34 アレのことを聞きました
※本日三話投稿しています。今回は説明回なので注意ください。
「おはよう」
「おはよう、夏帆。台所にご飯あるよ」
「ありがとー」
日曜朝、七時。今日はきちんと顔を洗い、髪もセットして着替えもばっちりの夏帆を見て、母は笑う。
「あれ? 昨日みたいにスウェットでもいいのに」
「や、もう出かけるからね」
さすがに、いつテオたちが来るか分からない状況で頭ボサボサのスウェットでうろうろしているわけにはいかない。もしかしたらテオには寝言を聞かれてしまっているかもしれないけれど、それとこれとは話が違うのだ。
次郎吉と父の“朝”は早い。九時かなと思ったら甘い。八時だろうと夏帆は見当を付けて起床した。
台所にはラップをかけた皿が三つ。まだ起きてこない兄たちの分と夏帆の分だ。兄夫婦は玲央の夜泣きが酷かったからもう少し寝ているのだろう。
クマちゃんの皿の上には美味しそうな目玉焼きとウィンナーが並べられ、レタスとトマトが添えられている。
「味噌汁もさっき作ったからまだ温かいよ」
「やったー! ありがとう」
豆腐とわかめ、かぼちゃに玉ねぎも入った野菜たっぷりの味噌汁は美味しそうだ。それと白ごはんを椀によそってテーブルにつく。
「いただきまーす」
十二月に入ってから急に寒くなってきたから、ほかほかのお味噌汁は嬉しい。自分で同じように作ってもお母さんの味噌汁とは何か違うのだ。
固まる寸前の半熟の目玉焼きに醤油をかける。そんな夏帆に母はゆっくりと口を開いた。
「ねえ、夏帆。お墓の近くにあるアレのことは知ってるよね」
「うん。詳しくは知らないけど触っても近づいてもいけないアレね」
ウィンナーを箸に取り、口に運んで夏帆は頷いた。
今は無人で朽ち果てている亡き祖父の家。未だに花が咲き乱れる、その美しい庭から伸びるコンクリートで舗装された細い道は、急斜面を突っ切るように通っている。その道を上っていくと、左手の高い斜面に一基だけある綺麗に磨かれた墓が見えてくる。そこが祖母が晩年まで毎日通い続けた平田家代々の墓だ。
そのコンクリートの反対側――右側の低い斜面には、不思議と草が生えていない。苔むした土の真ん中にぽつん、と一抱えほどの石の塊が置いてあるのだ。特に削った墓石というわけでもないが、長方形に近い崩れた大きな石だ。その前には古い花瓶が置かれており南天の実や花が活けてある。そして小さな湯のみが置いてあり、常に焼酎が並々と注がれているのだ。
特に何も彫られたり書かれてはおらず、しめ縄も何もついていないが、祖母が大切にお供えをし、手を合わせていた。
しかし、夏帆と兄は祖父、祖母、両親より幼い頃より、きつく言い渡されていた。
「決して、ここで騒いではいけない。決して触ってはいけない……でしょう」
夏帆の言葉に母は頷いた。
「あれは、平田家が代々……供養してきた塚なの」
「ふーん。あんまり良くないものだろうとは思ってた」
土地神様にしては大事にしすぎだし、かといって近づけば大人が血相を変えて飛んでくる。異質なものだとは夏帆もさすがに気付いてはいた。
今まで聞かなかったのは怖いというよりは、触らぬ神に祟りなし。という気持ちからだ。
「……ね、なんの塚なの?」
「うーん……しいて言えば、お姫様の塚なんだろね」
トマトを突っついていた夏帆は目を丸くする。夏帆の通っていた小学校の近くには昔は首塚もたくさんあったらしくて地名にも残ってるし、てっきり首を落とされた武士とかそういうのを想像していた。
「お母さんもよく分からないんだけど……異世界の話は抜いて、アヤ姉ちゃんに教えてもらったことだけ教えるね」
アヤ姉ちゃんは夏帆の祖母のことだ。稔の母にあたり小夜子にとっては義母なのだが、姉と呼んでいる。これも昔からだ。
母はゆっくりと話し始めた。
◇◇◇
あの石が見つかったのは、遠い場所にある城跡だったという。そこを平らにならして土地を作ろうとしていた地主が大きな石を発見し、処分の為に移動させようとしたそうだ。
しかし、ひとかかえ程の大きさの石なのに、大の大人が持ち上げようとしても持ち上がらない。それを見ていた力自慢の若者が我こそはと次々持ち上げようとするが、これが全く持ち上がらない。
不気味に思った地主がその石の出所を調べると、戦国時代に非業の死を遂げた武将の首無しの遺体を埋めた場所に置かれた石だったということを知る。震えあがった地主が霊媒者を呼び、見てもらうと、意外なことにも血みどろの首なし武将の霊などではなく、小綺麗な着物姿の娘が石の上に座っており『父を供養するまで動かない』という。
なんとか親類縁者を探すも、昔のことすぎて分からないことが多すぎるが、霊媒師の話によると、たまたまこの地に出稼ぎに来ていた平田という男が遠い子孫だという。そして彼の者が供養をこの先行ってくれるのならば、少しだけこの石の上より動いても良いという。
突然のことに驚いたが、優しい心根を持つ男が石をおっかなびっくり抱えると、今まで動かなかった石がすんなりと動いたそうだ。まるで軽石のように軽く、重さなど全く感じなかったという。
武将は供養されずとも怨霊にはならなかった。しかし、父の最後を嘆き悲しみ、最後には憎しみから命を絶った娘の方が怨霊になってしまったのだろうと、哀れに思った男は軽くなった石を持ち帰り、故郷の山奥へと家族と共に移り住み、供養を続けながら暮らしたのだという。
◇◇◇
「この話のどこまでが本当か嘘かは知らないけど、確かにあの場所には女の人が眠ってる」
コーヒーが湧いたことを知らせる電子音がして、母は立ち上がった。
「夏帆も飲む?」
「……うん」
食器棚からマグカップを2つ取って、母はコーヒーを注いで炬燵に戻る。
「お母さんは、あの塚を……倒しちゃってね」
「!?」
夏帆は、危うくコーヒーを噴き出す所だった。
あれだけ近寄るな、触るなと口うるさく言われて育ってきた夏帆には衝撃だった。倒してしまうなんて考えるだけで恐ろしい……。
「も、もしかして、魔王って……」
夏帆の問いに母は悪戯っぽく笑った。
「あの塚を倒して、最後に見たのはジロキチ兄ちゃんの顔だけ。そして次に会った時、ジロキチ兄ちゃんはだいぶ年を取っていたっけ」
「?」
話についていけず、首をかしげる夏帆に母はさらに爆弾を落としてくる。
「勇者次郎吉は、魔王を倒してなんかいないのよ」
◇◇◇
混乱する夏帆を母は隣の花田家へと追い出した。
「あとは、お父さんたちが話してくれるから」
聞きたいことはたくさんあったが、母は話してくれる気はなさそうだ。
(山の上のじいちゃんちに、みんなと行けば分かるってことなのかな)
朝の冷えた空気の中、クロをひと通り撫でくり回してから。夏帆は混乱した頭を抱えつつも切り替えるべく、花田家に向かって歩き出した。
やっとアレの話でした。また、一日一話更新に戻るかと思います。