ビジネス 前編
それから数日が経過したが、ドンパチの仕事は回ってこなかった。
代わりに、予想外のところから声をかけられた。
赤羽メディカル工業。
それも東京にある本社へのご招待だ。おかげで久々に新幹線に乗った。埼玉の自宅には長いこと帰っていない。
もちろん一人じゃない。各務珠璃も同行しての出張だ。赤羽側がチケット類やホテルまで手配してくれたので、俺たちは言われるまま現地へ向かった。
久々にスーツを着た。武装はしていない。なにせ東京の都心だ。銃なんて持ち歩いていたら問題になる。それに、赤羽だって自社ビルで人をぶっ殺したりはしないだろう。
「二宮さん、ネクタイが少し曲がってます」
「いいよ適当で」
各務珠璃はフリルのついた涼しげなブラウスを着用している。女子アナみたいだ。
夏の日差しに照らされたピカピカのビルだった。
受付で名乗ると、すぐに担当者がすっ飛んできた。かなり腰が低い。エレベーターでずいぶん上階まであがった。
案内されたのは専務の執務室。
「赤羽誠子と申します。このたびは、ご足労いただき感謝いたします」
出迎えたのは赤羽義晴の妹。キツめの化粧をしているのは、他の社員にナメられないためか。歳は四十半ばといったところだろう。
「お招きいただきありがとうございます。各務珠璃と申します」
「二宮渋壱です」
俺もいちおう頭をさげた。社会人のマナーなどほとんど忘れてしまった。もちろん名刺など持っていない。
クソデカいガラス窓からは、都会の景色が一望できた。
クーラーの効いた部屋。
柔らかなソファ。
ガラステーブルには正体不明の緑のジュース。健康によさそうなやつだ。
だいぶ羽振りがいいように見える。儲かっているんだろう。
赤羽誠子は頃合いを見計らい、こう告げた。
「さっそくですが、用件に入らせていただきます。弊社と提携していただけませんでしょうか?」
提携だと……。
各務珠璃は目を丸くしている。
俺はわざと斜め上を眺めている。ビジネスの話には参加したくない。
赤羽誠子は構わず言葉を続けた。
「貴センターの運営内容については、兄・義晴からも聞かされております。なんでも、オメガ種を保護しているのだとか」
「え、ええ……」
隠しきれないと思ったのだろう。各務珠璃は観念してうなずいてしまった。
もっとも、赤羽義晴はもろもろの当事者だ。少しごまかしたところですぐにバレる。
「各務さんは阿毘須社で働いてらしたとのことですので、ご存じかもしれません。弊社はサイキック・ウェーブ研究の最前線におり、業界全体を牽引する立場にあると自認しております。フェスト治療にも力を入れておりまして。貴センターと提携できれば、さらなる発展を望めるのではないかと……」
待て待て。こういう「研究」に使われるのがイヤだからシスターズを保護しているのだ。この女は根本が分かってない。
各務珠璃もそこは毅然とした態度を見せた。
「いえ、それはムリです。うちの子たちは絶対に出せません」
「絶対に?」
「はい」
赤羽誠子の目がギロリと動き、いちど時計を見た。雰囲気が怖い。
「各務さん、いまはお願いしている状況です。しかし考えてみてください。もし貴センターが立ち行かなくなれば、オメガ種はどうなります?」
「えっ?」
「特定事案対策本部は、厚労省の一機関に過ぎません。大臣が廃止を決定すれば消し飛んでしまう。貴センターは、そんな一機関の認可を受けているだけの零細組織です。対等な条件で交渉できているうちに、首を縦に振ったほうがいいのでは?」
ずいぶんな物言いだ。
各務珠璃は、するとさすがのスマイルを見せた。
「なにを仰っているのか、理解いたしかねます」
「理解する知能がないと自白しているつもり?」
「もっと噛み砕いて説明していただけると嬉しいです」
俺は思わず吹き出してしまった。
北風と太陽が直接やり合っているようなものだ。泥仕合になる。
赤羽誠子もこの方法で押すのは諦めたらしい。
