32 足元にお気をつけて
アレまで辿りつかない体たらくだったので、そこまで連続投稿しておきます。
◇◇◇
平田家で夕食を終え、炬燵に入ってのんびりとアイスを食べつつテレビを見たりしていたが、玲央が眠くなってきたようだったのでテオとリアムは次郎吉と共に花田家へと退散することとなった。
「明日は朝、上に行くから」
「分かった。じゃあまた明日な」
稔の言葉に、玄関前の数段ある階段を降りながら、次郎吉が後ろ手に懐中電灯を振った。黄色の懐中電灯の持ち手には油性マーカーで大きく『次郎吉』と書かれている。
だいぶ吞んでいたが大丈夫なのだろうかとテオは思ったが、次郎吉の足取りは意外にもしっかりしている。夏帆と母に慌てて挨拶をしたリアムが、吞みすぎだとぶつぶつ小言を言いながら次郎吉の横へと歩いていったので大丈夫だろう。
「ごちそうさまでした」
「いいのよ。どうせジロキチ兄ちゃんは晩御飯うちで食べてんだから。毎回こんなごちそうじゃないけどね」
今日は特別よと笑う母は奥から父に呼ばれて「テオくんも、おやすみ」と言い残して玄関から姿を消した。
志穂は玲央を寝かしつけているし、兄は酔っぱらって炬燵で寝ている。
なんとなく残されてしまった夏帆とテオの目線が合った。夏帆は上り口に立っているので今は夏帆の方が目線が高い。壁越しの視線も夏帆が全て見上げるものだったのに今は逆転している。
「なんか、夏帆ちゃんとこんな風に向き合ってると、改めて不思議だよね」
「そうですね。でも、楽しいです」
夏帆の言葉にテオも頷き返す。任務とはいえ、知らない世界の知らない場所に一か月も滞在しなくてはいけないと知った時に感じた不安が嘘のようだと思う。
「カホちゃんに会えて良かったよ」
「私も、テオさんが無事で良かったです」
二人で照れ笑いをし、なんとなく別れがたいけど、話すこともなくて沈黙が流れる。
「ええっと。じゃ、カホちゃんもまた明日ね」
「はい。おやすみなさい、テオさん」
玄関のドアを閉めようとしたテオだったが……。
「あ! テオさん、これ持っていってください!」
夏帆の呼び止める声にドアを再び開ける。懐中電灯を差し出す慌てた様子の夏帆の姿があった。上り口から下りているのでいつもの視線の高さだ。
(カホちゃん、やっぱりちっこいなあ)
「忘れてました。真っ暗なので危ないですから。これはここのボタンを押すと着いて、もう一回押すと消えます」
「へー。オレの世界にも似たのあるんだけど、こっちのが軽くて小さいし便利だね」
テオは明るい懐中電灯を玄関の外へと向ける。玄関の外の空っぽの田んぼが照らされる。端の水路まできちんと光が届くのを見て感心する。
「結構遠くまで明るくなるね。いいなこれ」
「あると便利ですよね。明日、またここに置いててもらえれば大丈夫なんで」
玄関に備え付けの靴箱の上を夏帆は指さした。植物と時計、カギを掛ける台のようなものが置かれている。懐中電灯はいつも定位置に置かれているのだろう。次郎吉の混沌とした靴箱の上とは違って整頓されている。
「うん。わざわざありがとうね、カホちゃん」
「いいえ、また明日。足元に気を付けてくださいね」
にかっと笑って手を振るテオに、夏帆も笑顔を浮かべて手を振った。
ガチャリ、と玄関が閉まる重たい音がしてからテオは懐中電灯を持って花田家まで歩き出した。
確かに、平田家の外灯が着いているので数段しかない階段は明るいが、そこから先は真っ暗闇である。
「本当はある程度見えちゃうんだけど。心配してくれるカホちゃんかわいかったなー」
竜と契約を結んでから、夜目が異常なまでに効くようになった。本当は見えるけど、夏帆の気持ちが嬉しかったのでテオは懐中電灯で照らしたまま歩く。
(足元に気を付けてなんて、久しぶりに言われたなあ)
幼い頃から竜と契約を結んだ彼は“普通の扱い”というものをされたことがあまり無い。夏帆のくれる当たり前の心配というものはなんだか少しくすぐったかった。
「あ。団長は到着か」
花田家の電気がぱっと着いたのが見えた。センサー付の外灯を付けているのだと次郎吉が説明してくれたっけ。付けるのも便利だし、勝手に消えてくれるのがすごくいいと言っていた。
(せんさーって言ってたっけ。……魔法使いたちの研究棟にある結界みたいなもんなのかな)
人が通ると反応して灯りをつける。そういうものはテオの世界にもある。もっとも一般に普及はしていないけれど。そう考えるとやはりここは興味深い世界だと思えた。学んだことと、実際に体験するのとではやはり違う。
テオは少し歩みを早めた。楽しいだけでは済まない、仕事で来ているのだ。
(オレも早く戻って、団長と話ししなきゃな)
▼ 次郎吉はセンサー外灯を取り付けた…!
▼ 鹿やイノシシにも反応する…!
▼ しかし、次郎吉は家の中で眠っているようだ…