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祝祭の開幕 ~抽象のパレイドリア~  作者: 不覚たん
眩暈編

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25/42

テオナナカトル 前編

 その後、スマホで円陣薫子に新兵器の打診をし、みんなとメシを食って寝た。心身ともに疲れ切っていたから、すっと眠りに落ちた。


 夢を見た。

 といっても、例の花園だ。

 青い空、穏やかな海、そして草花の絨毯。

「もぉー、死ぬかと思ったわぁー」

 おばちゃんみたいな口調で話しかけてきたのは餅だった。こちらの世界では足が生えている。

 態度だけ元気そうなのはいいが、体が半透明だ。

「大丈夫なのか? 消えかかってるぞ」

「平気よ。これでも濃くなってきたほうなの。そんな顔しないで? 死ぬほど痛かったけど、まだ死んでないから」

 自慢げに胸を張っている。

 俺を安心させるための空元気でなければいいが……。

 などと困惑していると、今度は指でつついてきた。

「そ・れ・よ・り・も! 人が瀕死でゼーゼー言ってる横で、ケンカするのやめてよね!」

「ケンカ? 鐘捲さんのことか……」

 鐘捲雛子は、いま餅の隣で寝ているはずだ。餅になにかあってもすぐ対応できるように。

 餅は頬を膨らませた。

「仲良くして、なんて言わないけど、ああいうのダメだから。みんなも困ってたでしょ?」

「反省してる。ただ、俺だってあんなこと言われたら……」

「まあ鐘捲さんも悪いけど。ちゃんと謝ったんだし、許してあげてね?」

「そうする」

 瀕死で半透明の少女に説教されるとは……。

 いい歳した大人がメンツで争ってる場合じゃないな。

「それと、新しいお洋服! 忘れないでね! とびきりかわいいの期待してるから」

「もちろんだ」

 とはいえ、どんな服がいいのか分からないから、各務珠璃に相談するとしよう。

 餅はかすかに息を吐いた。

「少し疲れちゃった。もう寝るね。大統領が話したがってたから、行ってあげて」

「分かった」

 すると餅は昇天するみたいにすぅっと上空へ消えた。

 ギャグのつもりなのだろうか。素直に笑えない。


 海辺のテーブルで大統領はくつろいでいた。

 ここで見かける彼女は、白いマネキンの姿ではない。スーツを着た普通の人間だ。いつものように景色を眺めている。

「ご用とは?」

 俺は白い木の椅子に腰をおろした。

 彼女は、するとまっすぐにこちらを見た。ガラス玉のような瞳だ。

「機械の姉妹から話があったと思います。グランドクロスの使用をやめてください」

「アレはなんなんです?」

「昼間あなたに呼び出されたのは私ではありません。何者かが、あなたがたの記憶を借りて私の姿を模したもの。惑星(プラネット)が呼び出したガイアも同じです」

「何者かって? 誰なんです?」

 俺の問いに、彼女は視線を斜め上へ動かした。

「何者でもありません。地球に堆積する波が、あなたがたのサイキック・ウェーブに反応したもの。そして遺伝子を破壊するもの」

「なんだか分かりませんが、とにかく危険ってことですよね? もうやりませんよ」

 巻き添えを食って変異するのはゴメンだ。

 大統領は、それでも納得していない。

「まだ本質を理解していませんね? 研究所で『失敗作』と呼ばれた姉妹が量産されたのは、まさにグランドクロスに相当する技術が乱用されたためです。それは生命に予測不能な進化をもたらします。そもそも、サイキック・ウェーブは誰かが恣意的に扱うべきものではありません。そのようなものがなくとも、生命は適切に進化を遂げるのです」

 彼女は生粋のナチュラリストだ。自己の存在すら否定するくらいの。

 俺はしかしそのまま受け取るわけにはいかなかった。

「そうは言っても、人間は手にした技術を絶対に捨てませんよ。事故なんかが起きて、危険が可視化されるまでね。いや、もう事故は起きてるのに、理由をつけて使い続けてる。この流れは止められない。たとえ俺たちが自粛しても、赤羽や、あるいはアメリカがやるんだ」

