51 男子三日会わざれば括目して見よ
長居をしてしまったけれど、とても有意義な時間だったなとテオは思う。
もっとも、していたことと言えばスーパーで買い物とネットショッピング、あとはロディの相手だけだけれど。
(あ、この看板見たな。もう半分くらいか……)
来る時に通った道を通っているのでだいたい分かる。
帰ってしまえば、また週末しか会えないし……なにより二人きりではなくなるのだ。そう思うとこの道がもっと長ければいいのにと、どうしようもないことを考えたりする。
「もうすぐ、おうちに着いちゃいますね」
「うん。……カホちゃん。今日はわざわざありがとうね」
「いいえ、私もすっごく楽しかったです! また、どこか行きましょうね」
信号待ちで停車した際に夏帆に礼を述べると、満面の笑みを返されたテオはしばし固まる。
(あ、どうしよう)
ぎゅっとして、頭をなでなでしたい。
そんなことできるわけもないテオは、胸のうちを隠してにっこりとほほ笑み返しておいた。
信号が変わり、夏帆はゆっくりとアクセルを踏み込む。土曜日ということで交通量はそこそこ多いが、田舎へ向かうこちら側の車線は空いている。
「明日は日曜日でしょ。カホちゃんは泊まっていくの?」
「はい。せっかくですし……あ! 晩御飯が一緒に食べられますね」
「うん、そうだね」
テオは嬉しそうに頷く。そうだ、まだ一緒に居られるのだ。二人きりではないけれど。
「帰ったら、クロのお散歩に一緒に行きませんか?」
「あ、いいね。はは、そういえば……この間、団長がね」
居ない間の一週間の話をテオに聞き、夏帆は目を丸くした。
テオは楽しそうに話をし、夏帆は感心したり、呆れたり、驚いたり……。
そうやって二人きりの外出は終了したのだった。
◇◇◇
無事に到着した頃には、日が傾いて夕焼け空だった。西の空は山のフチがオレンジ色にまばゆく光輝き、東に行くにつれて、群青色へと美しいグラデーションを作っている。
いつもの少し離れた草地に駐車をし、車を降りた夏帆に後ろからかけられたのは、聞き覚えのある低い声だった。
「カホ殿、うちの副団長を送って頂いて有難う」
「あ、リアムさん。どういたしま……ほ、ほんとうだ!!」
「?」
返事をしながら振り返った夏帆は、驚きに目を丸くした。
そこには、ジョギングウェアで全身を固めた筋肉隆々のナイスミドルがいたのだ。
「ね、言った通りでしょう。この人、前から筋トレマニアだったんだけど……こっちの世界のトレーニング用品見ていたらことごとく影響を受けてね」
同じく車から降りてきたテオは、夏帆の肩にぽんと手を置いて耳元に顔を寄せてひそひそと話す。
車内で聞いていたとはいえ、思っていた以上に本格的なリアムに夏帆は驚きを禁じ得ない。まさか、お昼の通販にも手を出してはいないだろうかと心配になってくる。
「どうした、二人とも」
「あ、いいえ、ええーっと……」
夏帆の目が泳ぐ。とっても恰好いいオジサマだ。鍛えられた無駄のない体躯は元々だったけれど、こちらの世界に来ても尚それを維持しているというのは素直にすごい。
(両腕と両足に何か巻いてる……?)
リアムの両腕と両足に何かが巻かれている。よくよく見ると「2.5kg」と記載されていて……。
「パ、パワーリスト!!」
「!」
ズバリ言い当てた夏帆にリアムの濃いグレーの瞳がぱっと輝いた。強面が一瞬で破顔し、少し親しみやすく……いや、そうでもなかった。強面の男が何か企んだように見える。
「カホ殿はこれを知っているのか」
「え、ええ。高校の時にクラスメイトが付けてました」
もっとも、クラスメイトの男子が装着していたのは「0.5kg」と書かれていたけれど。
比べ物にならない重さに頭がくらくらする。2.5×4=10kgの式が浮かんできて衝撃は増す。
「……ま、まさかそれを付けてジョギングしてたんですか?」
「ああ! 効果はあるのかよく分からないのだが、外した時の解放感がクセになるな」
「や、効果はバッチリだと思いますよ、団長」
嬉しそうに語り出したリアムに呆れた様子のテオ。この一週間ですっかりと対処に慣れたのだということが伺える。
「ああ、こちらで怠けていては戻った時に支障があるからな」
リアムの何気ない言葉に夏帆の胸がチクリとした。そう、もう二週間が経過してしまったのだ。
夏帆は胸を刺す痛みに気付かなかったと、自分に言い聞かせる。
「では、もう少し走り込むので失礼する」
「あ、はい。がんばってください」
「団長、夕飯までには戻ってきてくださいね」
リアムは軽く頷き、そのまま走り去って行ってしまった。
夏帆の知っているのんびりとしたジョギングの速度ではない。
ジョギングウェアの後ろ姿を呆然と見ていると、なんだかとっても走りやすそうな……近未来的なデザインの靴を履いているのに気が付いた。なんかすごくいいシューズなのだろうなということは予想できる。そして、その話題を振ったらリアムは嬉々として、強面を輝かせながら語ってくれるであろうことも容易に想像できた。
(リアムさん、所持金は大丈夫なのかな)
別な所が少し気になってきたが、余所様の懐事情を勘ぐるのは失礼だ。仮にも団長さんなんだし、たくさん持って来ているのだろう。考えを振り払う様に夏帆は頭を緩く振ってテオを見上げる。
「テオさんも、走ったりしているんですか?」
「もちろん。帰った時が大変だからね」
あれほど極端じゃないけど、と苦笑を零したテオに、今度こそ夏帆の胸はズキリと痛んだ。
黙ってしまった夏帆をテオは横目で見やり、少し考えてから……彼女の頭の上に大きな手を乗せ、ぽんぽんと優しく叩いた。
「まあ、まだまだ先のことだけどね」
「!」
本当はもう三週間しか居ないのに、そう言ってくれたテオの優しさに、帰って欲しくないなと一瞬思ってしまった自分の醜い心を見透かされたみたいで恥ずかしい。
少し俯いて頷いた彼女は見逃してしまっていたけれど……嬉しそうに微笑んだ彼の頬は少し赤かった。
(これは間違いなく、帰りを惜しんでくれてる……んだよね?)
なんだ。離れがたいなあと思っていたのは自分だけじゃなかったのだと、テオの胸に温かいものが満ちた。
そのまま夏帆の手をぎゅっと握る。
「テ、テオさん?」
「ほら、早く行こう。クロの散歩行くんでしょ」
その握った手を離さず、平田家の方へとテオはぐいぐい引っ張っていく。
夏帆が戸惑ったのは一瞬で、それよりも手を繋いでくれたのはなんだか嬉しくて。胸がぽかぽかしてきた。我ながら現金だとは思ったものの、夏帆は満面の笑みを浮かべた。
「はい、お散歩行きましょう!」
少し小走りでテオの横まで行き、繋がれた手はそのままに歩き出した。
テオはと言えば、振りほどかれなかった手に驚いた様子だったが、嬉しそうな笑みを浮かべた。そして歩みを緩めて夏帆に歩幅を合わせた。
恋人には全然足りず、友人というには距離が近い。
そんな曖昧な関係の二人を夕日が照らし、長く伸びた二つの影はしっかりと繋がっていた。
庭で草むしりをしていた父でしたが、手を繋いで歩く二人を目撃し「!?」とこっそり植え込みに隠れて混乱していたのは、また別のおはなし。