表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祝祭の開幕 ~抽象のパレイドリア~  作者: 不覚たん
眩暈編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/42

ビジネス 前編

 それから数日が経過したが、ドンパチの仕事は回ってこなかった。

 代わりに、予想外のところから声をかけられた。

 赤羽メディカル工業。

 それも東京にある本社へのご招待だ。おかげで久々に新幹線に乗った。埼玉の自宅には長いこと帰っていない。

 もちろん一人じゃない。各務珠璃も同行しての出張だ。赤羽側がチケット類やホテルまで手配してくれたので、俺たちは言われるまま現地へ向かった。


 久々にスーツを着た。武装はしていない。なにせ東京の都心だ。銃なんて持ち歩いていたら問題になる。それに、赤羽だって自社ビルで人をぶっ殺したりはしないだろう。

「二宮さん、ネクタイが少し曲がってます」

「いいよ適当で」

 各務珠璃はフリルのついた涼しげなブラウスを着用している。女子アナみたいだ。


 夏の日差しに照らされたピカピカのビルだった。

 受付で名乗ると、すぐに担当者がすっ飛んできた。かなり腰が低い。エレベーターでずいぶん上階まであがった。


 案内されたのは専務の執務室。

「赤羽誠子と申します。このたびは、ご足労いただき感謝いたします」

 出迎えたのは赤羽義晴の妹。キツめの化粧をしているのは、他の社員にナメられないためか。歳は四十半ばといったところだろう。

「お招きいただきありがとうございます。各務珠璃と申します」

「二宮渋壱です」

 俺もいちおう頭をさげた。社会人のマナーなどほとんど忘れてしまった。もちろん名刺など持っていない。


 クソデカいガラス窓からは、都会の景色が一望できた。

 クーラーの効いた部屋。

 柔らかなソファ。

 ガラステーブルには正体不明の緑のジュース。健康によさそうなやつだ。

 だいぶ羽振りがいいように見える。儲かっているんだろう。


 赤羽誠子は頃合いを見計らい、こう告げた。

「さっそくですが、用件に入らせていただきます。弊社と提携していただけませんでしょうか?」

 提携だと……。

 各務珠璃は目を丸くしている。

 俺はわざと斜め上を眺めている。ビジネスの話には参加したくない。

 赤羽誠子は構わず言葉を続けた。

「貴センターの運営内容については、兄・義晴からも聞かされております。なんでも、オメガ種を保護しているのだとか」

「え、ええ……」

 隠しきれないと思ったのだろう。各務珠璃は観念してうなずいてしまった。

 もっとも、赤羽義晴はもろもろの当事者だ。少しごまかしたところですぐにバレる。

「各務さんは阿毘須アビス社で働いてらしたとのことですので、ご存じかもしれません。弊社はサイキック・ウェーブ研究の最前線におり、業界全体を牽引する立場にあると自認しております。フェスト治療にも力を入れておりまして。貴センターと提携できれば、さらなる発展を望めるのではないかと……」

 待て待て。こういう「研究」に使われるのがイヤだからシスターズを保護しているのだ。この女は根本が分かってない。

 各務珠璃もそこは毅然とした態度を見せた。

「いえ、それはムリです。うちの子たちは絶対に出せません」

「絶対に?」

「はい」

 赤羽誠子の目がギロリと動き、いちど時計を見た。雰囲気が怖い。

「各務さん、いまはお願いしている状況です。しかし考えてみてください。もし貴センターが立ち行かなくなれば、オメガ種はどうなります?」

「えっ?」

「特定事案対策本部は、厚労省の一機関に過ぎません。大臣が廃止を決定すれば消し飛んでしまう。貴センターは、そんな一機関の認可を受けているだけの零細組織です。対等な条件で交渉できているうちに、首を縦に振ったほうがいいのでは?」

