれない。サイキック・ウェーブで狙いを補正できれば、少しは精度があがるはず。かといって生きた動物を吊るすわけにもいかないが……。


 などと困惑していると、後ろから誰か近づいてきた。

「だーれだ」

 たぶん背が届かなかったのだろう。普通は目を隠すところだが、後ろから抱きついてきた。

「やめなさい。危ないから」

「怒らなくてもいいでしょ?」

 五代まゆだ。

 明確に立ち入り禁止というわけではないが、シスターズはここへは入らないことになっていたはずだが。

 それに、わざわざ気配を消して近づいてきた。どんな意図があるのかは不明だが。

 俺はCz75に安全装置をかけて台へ置き、彼女のほうへ振り返った。

「なにか用か?」

「お話ししたいの」

「お話し? もう少ししたら上に戻るよ」

「そうじゃなくて、ふたりきりで」

 なにかを企んでいるような顔だ。

 イヤな予感がする。

「ここは危ない。ふざけたらダメだぞ」

「大丈夫よ。私、撃たれたくらいじゃ死なないもの。ちょっとくらい痛くされても平気」

「頭に当たる可能性もある」

「そしたら死んじゃうかも」

「だから離れなさい」

「はぁい」

 餅の場合、ペットがじゃれついてくるようで抵抗もないのだが、五代まゆの場合、あまりに同種という感じがして接し方が分からなくなる。たぶん進化の違いとか、サイキック・ウェーブの質の違いとかのせいだと思うが。

「で、話ってのは?」

 俺がベンチに腰をおろすと、彼女も隣に腰をおろした。

「もっと私を愛して欲しいの」

「回答に困る」

「困る? ならよかった。私のことでいっぱい困ったり、いっぱい苦しんだりして欲しかったの」

 悪女じみたことを言う。

 見た目はかわいらしい。仮に大人になったら、さぞ美人になるだろう。それでも俺は、彼女のオーダーに応じる気にはなれなかった。そもそも彼女は愛を求めているというよりは、ただ依存すべき相手を欲しているようにしか見えなかった。

 そうなった責任を感じないわけでもないが。

「あんまり妙なことを言うと、距離を取らざるをえなくなる」

 すると彼女は余裕ぶった表情をやめ、急に真顔になった。

「分かってる。分かってるけど、もっと優しく言って欲しいの……」

「なるべくそうしたい気持ちはあるが、俺だってそんなに器用じゃない」

「見て。新しいお洋服。駄肉のときは褒めたのに、私のときはなにも言ってくれないから、自分から言いに来たんだよ」

「似合ってるよ」

「そんなこと分かってる」

 哀しい気持ちになった。

 底知れぬ満たされなさが伝わってくる。仮に俺が全力で要求に応じても、それでも彼女の渇きは癒されないだろう。無限の砂漠だ。

 彼女は溜め息をついた。

「私だって、二宮さんにムリ言ってるのは分かってる。でも、急に寂しさが襲ってきて、死んじゃいそうになるの。みんなともうまくやってるはずなのに。なんだか、私とみんなとの間に、折りたたまれた宇宙があって、ずっと遠くにいるみたいに感じるの。そういうとき、私に優しくしてくるのは駄肉で……本当は嬉しいのに、でもあの子……あの子はいろんな人に愛されてるから……余裕があるから人に優しくできるんでしょ……」

