テオナナカトル 前編
その後、スマホで円陣薫子に新兵器の打診をし、みんなとメシを食って寝た。心身ともに疲れ切っていたから、すっと眠りに落ちた。
夢を見た。
といっても、例の花園だ。
青い空、穏やかな海、そして草花の絨毯。
「もぉー、死ぬかと思ったわぁー」
おばちゃんみたいな口調で話しかけてきたのは餅だった。こちらの世界では足が生えている。
態度だけ元気そうなのはいいが、体が半透明だ。
「大丈夫なのか? 消えかかってるぞ」
「平気よ。これでも濃くなってきたほうなの。そんな顔しないで? 死ぬほど痛かったけど、まだ死んでないから」
自慢げに胸を張っている。
俺を安心させるための空元気でなければいいが……。
などと困惑していると、今度は指でつついてきた。
「そ・れ・よ・り・も! 人が瀕死でゼーゼー言ってる横で、ケンカするのやめてよね!」
「ケンカ? 鐘捲さんのことか……」
鐘捲雛子は、いま餅の隣で寝ているはずだ。餅になにかあってもすぐ対応できるように。
餅は頬を膨らませた。
「仲良くして、なんて言わないけど、ああいうのダメだから。みんなも困ってたでしょ?」
「反省してる。ただ、俺だってあんなこと言われたら……」
「まあ鐘捲さんも悪いけど。ちゃんと謝ったんだし、許してあげてね?」
「そうする」
瀕死で半透明の少女に説教されるとは……。
いい歳した大人がメンツで争ってる場合じゃないな。
「それと、新しいお洋服! 忘れないでね! とびきりかわいいの期待してるから」
「もちろんだ」
とはいえ、どんな服がいいのか分からないから、各務珠璃に相談するとしよう。
餅はかすかに息を吐いた。
「少し疲れちゃった。もう寝るね。大統領が話したがってたから、行ってあげて」
「分かった」
すると餅は昇天するみたいにすぅっと上空へ消えた。
ギャグのつもりなのだろうか。素直に笑えない。
海辺のテーブルで大統領はくつろいでいた。
ここで見かける彼女は、白いマネキンの姿ではない。スーツを着た普通の人間だ。いつものように景色を眺めている。
「ご用とは?」
俺は白い木の椅子に腰をおろした。
彼女は、するとまっすぐにこちらを見た。ガラス玉のような瞳だ。
「機械の姉妹から話があったと思います。グランドクロスの使用をやめてください」
「アレはなんなんです?」
「昼間あなたに呼び出されたのは私ではありません。何者かが、あなたがたの記憶を借りて私の姿を模したもの。惑星が呼び出したガイアも同じです」
「何者かって? 誰なんです?」
俺の問いに、彼女は視線を斜め上へ動かした。
「何者でもありません。地球に堆積する波が、あなたがたのサイキック・ウェーブに反応したもの。そして遺伝子を破壊するもの」
「なんだか分かりませんが、とにかく危険ってことですよね? もうやりませんよ」
巻き添えを食って変異するのはゴメンだ。
大統領は、それでも納得していない。
「まだ本質を理解していませんね? 研究所で『失敗作』と呼ばれた姉妹が量産されたのは、まさにグランドクロスに相当する技術が乱用されたためです。それは生命に予測不能な進化をもたらします。そもそも、サイキック・ウェーブは誰かが恣意的に扱うべきものではありません。そのようなものがなくとも、生命は適切に進化を遂げるのです」
彼女は生粋のナチュラリストだ。自己の存在すら否定するくらいの。
俺はしかしそのまま受け取るわけにはいかなかった。
「そうは言っても、人間は手にした技術を絶対に捨てませんよ。事故なんかが起きて、危険が可視化されるまでね。いや、もう事故は起きてるのに、理由をつけて使い続けてる。この流れは止められない。たとえ俺たちが自粛しても、赤羽や、あるいはアメリカがやるんだ」
もう後戻りはできない。
生前の五代大が主張していたように、サイキック・ウェーブは「通信技術への応用」もありうるし「新しい産業を切り開くためのテクノロジー」として広く使われていくことだろう。
大統領は哀れっぽい目でこちらを見た。
「それでもあなたは使用しないでください。私にはお願いすることしかできません」
「はい……」