 もう後戻りはできない。

 生前の五代大が主張していたように、サイキック・ウェーブは「通信技術への応用」もありうるし「新しい産業を切り開くためのテクノロジー」として広く使われていくことだろう。

 大統領は哀れっぽい目でこちらを見た。

「それでもあなたは使用しないでください。私にはお願いすることしかできません」

「はい……」

 そうだった。彼女は、人間が止まらないことなど当然理解している。その上で、どうしても俺に伝えたかったのだ。

 もちろん俺も、全世界を敵に回してまで戦うつもりはない。しかしせめて俺だけでも、彼女の願いを聞き入れるべきだろう。

「ただ、俺たちは戦いをしているんです。あの怪物に対して、なんらかの対処をしないといけない。そのためにはサイキック・ウェーブを使わざるをえないんです」

「彼らがあの技術を使用している以上、ある程度はやむをえないと思います。それがグランドクロスでなければ。とにかく、地球に堆積する死者への干渉だけは避けてください。あれは気まぐれで、節度を有していません。すでに役目を終えたものたちのなれの果てです」

 エネルギーだけを有した火薬のような存在、というわけか。

 しかし今後、敵が同じ技術を使用してこないとは限らない。連中は波を記録する装置を持っているから、俺たちのを複製して流してくることも考えられる。


 *


 朝になると、餅はだいぶ回復していた。失われていた足も生えている。

 やや眠たげな表情で味噌汁をすすっていた。

 回復していると見ていいだろう。赤羽に預けなくてよかった。

「ホントにしぶとい駄肉ね」

「あら? 私のこと心配して泣いてたくせに、よく言うわね」

「泣いてない!」

 姉妹でケンカするくらいには元気というわけだ。

 俺も隣で食事を済ませ「ごちそうさま」と手を合わせた。今日は玉子焼きまであった。みんなに栄養をとらせようと思ったのだろう。

「鐘捲さん、昨日は俺もよくなかった。謝るよ」

 素直にそんな言葉が出た。

 彼女はやや困惑した様子だったが、「うん」とうなずいてくれた。


 *


 やがて各務珠璃が出勤し、昨日の件を報告してくれた。

 青村放哉らが例の怪物にトドメを刺したこと。死骸の処理に莫大な金がかかりそうなこと。肝心の抽出器(エクストラクター)が手に入らなかったこと。マーズとジュピターの死亡が確認されたこと。

 つまり惑星(プラネット)は真偽不明な情報に踊らされ、いたずらに被害を出したということになる。


 *


 その後、射撃訓練を終えて生活スペースに戻ると、佐々木双葉がやってきた。

「お、ちょうどいいところに来た。ハンティングの時間だよ!」

 上下ジャージ姿。

 まるで夏休みの子供みたいだ。

「ホントにやるのか?」

「海は日焼けしちゃうでしょ?」

「どうせタクシーで来たんなら、そのまま山に行けばよかったんじゃ……」

「ダメダメ。怖がって行ってくれないよ」

 それもそうだな。マネキンだらけの山に突入するタクシーはいない。一般道から外れるのだ。断られて当然だ。

「分かったよ。行こう。約束だしな」

「言っとくけどヘッドショット禁止だからね!」

「安心してくれ。狙ったところになんて飛ばないから」

 いちおう武器を携帯するので、腕章をつけていかねばなるまい。準公務員として、変異体(ミュータント)の駆除をしているということにするのだ。大事なのは形式。警官だって勤務時間外は銃を持てない。


 *


 ジョン・グッドマンは今日も半裸で車体を磨いていたが、事情を説明すると素直にバンを貸してくれた。同行まではしてくれなかったが。


 俺たちはバンで適当な林道に入り、それらしいところで降車した。

 夏ではあるが、日差しが木々に遮られているから涼しい。なにより私服だから、防護服と違って風通しがいい。鳥の声もする。リフレッシュには最適だ。


「さーて、収穫するぞー」

 佐々木双葉は元気よく準備運動をしている。

 目的を考えると健康的なんだか不健康なんだか分からなくなるが。

 俺はサイキック・ウェーブの気配を探った。奥のほうからかすかに波が感じられる。

「あっちかな?」

「たぶんね。ほら、行こう。蛇には気を付けて。噛まれたら痛いから。まあ水場じゃなきゃたぶん平気だと思うけど」

 やけに詳しいな。

 ざっと見たところ、山の昆虫はどれもデカかった。普段見たこともないようなのがチラホラいる。子供のころならカブトムシでも探したのかもしれないが、いまとなってはどいつもこいつも近寄りたくない。

「あ、猿だ!」

「どこ?」

「あそこ! ほら! あ、行っちゃった」

 いったいどんな動体視力してるんだ。野生児か?