 サイキック・ウェーブが不安定になってきた。

 彼女は強大な力を、自分の意志だけで抑え込んでいる。そのことを忘れていた。これまであまりに上手に抑え込んでいたから。

「ちょっとドライブでもするか」

「えっ?」

「道の駅でアイスでも買ってさ」

「みんなで?」

 少し非難がましい目だ。

 俺は思わず笑った。

「いや、ふたりで。天気もいいしさ」

「でもみんなが……」

「順番でひとりずつ、ってことにすればいい。今日は君だ」

「いいの? 怒られない?」

「誰に? 各務さんには俺から言っておくよ。鐘捲さんは……まあ大丈夫だろう……」

 大丈夫だ。命までは奪われない。たぶん。


 *


 バンでドライブに出た。

 餅がお手本のような地団駄で抗議してきたが、順番でということを伝えたら、なんとか理解してくれた。

 天気は良好。

「暑くないか?」

「平気」

 助手席でシートベルトをしているが、やや前のめりでダッシュボードにしがみついている。眩しくないのだろうか。

 夏用のブラウスに吊りスカートという、どこかの制服みたいな格好だ。これも各務珠璃に選んでもらった。シスターズは学校へ通えないから、こういった制服みたいなのを着せてやりたいという話だった。

 いまシスターズを外へ出すのは危険だから、いちおう銃も持ってきた。赤羽の奇襲を受けたら大変だ。といっても堂々と持ち歩けないから、ダッシュボードに入れっぱなしだが。


 道の駅は空いていた。

 平日の昼間だ。観光バスが一台来ているほかは、定年退職したとおぼしき老夫婦しかいない。

 日差しは強いし、暑いと言えば暑いのだが、湿度はそれほどでもなかった。敷地がひらけていることもあり、青空も大きくひろがっているのを感じられる。それに、ここからは富士山まで見える。

 彼女は車をおりると、ぐっと伸びをした。

「んー、いい天気」

 こんな体験でさえ貴重なのだろう。可哀相だが、滅多に外出できない身だ。特に、人のいる場所へは近づけてはいけないことになっている。フェストの感染源と目されているからだ。

 サイキック・ウェーブさえ制御できれば、他者へ影響を与えることはないのだが。

「あっちにアイスあるぞ」

「食べる!」


 ソフトクリームだ。いろんな種類があった。

 あれこれ迷った挙げ句、彼女はバニラ味にした。

 並んでベンチに腰をおろし、俺たちは景色を眺めながら味わった。地元の乳牛からとったミルクを使ってるというだけあって、風味も味も濃厚だ。

 五代まゆはしばらく足をばたつかせて喜んでいたが、そのうち動きをとめ、うつむいてしまった。

「どうした? 早く食べないと溶けるぞ」

 俺はもう食い終わった。ムキになって食っていたらいつの間にかなくなってしまったのだ。我ながら大人げない。

 彼女は力なく「うん」とつぶやいた。

「すごく楽しいの。でもね、また急に寂しくなっちゃって。いまが私の人生の最高のときで、あとはずっとつまらないままなのかなって思って……」

 これが彼女の個性なのだろう。悪いことじゃない。本人にとっては苦痛かもしれないが。こういうのは治らない。治す必要もない。また楽しいことをしたいと思ったら、すればいいだけの話だ。

 俺は空を見上げた。

「ぜんぜん最高なんかじゃない。次はもっと楽しいかもしれないじゃないか」

「次? あるの?」

「あるよ。俺の免許が有効な限りね」

「免許……どうしたの? なくなるの?」

「いや、なくならない。ただのジョーク」

 つまらないジョークを挟むべきじゃなかった。

 彼女も憤慨している。

「私は真面目にお話ししてるの!」

「ごめんごめん。大丈夫だよ。来月も来よう。その次も、その次も」

「来週は?」

「連続は厳しいな。ほかの姉妹もあるから」

「でも私が一番だよね?」

「そういうことを聞くんじゃない。まあ順番は一番だな」

「じゃあ一番ね」

 満足したらしく、ソフトクリームを舐め始めた。

 ただ、こういう約束をしておいて、もし破ったりしたら、逆に恨みを買いそうな気もする。しかし彼女たちもそのうち飽きるだろう。ドライブしてアイスを食わせるだけなんだから。

