44 目が訴えかけてきています
炬燵のスイッチを入れて、いつも通りにふかふかのクッションに座る夏帆。その向かい側には、いつもだったら穴の向こうに居たテオが、自分の部屋の炬燵に入って同じくふかふかのクッションに座っている。
待ち焦がれたご飯を前に、彼のアイスブルーの瞳はキラキラと輝いていてなんだか眩しい。
「テオさん、どうぞ」
夏帆がフォークを差し出すとテオは嬉しそうに受け取って礼を言うが、箸を持った夏帆を見て表情を曇らせた。
「あ、ごめんね。カホちゃんのフォークを奪っちゃったかな」
「大丈夫ですよ。うちは大きなフォークは一本しかないので、仕方ないです」
(フォーク、もう一本買おうかな)
テオの分を1本。そうしたら気兼ねすることもない。
「気にしないで食べて下さい。冷めちゃいますよ」
「それは困るね……ありがとう」
テオは笑顔を浮かべ、両手をパシンと合わせ、すっかり馴染んだ挨拶を口にする。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
夏帆の返事にテオは嬉しそうに頬を緩めてフォークを構えた。クルクルと器用に巻いて驚くほど口いっぱいに放り込んだら……。
「!!」
やはり熱かったらしい。涙目で口を押えるテオに夏帆は慌てて用意していたお茶を差し出す。
「……ぷはっ……! ちょっとがっつきすぎた」
「もう、口の中を火傷しますよ」
「でも、すっごくおいしい!」
呆れ顔の夏帆にテオは明るく笑って見せ、今度はきちんと冷ましながら口へと運ぶ。
それを見ながら夏帆も自分のパスタを口へと運んで行く。
夏帆もなかなか食べる方だと自負しているけれど、テオの前では普通の人だと言うことを思い知らされる。改めてそう思う程に、パスタは次々にテオの口の中へと消えていく……。
(食べている時のテオさんって、なんかすごくかわいい)
第一印象こそ、自分より年下の怖いお兄ちゃんかと思ったけれど。実際に会話をすると落ち着いた、人当たりの良い紳士的な人だった。
薄いアイスブルーの瞳は、彼の感情の揺らぎをとても正直に伝えてくるし。時々、夏帆の気のせいだろうけど、ブンブンと元気よく振られる尻尾が見えるような気がする時もある。
テオの髪の毛は、うらやましい程のサラサラのアッシュグレーで……。
「あ」
テオをまじまじと見つめていた夏帆が声を上げ、テオがパスタを食べる手を止めた。
「?」
箸を持ったまま固まった夏帆に、テオが首を傾げる。
「テ、テオさん。なんか、髪の毛が元に戻ってます」
「?」
テオは不思議そうだったが、とりあえず口に入った分を全部飲み込んでから口を開く。
「寝癖でもついてた?」
「いえ、そうではなくて」
夏帆は立ち上がり、最後に少し残っていたパスタを目玉焼きと一緒にぱくりと、口へ放り込んだテオへと手鏡を渡し、テオの毛先を摘み上げた。
「ほら! 毛先が濃いブルーになってます」
「!」
確かに。テオのアッシュグレーの髪の毛は、毛先へ行くに従って濃い青色へとグラデーションがかった色へと戻っていた。こちらの世界に来てからは一度も見ることができなかった、長年見慣れた契約の証だ。
「あー、もしかしたら穴の近くにいるから……かな?」
「そっか。テオさんの竜の近くということですもんね」
(やっぱり、あの穴は異世界へ通じているってことなんだ……)
夏帆は閉められたままのクローゼットへと視線を送ったが、視線を感じてテオを見返した。しかし、少し違ったようだ。彼は……夏帆の皿を見ていた。その皿の上には、少し残ったナポリタンが乗っている。
テオは何も言わないけれど、目は口ほどに物を言うとはこのことかと夏帆は思った。
「……ええーと、テオさん。良かったら食べます?」
「!」
夏帆の申し出にテオの体がぴょこんと動いた。その顔には「言ってないのに、なんで?」と実に分かりやすく書いてある。
(なんだか、この反応も懐かしいような気がする)
出会った頃のテオを思い出して、夏帆の頬が緩んだ。
「私の食べかけで良かったら、ですけど」
夏帆の皿には三分の一ほどが残った状態だ。テオはぶんぶんと首を横に振った。
「や、カホちゃんのでしょ。お腹空いちゃうよ!」
「私はちょっと多めに作ってたので、もうお腹いっぱいなので。食べて頂いたら無駄にならなくて済むんですけど……」
「!」
◇◇◇
結局、テオが夏帆の残りを嬉しそうに平らげた後で、片付けまで終えた二人はクロゼットの前に立っていた。
「ここが、カホちゃんのクロゼットか」
「はい。あの時は、本当に穴を空けてしまったと思ってすごく焦りました」
「あはは、あんなにきれいな真円の穴だったのに、事故で空けちゃったと思ったんだもんね」
楽しそうに笑うテオを恨めし気に見上げながら、夏帆はクロゼットを開いた。
中には数個の洋服ダンスが積み上げられ、横に伸びるステンレスの棒には、ハンガーにかけられたジャケット類が両側に寄せられた状態で並ぶ。
そしてその奥の壁には……。夏帆が設置した細めの突っ張り棒から下がった布で見えないけれど、穴があるのだ。異世界へと通じる不思議な穴が。
先週に実家から帰って来たときに確認したら、穴は夏帆の頭が通るくらいの大きさのままだった。今はどうなっているのか、ドキドキしながら夏帆はそっと布を引いた。
悪気はないんです。ただ、食欲に忠実なだけで……。