そうだった。彼女は、人間が止まらないことなど当然理解している。その上で、どうしても俺に伝えたかったのだ。
もちろん俺も、全世界を敵に回してまで戦うつもりはない。しかしせめて俺だけでも、彼女の願いを聞き入れるべきだろう。
「ただ、俺たちは戦いをしているんです。あの怪物に対して、なんらかの対処をしないといけない。そのためにはサイキック・ウェーブを使わざるをえないんです」
「彼らがあの技術を使用している以上、ある程度はやむをえないと思います。それがグランドクロスでなければ。とにかく、地球に堆積する死者への干渉だけは避けてください。あれは気まぐれで、節度を有していません。すでに役目を終えたものたちのなれの果てです」
エネルギーだけを有した火薬のような存在、というわけか。
しかし今後、敵が同じ技術を使用してこないとは限らない。連中は波を記録する装置を持っているから、俺たちのを複製して流してくることも考えられる。
*
朝になると、餅はだいぶ回復していた。失われていた足も生えている。
やや眠たげな表情で味噌汁をすすっていた。
回復していると見ていいだろう。赤羽に預けなくてよかった。
「ホントにしぶとい駄肉ね」
「あら? 私のこと心配して泣いてたくせに、よく言うわね」
「泣いてない!」
姉妹でケンカするくらいには元気というわけだ。
俺も隣で食事を済ませ「ごちそうさま」と手を合わせた。今日は玉子焼きまであった。みんなに栄養をとらせようと思ったのだろう。
「鐘捲さん、昨日は俺もよくなかった。謝るよ」
素直にそんな言葉が出た。
彼女はやや困惑した様子だったが、「うん」とうなずいてくれた。
*
やがて各務珠璃が出勤し、昨日の件を報告してくれた。
青村放哉らが例の怪物にトドメを刺したこと。死骸の処理に莫大な金がかかりそうなこと。肝心の抽出器が手に入らなかったこと。マーズとジュピターの死亡が確認されたこと。
つまり惑星は真偽不明な情報に踊らされ、いたずらに被害を出したということになる。
*
その後、射撃訓練を終えて生活スペースに戻ると、佐々木双葉がやってきた。
「お、ちょうどいいところに来た。ハンティングの時間だよ!」
上下ジャージ姿。
まるで夏休みの子供みたいだ。
「ホントにやるのか?」
「海は日焼けしちゃうでしょ?」
「どうせタクシーで来たんなら、そのまま山に行けばよかったんじゃ……」
「ダメダメ。怖がって行ってくれないよ」
それもそうだな。マネキンだらけの山に突入するタクシーはいない。一般道から外れるのだ。断られて当然だ。
「分かったよ。行こう。約束だしな」
「言っとくけどヘッドショット禁止だからね!」
「安心してくれ。狙ったところになんて飛ばないから」
いちおう武器を携帯するので、腕章をつけていかねばなるまい。準公務員として、変異体の駆除をしているということにするのだ。大事なのは形式。警官だって勤務時間外は銃を持てない。
*
ジョン・グッドマンは今日も半裸で車体を磨いていたが、事情を説明すると素直にバンを貸してくれた。同行まではしてくれなかったが。
俺たちはバンで適当な林道に入り、それらしいところで降車した。
夏ではあるが、日差しが木々に遮られているから涼しい。なにより私服だから、防護服と違って風通しがいい。鳥の声もする。リフレッシュには最適だ。
「さーて、収穫するぞー」
佐々木双葉は元気よく準備運動をしている。
目的を考えると健康的なんだか不健康なんだか分からなくなるが。
俺はサイキック・ウェーブの気配を探った。奥のほうからかすかに波が感じられる。
「あっちかな?」
「たぶんね。ほら、行こう。蛇には気を付けて。噛まれたら痛いから。まあ水場じゃなきゃたぶん平気だと思うけど」
やけに詳しいな。
ざっと見たところ、山の昆虫はどれもデカかった。普段見たこともないようなのがチラホラいる。子供のころならカブトムシでも探したのかもしれないが、いまとなってはどいつもこいつも近寄りたくない。
「あ、猿だ!」
「どこ?」
「あそこ! ほら! あ、行っちゃった」
いったいどんな動体視力してるんだ。野生児か?