「では状況が進めばご理解いただけますか? たとえば、対策本部の廃止を議題にあげるとか」
「私はその会議に参加できるんでしょうか」
「できるわけありませんね。政治家でも官僚でもないのだから」
「赤羽専務はどうなのです?」
「私も参加はできませんが、社長や会長なら参考人として呼ばれる可能性はあります」
まさしく金にモノを言わすというわけだ。
しかし暇だな。インテリアを眺めているくらいしかすることがない。なぜ彼女は俺を名指しで呼びつけたんだ? また俺のファンか? もっとも、俺を指名してくるヤツにはロクなのがいなかったが……。
各務珠璃はこの話を続けたくなかったのか、いきなり俺に話を振ってきた。
「あの、なぜ二宮さんを? 本題はそっちなのでは?」
すると赤羽誠子の眼球がこちらを向いた。
「ええ、じつはその通りです。本題は二宮さんで、あなたはオマケです」
あんまりナメたこと言ってると、兄貴がシスターズにバブバブいってたことバラすからな。
俺は音を立ててストローからジュースを飲み干した。
「やっと出番ですか。ご用ってのは?」
「あなた、うちで働きませんか?」
「えっ?」
この素晴らしい企業に就職させていただけるってのか?
マジかよ……。
「えーと、履歴書はどこに送れば……」
「そんなものはいりません。明日からでも来ていただきたいくらいで」
「いや、待った。理由は?」
「率直に申し上げますね。弊社には、あなたのサイキック・ウェーブが必要です。先日、あなたの発した波の影響で、マテリアルが変異したとの報告を受けました。それも薬剤の投与ナシで、完全に。驚くべき結果です。弊社にもサイキック・ウェーブの使用者はいるのですが、どうにも不安定でして」
「不安定とは?」
情緒が不安定なのか? それとも人間をやめそうなのか?
彼女は口紅の濃い唇でニヤリと笑った。
「出力が安定しない、ということです。もちろん安全性には配慮していますよ。専用の防波室も用意してありますし」
「防波室?」
サイキック・ウェーブは物質を通過するから、壁でふさぐことはできない。必ずキャンセラーを使う。
彼女は愉快そうに目を細めた。
「ええ、メッセージ・キャンセラーを使用します」
「キャンセラーでも変異するって話があるみたいですが」
「ご安心を。防波室はじゅうぶん距離をとった場所に設置されています。耐性のない職員は近寄りません」
耐性とは……。
まあいい。
俺は前のめりになってこう応じた。
「条件をつけても?」
「内容によります」
「会長を追い出して、俺をそこに据えてください。それならお受けしますよ」
「残念ですが……」
愛想笑いさえしてくれない。
*
予定より早くビルを追い出された俺たちは、ホテルのバーで酒を飲むことにした。
「あんな言い方しなくてもいいですよね……」
各務珠璃は量の少ないこじゃれたカクテルをオーダーした。
俺はよく分からないがオススメされたワインだ。渋みが強いのに信じられないくらい飲みやすい。こんなところでガブガブ飲んでたら有り金が吹っ飛びそうだ。
「気にしないほうがいい。あいつらとは分かり合えそうにない」
すると彼女は恨みがましい目を向けてきた。
「二宮さん、引き抜きに応じるのかと思いました……」
「まさか。これからヤり合おうって相手だぜ。それに、シスターズを見捨てるわけにはいかないよ」
「そうですけど……」
まだ一杯目に少し口をつけただけなのに、もう酔っ払ってるのだろうか。ぐだぐだになっている。日頃の激務で疲れているせいか。
俺もグラスのワインを一口含んだ。普段飲んでる安物とは比較にならない。味というか、質の違いが俺の舌でも分かる。銘柄なんて聞いてもどうせ忘れるから聞かないけど。
各務珠璃は、魂の抜けそうなほど盛大な溜め息をついた。
「はぁ、もう、こんなのばっかり……」
「普段会ってる偉いさんもこうなの?」