 ずいぶんな物言いだ。

 各務珠璃は、するとさすがのスマイルを見せた。

「なにを仰っているのか、理解いたしかねます」

「理解する知能がないと自白しているつもり?」

「もっと噛み砕いて説明していただけると嬉しいです」

 俺は思わず吹き出してしまった。

 北風と太陽が直接やり合っているようなものだ。泥仕合になる。

 赤羽誠子もこの方法で押すのは諦めたらしい。

「では状況が進めばご理解いただけますか? たとえば、対策本部の廃止を議題にあげるとか」

「私はその会議に参加できるんでしょうか」

「できるわけありませんね。政治家でも官僚でもないのだから」

「赤羽専務はどうなのです?」

「私も参加はできませんが、社長や会長なら参考人として呼ばれる可能性はあります」

 まさしく金にモノを言わすというわけだ。

 しかし暇だな。インテリアを眺めているくらいしかすることがない。なぜ彼女は俺を名指しで呼びつけたんだ? また俺のファンか? もっとも、俺を指名してくるヤツにはロクなのがいなかったが……。


 各務珠璃はこの話を続けたくなかったのか、いきなり俺に話を振ってきた。

「あの、なぜ二宮さんを? 本題はそっちなのでは?」

 すると赤羽誠子の眼球がこちらを向いた。

「ええ、じつはその通りです。本題は二宮さんで、あなたはオマケです」

 あんまりナメたこと言ってると、兄貴がシスターズにバブバブいってたことバラすからな。

 俺は音を立ててストローからジュースを飲み干した。

「やっと出番ですか。ご用ってのは?」

「あなた、うちで働きませんか?」

「えっ?」

 この素晴らしい企業に就職させていただけるってのか?

 マジかよ……。

「えーと、履歴書はどこに送れば……」

「そんなものはいりません。明日からでも来ていただきたいくらいで」

「いや、待った。理由は?」

「率直に申し上げますね。弊社には、あなたのサイキック・ウェーブが必要です。先日、あなたの発した波の影響で、マテリアルが変異したとの報告を受けました。それも薬剤の投与ナシで、完全に。驚くべき結果です。弊社にもサイキック・ウェーブの使用者はいるのですが、どうにも不安定でして」

「不安定とは?」

 情緒が不安定なのか? それとも人間をやめそうなのか?