 まあナイフ一本で生き延びてきた女だ。運動神経がいいのだろう。


 しばらく進むと、サイキック・ウェーブが強くなってきた。というより、強すぎる。どう考えても普通の野良マネキンのそれではなかろう。

「なんだかおかしくないか?」

「おかしい」

 佐々木双葉もうなずいた。

 一般的なマネキンはレベル1もない。コロニーを支配するクイーンでも同じ。ところが、だいぶ先にいるはずのそいつからは、レベル3程度の波を感じた。

 なんにせよ普通じゃない。

「応援を要請したほうがいいかも」

 すると彼女は、スマホを取り出してこちらへ見せた。

「圏外だね」

「じゃあいったん引こう」

「はっ?」

「危ないだろ」

「いやいや。大物だよ? きっとウマウマだからさ、やらなきゃ損だよ」

 趣味のために殺されるほうの身にもなってみろよ。

 そりゃ俺だって子供のころは蟻を殺して遊んだりもしたが。

 彼女は見下ろすような目になった。

「もしかしてビビってんの?」

「そうだよ。ビビってる。危機感の働かない動物は死ぬぞ」

「殺される前に殺せばいいだけっしょ。先手必勝だよ」

「もっと安全な選択肢はないのか?」

「ないね。あたしはあいつの石が欲しい。怖いならそこで見てたら? あたし、一人でもヤるから」

 こいつ……。

 本当に一人で先へ行ってしまったので、俺も慌ててあとを追った。


 奥へ進むと、そいつらはいた。

 ただのマネキンの集会ではない。中央に女王らしき個体がおり、周囲でマネキンたちがくつろいでいる。女王といっても産卵用の異形ではない。威厳のあるオメガ種の姿だ。植物で作った服まで着ている。

 俺たちの存在はすでに察知されていたらしく、サイキック・ウェーブで声をかけられた。

「ようこそ、旧型の人類。歓迎しますよ」

 皮肉というよりは、愛嬌のあるジョークといった調子だった。

 知性の高さを感じさせる。

 一般的なマネキンはそもそも言語を操れないし、ジョークだってカマせない。

「俺は二宮渋壱と言います。あなたは?」

「名前はありません。ただ、少しばかり進化し過ぎた哀れな生命といったところでしょうか」

 彼女が笑うと、周囲のマネキンたちもにこやかな笑みを浮かべた。

 温和なコミュニティのようだ。

 荒らすべきじゃない。

 佐々木双葉も同じ意見だったようで、すでにナイフを構えてはいなかった。

「ここってあんたらの溜まり場? なにやってんの?」

「なにも。ただ仲間たちと生きているだけです」

「マジで? なんかアレみたいじゃん。昔のアメリカの……」

 ヒッピーって言いたいのか?

 まあそうかもしれないが、森に住んでるだけでヒッピーなんて言われたら、ほとんどの動物がヒッピーになるぞ。あながち間違いじゃないのかもしれないが。


 さて、しかしどうしたものかな。

 ここに対話可能なオメガ種がいるとなると、それを狙って赤羽みたいな連中が動き出さないとも限らない。念のためセンターや対策本部に報告すべきだろうか。あるいは見なかったことにして、放っておくべきか。


 ふと視線を動かすと、佐々木双葉が腰をおろし、群れに混ざっているのが見えた。

「友好の証にこちらをどうぞ」

「お、キノコじゃーん。うまいの?」

 女王から差し出された毒々しいキノコを、佐々木双葉は躊躇なく受け取った。

 あきらかに怪しい。

 女王は柔和な笑みだ。

「味はほとんどありませんが、その代わり面白いものが見られますよ」

 合法なんだろうな?

 いや、仮にそうだとして、だ。俺はビールしかヤらない主義なんだ。こんなところにはいられない。帰らせてもらう。


(つづく)

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