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41 ようこそ、私の街へ

◇◇◇


「こんにちはー!」


 約束した土曜の朝。花田家に元気な声が響いた。この家にはインターホンというものが無いのでこうやって声を張り上げるしかないのだ。


 金曜は残業が長引いて実家へ到着した頃には十時を回ってしまっていた。夕飯を一緒に取っている次郎吉と居候の二人は当然もう居なかったが、テレビに夢中な母と、炬燵で眠ってしまった父の前でのんびりと食べるおでんは美味しかった。


 テオに会うのは一週間ぶりなのでちょっと嬉しいような、恥ずかしいような気がする。ニットの裾をぐいっと引いて裏返しになっていないか、なんとなく確認した。

 ガラガラと引き戸が開かれ、出かける支度の整ったテオが現れた。


「おはよう、カホちゃん。来てくれてありがとう」

「いいえ、お気になさらず。あれ? リアムさんはお出かけですか?」

「うん、ジロキッサンのお供で」


 なるほど、軽トラックが無かったので次郎吉が居ないだろうとは思っていたが、リアムもお供に連れて行ったとは思わなかった。

 スマホを見てみるとまだ九時半だ。こんな時間から開いている店といえば、次郎吉行きつけのホームセンターだろう。


(リアムさん、荷物持ちに抜擢されたんだろうな……)


 心の中でリアムに両手を合わせてから、夏帆はテオに確認する。


「そういえば、テオさんおひとりで穴の確認されていいんですか?」

「うん。団長は穴のこと見たことないからね。オレが行くのが最適なんだ」


 返事をしながらテオは、たてつけの悪くなった引き戸をガチャガチャと押し上げて鍵穴を合わせて鍵をかけた。


 そしてそれを定位置である次郎吉の盆栽の下へと隠す。夏帆もよくお世話になった懐かしい手順と同じで、なんだか頬が緩む。


「……よし、と。あれ? どうしたの、カホちゃん」

「小さな頃、同じように鍵を閉めてたの思い出しちゃいました。テオさん、随分とこちらに慣れましたね」


 嬉しそうな夏帆につられてテオも笑う。


「まあ、一週間も居ればだいたいは慣れるよ」

「何か困っていることとか、あります?」


 二人は談笑をしながら駐車場へと続く短い道を歩く。垣根の下には次郎吉にきちんと世話をされて美しく咲くパンジーと、新しく仲間入りしたサルビアが咲き乱れていた。


◇◇◇


「ふふ、カップ麺をやけに見てるなと思ったら。そんなこと考えていたんですか」

「そうなんだよ。だから、初めて開封した時には固まった麺が出てきてさ、写真と違うってびっくりしたよ」


 一昨日、初めてカップ麺を食べたのだというテオ。彼が夏帆とスーパーに行った時にカップ麺を気にしているなとは思ったが、彼がラーメンが写真の状態で入っているのだと思っていて見ているとは気付かなかった。


 1人で実家から帰る時と違い、二人で話しながらの道のりは時間がすごく早く感じた。

 あっという間に山道を抜け、段々と道が広くなり、とうとう二車線が三車線になり……。夏帆の暮らす街へと到着したのだ。


「カホちゃんは、随分と賑やかな場所に住んでいるんだね」

「私のアパートはもうちょっと静かな所にありますよ」


 この辺りに田畑は見当たらない。夏帆の暮らすアパートの周辺ならば、ビルの合間だったり線路の脇だったりの空いた土地に趣味で栽培されているものもあるが、今走っている場所にはほとんどないのだ。


「東京とか行くと、こんなの比じゃないくらいにもっと発達してますよ」

「ああ、テレビで見たことあるよ。交差点を人がたくさん行ったり来たりしてた」


 夏帆の言葉にテオが頷く。これより遥かに大きなビルの立ち並ぶ街並み、今見ているよりも大量の人間がせわしなく行き交っていたことを思い出す。


「もう少し行けば、また緑が増えますよ」


 その言葉通り、広い街並みを抜けて曲がりくねった細い路地に入ると緑が増えて、ちらほらと畑が姿を見せる。


「あ、そういえばテオさんはお腹空いてませんか?」


 夏帆がオーディオに表示される時間を確認すると十一時にはまだなっていない時刻だったが、テオが朝食を食べてから結構な時間が経過しているはずと予想する。


「……正直に言うと、さっきからペコペコなんだ」


 テオが苦笑いを浮かべて肩を竦める。彼が食べた朝食は自身が焼いた目玉焼きとベーコン、それにトーストと次郎吉の作った味噌汁だ。


「ふふ、そろそろかなと思ってました。何か適当に買っていきますか?」


 ちょうど、夏帆が愛用しているスーパーをそろそろ通るので、そこに寄ろうかなと思う。テオの返事がなくて不思議に思ってチラリと目線を走らせると、何やら言い淀んでいる様子だった。


「?」

「あー、その、えっと……」


 そうこうしている間にスーパーの狭い駐車場へと到着してしまう。


「あの、さ。材料代はオレが出すので、料理を作って……頂けちゃったり、しないかな」


 テオの申し出に夏帆は目を真ん丸にする。


「え? テオさん、こちらのお金を持ってるんですか」

「あ、うん」


(反応するの、そこなんだ……)


 料理を作ってください! とお願いするのに一世一代の勇気を振り絞ったテオは少し肩すかしされたような気分だ。


「こっちに来る時に準備したんだよ。えっと……料理、作ってくれる?」

「もちろん! 私で良ければ全然構いませんよ」


 そっか、お金は無いと困りますもんねと。夏帆は感心しながら快諾した。


「テオさんとまたご飯を一緒に食べましょうねって、約束しましたもんね」

「ありがと、カホちゃん」


 夏帆の言葉にテオは嬉しそうに破顔して、ぺこりと頭を下げた。

 車から降りて、スーパーへと二人並んで歩き出す。


「テオさんは何が食べたいですか?」

「そうだねー……」


 ごく自然にテオが買い物カゴを持ち、二人で並んで陳列された商品を眺める。

 いつものスーパーに、テオがいるだけでなんだか心が浮き立って楽しい。一緒にいる人がいるだけでこんなに違うのかと夏帆は不思議に思ったのだった。

付き合ってもいない人に「料理作って欲しい」とお願いするのってすごいハードル高いです。ちゃっかりテオくんも、ぺろっとお願いできないみたいですね。


次話、川原遼平って誰だっけ。

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