33 団長と副団長
◇◇◇
「すまんね。明日は風呂を焚くから」
「いえ、湯が使えるだけありがたいです」
「畑をされて、肉を買いに出ちょったら時間が足らんくなったがよ」
シャワーをあびて上がってきたテオは、次郎吉は申し訳なさそうに謝られて困惑した。ちなみにリアムは先に入っており、次郎吉に至っては夕飯前に風呂を済ませていたのだという。
「おいはもう寝っで。明日は朝行くからよろしくな」
テオもリアムも割り当てられた部屋へと向かう。次郎吉とは居間を挟んで反対側だ。
開け放して続き間になっている部屋の少し広いほうがリアム、ほんの少し狭い方がテオだ。布団がきちんと敷いてあって驚く。
「途中でサヨコ殿が抜けて支度してくれたそうだ」
「うわー。そうだったんですか。申し訳ない」
自分に割り当てられた布団へとテオは腰を下ろし、昼間に買ってきたばかりのふわふわの布団の手触りを確認してみた。ふかふかで気持ち良くて自然と頬が緩む。
そんなテオに、同じく反対側の布団にあぐらをかいていたリアムがゆっくりと口を開いた。
「テオ、お前はカホ殿の作る食事を独り占めしてたな?」
「……!?」
すごい勢いで振り返るテオはリアムの呆れ顔を見つける。
「え、なんで団長知ってるんですか」
「あっさりと認めやがって……まあいい。お前がミノルと吞んでいる間にカホ殿と少し話をした」
少し酔いが回った稔に夏帆の小さい頃の話を延々と聞かされていたっけと思い出す。確かお父さんと結婚すると言っていたという話をやたらされた。
「穴が開いた原因は分からんが、現状を双方から聞いておこうと思ってな」
「……カホちゃんは特に悪いこと考えてなかったでしょう」
「そうだな。そもそもお前のことを、本当の隣人だと思っていたと聞いた」
ムッとした様子のテオを見て、リアムの濃いグレーの瞳が愉快そうに細められる。ニヤニヤと笑うその顔は、左頬の傷と元々の強面と相まって最悪の人相だ。
(極悪人みたいな顔になってますけど)
テオはその言葉をぐっと飲み込んで口を開く。
「団長も、カホちゃんのご飯食べたんですよね」
「ああ」
「昼間、料理を残してましたよね?」
探るようなテオの視線を受け止め、リアムは頷いた。
「そうだな。彼女の料理には何かがあるんだろうな」
「何か分かりますか?」
「分からん。わからんが……」
言葉を切ったリアムをテオは待ったが、ゆっくりと首を横に振られてしまった。
「俺の推測でしかないが、恐らく小夜子さんの料理にも同じような効果がみられると思う」
「!」
どういうことなのか。テオはしばし考え、ふと思い至った。
「血筋に、何かあると?」
「さあな。これ以上は確証が得られたら話す。一か月も滞在するのだ、そのうち分かるだろう」
不満げな顔のテオにこの話は終わりだと言った後、リアムは強面を少し緩めた。
「しかし、カホ殿に構って欲しそうなお前を見るのは面白かったな」
「な!?」
思わず立膝をついたテオを見てニヤニヤするリアム。しつこいようだが、人相は最悪だ。
「ジョディに、是非とも教えてやらんとな」
「ジョゼット殿には言わないでください……」
この人相の悪い上司の妻を思い出してテオはげんなりと肩を落とした。国随一の魔法使いジョゼット。リアムと同じ年なのに若い見た目を保つ“魔女”と呼ばれる彼女は件の魔王を倒した勇者一行の1人だ。
「ロディ、うまくやってますかね」
「やってるさ。それにあいつらを残さなくては俺たちは戻ることができない」
元の世界に戻る召喚術を成功させる条件は3つだ。1つはあちらの世界が満月の夜であること。こちらの世界とは違い、月は三十日に一度だけ二日間満ちるのだ。
2つ、必要な力を持つ術者がいること……これに関しては国有数の召喚師が数人控えているので問題ない。
3つ、目印となるものがあること。この3つ目に強い契約で結ばれた竜たちの存在が必要だった。
だからこそ、魔法使いではなくて竜騎士というポジションの二人が選ばれたのだ。無いとは思うが、万一にも国の大事となればさすがの竜たちだって動くだろう。
「そうですね。サボればカティ殿に蹴り飛ばされますしね」
「ああ。蹴り飛ばされるくらいで済めばいいな」
「……帰ったら、王都が火の海になっていないといいですけど」
「そうなる前にジョディがうまいことやるさ」
魔法使いジョゼット。人に関心を持たない竜たちが、契約者以外に興味を持つ珍しい人間だ。稀にいるのだ、そういう珍しい人間が。しかし、ジョゼットは竜を持たない主義だとかで孤高を貫いている。
「明日は、魔王が封じられている所へ行くから、もう寝ろ」
リアムはパチンと手を叩いて消えない灯りを見て首を傾げ、笑いながらテオが立ち上がって電気の紐を引いた。
「ははは、こっちじゃ手を叩いても電気は消えませんよ」
数回引くと弱い豆電球に切り替わる。開け放していた襖を閉めながらテオは軽く頭を下げた。
「団長、おやすみなさい」
「……こちらでは騎士団のしがらみもない。昔のように、リアムさんと呼んでもいいんだぞ」
テオは嬉しそうに頬を少し緩めたが、ゆっくりと首を横に振った。薄暗い室内だけれど、夜目が効くリアムには見えているはずだ。
「おやすみなさい、団長」
「……おやすみ」
襖を閉じると、カタン、と音がした。ドアを閉めた時のような冷たい音ではなく少し温かみのある音だなとテオは思った。
今更リアムさんとは呼べないテオでした。
次、やっとアレです。お待たせしました。