 彼女は口紅の濃い唇でニヤリと笑った。

「出力が安定しない、ということです。もちろん安全性には配慮していますよ。専用の防波室も用意してありますし」

「防波室?」

 サイキック・ウェーブは物質を通過するから、壁でふさぐことはできない。必ずキャンセラーを使う。

 彼女は愉快そうに目を細めた。

「ええ、メッセージ・キャンセラーを使用します」

「キャンセラーでも変異するって話があるみたいですが」

「ご安心を。防波室はじゅうぶん距離をとった場所に設置されています。耐性のない職員は近寄りません」

 耐性とは……。

 まあいい。

 俺は前のめりになってこう応じた。

「条件をつけても?」

「内容によります」

「会長を追い出して、俺をそこに据えてください。それならお受けしますよ」

「残念ですが……」

 愛想笑いさえしてくれない。


 *


 予定より早くビルを追い出された俺たちは、ホテルのバーで酒を飲むことにした。

「あんな言い方しなくてもいいですよね……」

 各務珠璃は量の少ないこじゃれたカクテルをオーダーした。

 俺はよく分からないがオススメされたワインだ。渋みが強いのに信じられないくらい飲みやすい。こんなところでガブガブ飲んでたら有り金が吹っ飛びそうだ。

「気にしないほうがいい。あいつらとは分かり合えそうにない」

 すると彼女は恨みがましい目を向けてきた。

「二宮さん、引き抜きに応じるのかと思いました……」

「まさか。これからヤり合おうって相手だぜ。それに、シスターズを見捨てるわけにはいかないよ」

「そうですけど……」

 まだ一杯目に少し口をつけただけなのに、もう酔っ払ってるのだろうか。ぐだぐだになっている。日頃の激務で疲れているせいか。

 俺もグラスのワインを一口含んだ。普段飲んでる安物とは比較にならない。味というか、質の違いが俺の舌でも分かる。銘柄なんて聞いてもどうせ忘れるから聞かないけど。

 各務珠璃は、魂の抜けそうなほど盛大な溜め息をついた。

「はぁ、もう、こんなのばっかり……」

「普段会ってる偉いさんもこうなの?」

「いえ、ちょっと違いますけど……。でも『各務くんは座ってるだけでいいから』なんて。私、ちゃんとセンターの代表として行ってるのに……」

「それはひどいな」

「ニコニコ笑ってればいいなんていう人もいるんですよ」

 そんなモラハラの教科書に載ってそうな人間がまだいるのか。

 俺も少し溜め息が出た。

「笑うのも疲れるはずなんだけどね」

「そうですよ。笑顔はタダだと思ってるんですから」

「あいつら、そのくせ自分では笑わないんだぜ。普段ブスッとしてるくせに、人には笑顔を強要する。で、仕事が終わると高い金払ってキャバクラで愛想笑いを買いにいく。やってることがチグハグだ。仕事はできるのかもしれないが、人間としてなっちゃいないんじゃな……」

 前職の上司を思い出して、ついアツくなってしまった。

 しかし人を批判しておいてなんだが、俺にもそういうところはある。俺は愛想がよくない。なのに人のテンションが低いと気になる。自分勝手なのだ。なるべく自戒してはいるが。

 各務珠璃はぐいっとグラスをあおった。

「えっ? なにか言いました?」

「いや、スマイルってのはハンバーガー・ショップで売ってるのかなって」

「ひどい! そういうこと言ってるからモテないんですよ!」

「……」

 あまり飲ませないほうがよさそうだな。


 *


 しかし愚痴を聞かされ、ずいぶん飲んだ。

 対策本部の偉いさんってのが、前時代の遺物ばかりだということはよく分かった。が、それ以外はなんだか記憶にない。

 もちろん別々の部屋である。

 各務珠璃を彼女の部屋に押し込んで、俺は俺の部屋で寝た。


 朝、再開した彼女は身だしなみをばっちり整えていた。昨日の酔態がウソのように。

「おはようございます。少し余裕がありますし、途中でお土産でも買っていきませんか?」

「いいね。やっぱりお菓子がいいかな」

 といっても、東京の土産ってのはなにが定番なんだろうな。


 帰りはもうネクタイもしない。

 新幹線に乗り込み、富士山目指して出発だ。

「二宮さん、二日酔いは大丈夫ですか? 昨日はちょっと飲みすぎましたね」

「なに話したかおぼえてる?」

「ええ、半分くらいは。センターの行く末について、お互いの意見を交換できたと思います」

 ひとつも覚えていないようだな。

 後半は、どのおじさんにどんなアダ名をつけているのか、そればっかり聞かされた気がするんだが。髭もじゃもじゃの「羊おじさん」とかな。

 俺はコーヒーを一口やった。

「各務さん、仕事忙しいならさ、少し手伝おうか? パソコンいじくるのは得意だぜ」

「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。事務はそんなにありませんから」

「そう? いつもパソコンとにらめっこしてるじゃん」

 すると彼女は、やや苦い笑みを浮かべた。

「あー。あれは機械ちゃんとチャットしてるんです。あの子、いっつも話しかけてきて。けっこう甘えん坊さんなんですよ」

「……」

 仕事ではなく子守りだったか。


 ともあれ、赤羽がセンターを潰してシスターズを回収したがっていることは分かった。そして重要なのは、それをひっそり実行すればいいのに、わざわざ言ってきたこと。

 手の内を晒したマヌケだ、と言いたいんじゃない。今回のは挨拶代わりの牽制ジャブだろう。

 答えはこうだ。彼女はセンターを潰すことができない。だから口先でカマした。

 たしかに大臣には改廃の権限がある。あるが、強行すれば大問題になる。なにせ対策本部にぶらさがってる利権がまるまる消滅するのだ。関わっている政治家や官僚が猛反発するに決まっている。もちろん潰せない。

 それを、さも潰せるかのように言い、俺たちにプレッシャーをかけてきた。

 次もまたなにか仕掛けてくるかもしれない。俺と各務珠璃を別々に呼びつけるか、あるいは他の方法をとってくるか。

 ま、危なそうなら応じなければいいだけの話だ。

 まさか直接乗り込んでくるってこともなかろうし。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