「いえ、ちょっと違いますけど……。でも『各務くんは座ってるだけでいいから』なんて。私、ちゃんとセンターの代表として行ってるのに……」
「それはひどいな」
「ニコニコ笑ってればいいなんていう人もいるんですよ」
そんなモラハラの教科書に載ってそうな人間がまだいるのか。
俺も少し溜め息が出た。
「笑うのも疲れるはずなんだけどね」
「そうですよ。笑顔はタダだと思ってるんですから」
「あいつら、そのくせ自分では笑わないんだぜ。普段ブスッとしてるくせに、人には笑顔を強要する。で、仕事が終わると高い金払ってキャバクラで愛想笑いを買いにいく。やってることがチグハグだ。仕事はできるのかもしれないが、人間としてなっちゃいないんじゃな……」
前職の上司を思い出して、ついアツくなってしまった。
しかし人を批判しておいてなんだが、俺にもそういうところはある。俺は愛想がよくない。なのに人のテンションが低いと気になる。自分勝手なのだ。なるべく自戒してはいるが。
各務珠璃はぐいっとグラスをあおった。
「えっ? なにか言いました?」
「いや、スマイルってのはハンバーガー・ショップで売ってるのかなって」
「ひどい! そういうこと言ってるからモテないんですよ!」
「……」
あまり飲ませないほうがよさそうだな。
*
しかし愚痴を聞かされ、ずいぶん飲んだ。
対策本部の偉いさんってのが、前時代の遺物ばかりだということはよく分かった。が、それ以外はなんだか記憶にない。
もちろん別々の部屋である。
各務珠璃を彼女の部屋に押し込んで、俺は俺の部屋で寝た。
朝、再開した彼女は身だしなみをばっちり整えていた。昨日の酔態がウソのように。
「おはようございます。少し余裕がありますし、途中でお土産でも買っていきませんか?」
「いいね。やっぱりお菓子がいいかな」
といっても、東京の土産ってのはなにが定番なんだろうな。
帰りはもうネクタイもしない。
新幹線に乗り込み、富士山目指して出発だ。
「二宮さん、二日酔いは大丈夫ですか? 昨日はちょっと飲みすぎましたね」
「なに話したかおぼえてる?」
「ええ、半分くらいは。センターの行く末について、お互いの意見を交換できたと思います」
ひとつも覚えていないようだな。
後半は、どのおじさんにどんなアダ名をつけているのか、そればっかり聞かされた気がするんだが。髭もじゃもじゃの「羊おじさん」とかな。
俺はコーヒーを一口やった。
「各務さん、仕事忙しいならさ、少し手伝おうか? パソコンいじくるのは得意だぜ」
「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。事務はそんなにありませんから」
「そう? いつもパソコンとにらめっこしてるじゃん」
すると彼女は、やや苦い笑みを浮かべた。
「あー。あれは機械ちゃんとチャットしてるんです。あの子、いっつも話しかけてきて。けっこう甘えん坊さんなんですよ」
「……」
仕事ではなく子守りだったか。
ともあれ、赤羽がセンターを潰してシスターズを回収したがっていることは分かった。そして重要なのは、それをひっそり実行すればいいのに、わざわざ言ってきたこと。
手の内を晒したマヌケだ、と言いたいんじゃない。今回のは挨拶代わりの牽制ジャブだろう。
答えはこうだ。彼女はセンターを潰すことができない。だから口先でカマした。
たしかに大臣には改廃の権限がある。あるが、強行すれば大問題になる。なにせ対策本部にぶらさがってる利権がまるまる消滅するのだ。関わっている政治家や官僚が猛反発するに決まっている。もちろん潰せない。
それを、さも潰せるかのように言い、俺たちにプレッシャーをかけてきた。
次もまたなにか仕掛けてくるかもしれない。俺と各務珠璃を別々に呼びつけるか、あるいは他の方法をとってくるか。
ま、危なそうなら応じなければいいだけの話だ。
まさか直接乗り込んでくるってこともなかろうし。
(続く)




