52 得手不得手があります
目の前に置かれているのは湯気の立つシチューだ。
そして、湯気の向こうには目を輝かせているテオ。テオの隣にはリアムがおり、左右には母と次郎吉が座る。……そして、何故か夏帆の隣には父が座っている。
「あれ? お父さんはいつもの席じゃなくていいの?」
「あ、うん。たまには娘の隣で食べたいなって」
「?」
変なお父さん。そう思いながらも夏帆は両手を合わせた。
「いただきまーす!」
めいめい、いただきますを言って食事を始める。
クロの散歩に行っていたら意外と時間がかかってしまって、今日は夕飯の支度を手伝えなかった。帰ってきたらもう既に出来上がっていたのだ。
クリームシチューの中身は、鶏肉、人参、玉ねぎ、さつまいも、シメジに白菜だ。ことこと煮込まれて、さつまいもの角はすっかり取れてしまっている。
(サツマイモ、たくさん貰ったって言ってたもんね)
母からメッセージで「サツマイモ、持って帰ってね」と来ていたことを思い出し、苦笑いを浮かべた。季節外れだなとは思う。おそらく、もらった人が母に横流ししたのだろうと推測する。
明日はスイートポテトでも作ろう。そう思いながらシチューをスプーンですくうと、いい香りが鼻孔をくすぐった。小さい頃から慣れ親しんだ母のシチューだ。祖母はシチューやカレーをあまり作らなかったから、これだけは母の味だと断言できる。
「あつっ!」
向かい側に座ったテオが慌てている。口を押えて、はふはふと苦しそうだが……意地でも口から出さないのはさすがである。
「テオさん、お水お水!」
空っぽになっていた彼のグラスに水を注いで差し出す。受け取って飲み干したテオは涙目で一息ついた。
「ありがとう、カホちゃん」
「どういたしまして」
にこやかな雰囲気だったが、父がゴホンと咳払いをする。
「夏帆、僕にも水をくれないかな」
「え? 別にいいけど……まだたくさん入ってるよ?」
「……少しだけでいいから」
解せなかったが、それでも欲しいと言われた夏帆はほんのちょっぴり水を足してやった。
(変なお父さん)
◇◇◇
「そういえば、魔王の件って進んだんですか?」
夕飯を終えて、片づけが済み……各自のんびりとし始めた。
父は座ったまま、こっくりこっくりと舟をこぎ始め、リアムは食後だというのにサイクリングマシンに乗ってテレビを見ている。ちなみにこのサイクリングマシンは兄が購入して、平田家の片隅に埃をかぶって眠っていたものだ。
母は風呂に入ると言って席を外した。次郎吉は、こたつに足を入れたまま座椅子にもたれてテレビを見ている。
夏帆の質問に、みかんの皮を全部つながったまま綺麗に剥こうと、悪戦苦闘していたテオは手を止めた。
お腹いっぱいだったけれど、あるとついつい手が伸びてしまうのが炬燵の上に置かれたみかんだ。夏帆も山盛のみかんからひとつを手に取る。
「うん。サヨコさんに手伝ってもらってね。うまくいきそうなんだよ」
「良かったです! でも、一体どうするんですか?」
「魔王を一度、連れていこうと思って」
「!?」
予想外の返事に、みかんの皮を剥く夏帆の手が止まった。
「え? でも、連れて帰ってしまったら、大魔王復活なんじゃあ?」
「大丈夫だよ。サヨコさんの体を借りるんじゃないから」
薄いアイスブルーの瞳が細められた。何かいい方法が見つかったらしい。
「小夜子は、もうあっちにはやらん」
「はい。それは絶対にやりませんから、大丈夫ですよジロキッサン」
次郎吉の言葉に、テオは力強く頷いた。
無人島を開拓する番組に夢中だとばっかり思っていたが、きちんと聞いていたらしい。そういえば、テレビも次の番組に変わっていた。
この世界に来て、勇者に対するテオの思いはだいぶ変化した。年老いた勇者は、一途で家族思いの優しい人だった。
「サヨコさんにはね、人形を一体作ってもらってる途中なんだ」
「人形、ですか?」
「そう。魔王の憑代になったサヨコさんが作った人形になら、魔王が入ってもいいって」
「!」
一昨日、母は夢を見たそうだ。
夢の中の自分は異世界へ行っていた時のように若く、目の前には幸薄そうな着物姿の女性が居たのだと言う。
母が事情を説明すると、女性は悲しげに長いまつ毛を伏せ……人形のことを提案したのだそうだ。
「アヤ姉ちゃんも、あの人とはお話できなかったんだもの。私は夢で話ができただけ良かったのかもね」
「あ、お母さん」
背後から声をかけられて驚く。とっくに風呂から上がってきたらしい母は、楽な服装に着替えていた。
「あ! 稔さん。ちゃんとお布団で寝てよー!」
舟を漕ぐどころか、すっかり沈み込んだ父に気付いて母が揺り起こした。
「ん? んん……」
「もー! お布団敷いたげるから! 歯磨きしてきなさい」
母は父を追い立てて、再び居間を出ていってしまった。テレビの音と、リアムがサイクリングマシンを漕ぐシュンシュンという摩擦音だけがする。
「ええっと、人形を作るのは分かったんですけど……」
「うん?」
「お母さん……縫うことはできるんですけど、すごく大ざっぱで。簡単な手提げとかは大丈夫なんですけど、人形とかになってくると……作るのが天才的にヘタクソなんです。大丈夫ですかね」
「……」
テオはしばし沈黙し、チラリと次郎吉へと目線を向けた。
次郎吉はすっと視線を逸らし……再びテレビを見始めた。否定はしないらしい。
「小さい頃作ってくれたウサギのぬいぐるみは、耳が片方だけすごく小さくて、鼻が少し長くて。顔の一部分だけ布が違うからゾンビみたいだったし……で、でも! 魔王自らが提案してくれたんなら、きっと大丈夫ですよね?」
「……う、うーん」
どうだろう。もしかしたら、穏やかな状態にある魔王の魂を……荒ぶる怨霊に戻る、ようなことはないだろうけど。不安に思いつつも、それしか方法はないのだ。
「な、なんで何も言ってくれないんですか!?」
「う、うーん……ちょっと。そういえばサヨコさん、頑なに人形見せてくれないんだよね。できてからのお楽しみって」
「……」
不安な気持ちはあるが……母の人形完成を待つしかなさそうだと。
自分の手の熱ですっかり温かくなったみかんを再び剥き始めながら、夏帆は思ったのだった。
母は大ざっぱなので、手提げ等はミシンでダダダーっと済ませます。
しかし、人形等は型を取って、ハサミで切ったりしているうちに内側に切りすぎてしまったり……そして足りない箇所に適当に布を足したりして、気が付くとゾンビうさぎが出来上がります。不思議ですね!