まあナイフ一本で生き延びてきた女だ。運動神経がいいのだろう。
しばらく進むと、サイキック・ウェーブが強くなってきた。というより、強すぎる。どう考えても普通の野良マネキンのそれではなかろう。
「なんだかおかしくないか?」
「おかしい」
佐々木双葉もうなずいた。
一般的なマネキンはレベル1もない。コロニーを支配するクイーンでも同じ。ところが、だいぶ先にいるはずのそいつからは、レベル3程度の波を感じた。
なんにせよ普通じゃない。
「応援を要請したほうがいいかも」
すると彼女は、スマホを取り出してこちらへ見せた。
「圏外だね」
「じゃあいったん引こう」
「はっ?」
「危ないだろ」
「いやいや。大物だよ? きっとウマウマだからさ、やらなきゃ損だよ」
趣味のために殺されるほうの身にもなってみろよ。
そりゃ俺だって子供のころは蟻を殺して遊んだりもしたが。
彼女は見下ろすような目になった。
「もしかしてビビってんの?」
「そうだよ。ビビってる。危機感の働かない動物は死ぬぞ」
「殺される前に殺せばいいだけっしょ。先手必勝だよ」
「もっと安全な選択肢はないのか?」
「ないね。あたしはあいつの石が欲しい。怖いならそこで見てたら? あたし、一人でもヤるから」
こいつ……。
本当に一人で先へ行ってしまったので、俺も慌ててあとを追った。
奥へ進むと、そいつらはいた。
ただのマネキンの集会ではない。中央に女王らしき個体がおり、周囲でマネキンたちがくつろいでいる。女王といっても産卵用の異形ではない。威厳のあるオメガ種の姿だ。植物で作った服まで着ている。
俺たちの存在はすでに察知されていたらしく、サイキック・ウェーブで声をかけられた。
「ようこそ、旧型の人類。歓迎しますよ」
皮肉というよりは、愛嬌のあるジョークといった調子だった。
知性の高さを感じさせる。
一般的なマネキンはそもそも言語を操れないし、ジョークだってカマせない。
「俺は二宮渋壱と言います。あなたは?」
「名前はありません。ただ、少しばかり進化し過ぎた哀れな生命といったところでしょうか」
彼女が笑うと、周囲のマネキンたちもにこやかな笑みを浮かべた。
温和なコミュニティのようだ。
荒らすべきじゃない。
佐々木双葉も同じ意見だったようで、すでにナイフを構えてはいなかった。
「ここってあんたらの溜まり場? なにやってんの?」
「なにも。ただ仲間たちと生きているだけです」
「マジで? なんかアレみたいじゃん。昔のアメリカの……」
ヒッピーって言いたいのか?
まあそうかもしれないが、森に住んでるだけでヒッピーなんて言われたら、ほとんどの動物がヒッピーになるぞ。あながち間違いじゃないのかもしれないが。
さて、しかしどうしたものかな。
ここに対話可能なオメガ種がいるとなると、それを狙って赤羽みたいな連中が動き出さないとも限らない。念のためセンターや対策本部に報告すべきだろうか。あるいは見なかったことにして、放っておくべきか。
ふと視線を動かすと、佐々木双葉が腰をおろし、群れに混ざっているのが見えた。
「友好の証にこちらをどうぞ」
「お、キノコじゃーん。うまいの?」
女王から差し出された毒々しいキノコを、佐々木双葉は躊躇なく受け取った。
あきらかに怪しい。
女王は柔和な笑みだ。
「味はほとんどありませんが、その代わり面白いものが見られますよ」
合法なんだろうな?
いや、仮にそうだとして、だ。俺はビールしかヤらない主義なんだ。こんなところにはいられない。帰らせてもらう。
(つづく)




