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42 隣人と住所不明の隣人

 店内は、土曜日だけれどお昼前とあって人はまばらだった。夏帆の話によると、十二時からセールが始まって行列ができるので、それまでにレジに並びたいとのことだった。


 どこに行っても木を模したオブジェクトがキラキラと輝いて飾り付けがしてある。

 スーパーという所は、とても賑やかでキラキラとした装飾がたくさんある所だと、今までそう思っていた。けれど、どうやら違うらしい。


「クリスマス、っていうのがあるんです。あれはクリスマスツリーって言うんですよ」

「へえ、何のお祭りなの?」


 二人が足を止めたのはクリスマスの特設コーナーの前だ。飾り付けられたツリーの下には、小さなかわいらしい赤いブーツに詰まったお菓子にシャンパン、シャンメリー、おつまみにサンタの人形などなど。夏帆にとってはおなじみの品々が並んでいたが、テオにとってはお祭りにしか見えなかった。


「そうですね……元々はキリストっていう神様のお誕生日だったみたいなんですけど、日本ではちょっと意味合いが違ってですね」


 夏帆は何と説明しようか悩んでいたようだが、口を開く。


「うーん。いい子にしていたらサンタのおじさんが家にやってきて、プレゼントをくれた上に、なんとチキンとケーキが食べられちゃう! そんなスペシャルラッキーな日です」

「すごいね。子ども限定なの?」

「大人だったらプレゼントを交換したりとか、夜景を見に行ったり……とか?」


 言い淀んだ夏帆を見てテオは察した。なるほど、恋人たち的には一大イベントなのだろう。


「次は何を買うのかな?」

「えっと、お肉コーナーに行きましょう」


(ピーマン、玉ねぎ、卵……何を作ってくれるんだろう)


 ウィンナーの賞味期限をチェックする夏帆の横から、少し離れた所にある鶏肉コーナーの鶏のイラストの前で足を止めたテオの頬が緩む。


(カホちゃんが作ってくれたことあったっけ。ええっと、コーラで煮込んだやつ)

 

 あの頃には、まさか彼女と並んで買い物をする日が来るなんて思いもしなかったっけ、と。笑みを零す彼の耳に男の低い声が聞こえてきた。


「夏帆さん、おつかれさま」


 聞き慣れた名前にテオが慌てて夏帆の方を見ると、見知らぬ男と夏帆が親しげに会話をしている所だった。男はスーパーの店員のような服装だけれど、レジを打つ人たちとはまた違う。


(誰だろ。知り合い……みたいだけど)


 夏帆の知り合いだったら気まずいだろうと、距離を保ったまま鶏肉を見ていることにした。


「あ。リョーヘイさんもお疲れ様です。今日もお仕事なんですね」

「うん。今日は珍しく昼勤なんだよね」


 親しげ……だけれど、少しだけ夏帆は緊張しているようにも見える。


(あれ? 知り合いだけど、そこまで親しくはないのか)


 テオが首を傾げると、リョーヘイと呼ばれた男と目が合った。彼は眉を顰め、夏帆の耳元に顔を寄せて何か囁いた。夏帆は慌てた様子で両手と頭を横に振る。テオからは後ろ姿なので表情までは見えない。


 テオには囁きの内容はもちろん聞こえないが、それよりも気になるのは……。


(ちょっと近すぎじゃないかな!?)


 苛立ったテオは思わず夏帆の腕へと手を伸ばし、ぎゅっと掴んで自分の元へと引き寄せた。


「え!?」


 鍛えられた男性の力に、デスクワークばかりの女性が敵うはずもなく、ボスンと音を立ててテオの腕の中へと夏帆は納まった。


「!」


 リョーヘイは驚いた様子で、ぽかんと見ている。


「テ、テオさん?」

「カホちゃん、何言われたの」


 間近で見るテオのアイスブルーの瞳に驚く。しかし、それよりなによりテオの腕の中に納まっていることを思い出して慌てて抜け出した。客足がまばらだったのが幸いして、この狭い加工肉コーナー付近には人が少ない。


「すいません。まさか“テオさん”だとは思わなくて」


 テオの問いに答えたのは夏帆ではなく、苦笑いを浮かべたリョーヘイだった。


「夏帆さんと話してたら、夏帆さんを気にする外国人がいる……大丈夫かなと心配になったんで。余計なおせっかいでしたね」


 少し距離が離れていたので、まさか夏帆の知人で例のテオさんだとは思いもしなかったとリョーヘイが笑う。


川原かわはら遼平りょうへいです」


 ぺこり、と頭を下げる青年。お互いの勘違いに気付いたテオも慌てて頭を下げた。


「すいません。ついカッとなってしまって。ええと、オレはテオドール・ファイエットです」

「夏帆さんのテオさんに会えるとは思ってなかったんで、なんか可笑しいですね」

「?」


 なんで自分のことを知っているのだろうか。カホに聞いたとしか思えないが、異世界人である自分のことを彼女が簡単に他人に話すとは思えなくて首を傾げる。


「ええっと、リョーヘイさんは、隣に住んでる人なんですよ」

「!」


 事情を察したテオは驚く。これが噂の本当の隣人か。


「あ、いけない。オレもう仕事に戻るね。じゃ、またねー」

「はい、がんばってくださいね」


 店内放送がかかり、呼び出されたリョーヘイが走り去って行く。

 あとに残された二人は、顔を見合わせちょっと気まずげに笑みを浮かべた。


「ええっと、とりあえず、セールが始まっちゃうのでレジに行きましょうか」

「そだね。……ええっと、また後で話してくれる? “リョーヘイさん”のこと」


 夏帆は持っていたウィンナーを買い物カゴへと入れる。あとの必要なものは自宅にあるもので足りる。いくら持ってきているか分からないけれど、限られているであろう、テオの所持金を使わせたくはなかった。


「はい。穴を見ながらでも説明しますね」


 夏帆の笑顔に、テオはなんだか複雑な気持ちで頷いた。テオの知らない所で、こんな笑顔を振りまいているのかと思うとモヤモヤする。


(でも、ご飯は作ってあげてないって言ってたっけな)

 

 隣人とテオさんとでは全然違うって言ってたし。そう思い出すと少しだけ、胸のモヤモヤが薄くなった気がして、テオはレジ台へと買い物カゴを下ろしたのだった。


こいは、もうもく。

テオ、お腹が空いて気が立っていたんですかね。


次話、穴の隣でごはんを食べましょう。

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