 彼女は身を乗り出してきた。

「あ、そうだ。ここへ来る途中、ラーメン屋さん見つけたの。今度はそっち行ってもいい?」

「いや、あそこはさ……。ラーメンならここにもあるじゃないか」

「えー、ダメなの?」

「気が進まない……」

 クソマズだぞ、クソマズ。そのくせ量だけはありやがる。拷問だ。

 ふと、スマホにメッセージが来た。

「楽しそうですね。衛星から監視する限り、赤羽などからの尾行はないようです。ご安心ください」

 機械の姉妹からだ。

 頼んでもいないのに監視するクセは、大統領そっくりだ。

 俺はこう返した。

「そちらは異常ないか?」

「『45-NN』がヤケ食いと称してホットケーキの粉を吸引し、部屋が粉まみれになっています。鐘捲さんが激怒していますので、もし帰ってくるなら時間を空けたほうがいいかと」

「了解」

 きっと阿鼻叫喚の地獄絵図だろう。

 五代まゆが覗き込んできた。

「なに? 私とのデート中に、ほかの女と連絡?」

「機械の姉妹からの業務連絡だよ」

「また駄肉が問題起こしてるの? おバカよね、あの子」

「まあそう言わずにさ。あとでみんなにお土産でも買ってやろう」

「駄肉には石ころでいいわ。ホットケーキでおなかいっぱいでしょうし」

 きっと食えてないと思うぞ。

 まあでも、ヘタにお土産なんて買って帰ったら、俺が鐘捲雛子に怒られることだろう。それでも買わないわけにはいかないが。


 *


 少し日焼けしたような気がする。

 ともあれ、センターは地獄絵図のままだった。ひたすら床を転がり続ける餅、その餅にクッションを投げまくるアッシュ、うるさがる姉妹たち、疲労でぐったりする鐘捲雛子。

「ただいま。戻ったよ」

 そう告げると、アッシュが猛ダッシュでこちらへ来た。

「お帰りっ! お土産? チョコある?」

「あるよ。でも鐘捲さんに許可もらってからね」

「うん!」

 素直でいいぞ。

 すると餅も床を這いずってきた。

「ずいぶん遅いじゃないの、このお餅を置き去りにしておいて……。不幸過ぎて世界が滅ぶわ!」

 滅ばないから安心しろ。

 五代まゆは餅の前に仁王立ちになった。

「とても楽しかったわ」

「この泥棒猫が……」

「いいじゃない、次はあなたの番なんだから。ちゃんとお土産も買ってきたし」

「お土産? 牛一頭じゃなきゃ許さないわ」

「そんなわけないでしょ。脳まで駄肉なの?」

「美肉よ! 二度と間違えないで!」

 美肉もどうかと思うが。


 ともあれ、俺は憔悴した鐘捲雛子のもとへ向かった。

「これ、お土産。あとでみんなに配ってあげて」

「分かった」

 だいぶお疲れのようだな。まあ粉だらけの部屋に掃除機をかけて、かなりの重労働だったことだろう。

 俺が倉庫へ向かおうとすると、服の裾をつかまれた。

「ちょっと待って」

「なに?」

「またビール?」

「いや、だって、まだいっぱいあるからさ」

「いっぱい買ったからでしょ? みんなも飲みたがるから、飲むならどこか別の場所で飲んで」

「はい……」

 厳しいが、彼女の言うことにも一理ある。


 *


 俺は冷蔵庫からビールを回収し、屋上へあがった。

 バーベキューに使った椅子が置きっぱなしになっている。俺はそこへ腰をおろし、ビールの缶を開けた。

 空はまだ明るいが、薄青いのは上のほうだけで、地平線は茜色に染まっていた。いずれ夜が来る。このまま日没まで飲んだくれて、星空でも眺めたいところだ。


 惑星プラネットは残り三名。

 状況に変化がなければ、必ず戦闘になるだろう。

 方針も決まらないまま俺たちは衝突してしまった。事が始まってしまった以上、やるしかない。

 俺には戦う理由がある。姉妹を守るためならば、少しくらい道を踏み外す覚悟もある。

 道を譲れないのはお互いさまだ。


(つづく)

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― 新着の感想 ―
[一言] 姉妹との交流は、どこか物悲しい感じが伴いますね。
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