30 テオさんとお買い物をしました
少し長めですが、キリが悪いのでこのまま投稿します。
明るい照明にたくさんの人。そして山積みされた商品にテオは目を丸くする。
(真ん中に筒が通っている……布、かな? こういう形のケーキあるよね)
店頭に積まれた本日特売のトイレットペーパーを見て首を捻るテオ。横から夏帆の手が伸びてきてテオが見ていた山から一袋取って、引いてきた大きなカートに放り込む。
「あ、カホちゃん。オレがカート押すよ。荷物いっぱい乗せたら重いからね」
この世界には興味深いものが多い。つい夢中になってしまっていたと反省して、夏帆からカートを受け取る。
「テオさんありがとう! 助かります」
自分で押します! と断るのもなんだか違うような気がして、お言葉に甘えることにした。お父さんや兄と行くとそんなことは言われないのでなんだかくすぐったい。
夏帆はスマホに目を走らせる。本日の晩御飯に必要なものと、荷物運搬係がいることにより母が確実にメモに増やしたであろう日用品系を順番に回収していかなくては。
テオは物珍しそうにあちこち見ているが、あからさまには見ない。目立たぬようにチラリ、チラリと視線を走らせているのだ。仕事柄なのかなんなのか上手だなあと夏帆は思う。もし自分が同じ状況下にあったらあっちもこっちも見て回ってしまうだろう。
(でも、見た目だけですごい目立ってますよ、テオさん……)
ちらちらと寄せられる好奇の眼差しを感じて夏帆は首を竦めた。すいません、こんな素敵な人にトイレットペーパーとか、長ネギが飛び出ている買い物カート押させて。
もやし、大根、ニンジン、水菜、長ネギ、エノキ……最後に春雨を入れて夏帆は首を傾げる。お肉が全く入っていない。なんなら野菜しか入っていないのだけれど大丈夫なんだろうか。鳥刺が入ってはいるけど、これはおつまみだろうし……。
「あ、お母さんだ。テオさん、ちょっとすいません」
スマホのメモ帳が表示されていた画面には大きく「お母さん」と表示されブルブルと振動を発している。なんというタイミングと驚きながら、テオに断ってから通話に切り替える。
『あ、夏帆? ごめんね、クロの餌を書くの忘れてた』
「もう無いの?」
『そう。悪いけど買ってきてくれるかしら』
「うん。それはいいけど、リストにお肉が書いてないけどいいの?」
『ああ、大丈夫。お肉はジロキチ兄ちゃんが買ってきてくれてるから』
やった! 今夜はおいしいお肉だと夏帆は笑みを零し、クロの餌の名前を聞いてから通話を切る。
「ごめんなさい、テオさん。クロの餌も買わなきゃいけなくて」
「いいよ。オレは全然分からないから、カホちゃんの行くところに着いていくよ」
夏帆が通話をしている間、興味深そうにカップラーメンを手に取って眺めていたテオはカップ麺を棚に戻しながら、別段気を悪くした様子もなく笑みを浮かべた。
(この軽い器の中にこの“写真”のようにスープが入っているのは、どんな魔法だろう)
賢者の授業では写真のことは学んでも、カップ麺のことまでは習わなかったようだ。
◇◇◇
その後、荷物を一旦車へ積んでから二階でクロの餌を買って帰路についた。さほど問題もなかったが、しいて言えばエスカレーターの降りるタイミングを見極め損ねたテオが少しよろけたことくらいか。
「あの“えすかれーた”は便利だね。王城にも是非導入して欲しいな」
「エスカレーターのあるお城って、なんだか不思議ですね」
「階段状は危険だから、もっとなだらかな登っていく坂みたいなやつがいいな」
「あ、それありますよ! 空港とかにあるやつです」
和気藹々と話しながら運転をする。街を抜けたので外はすっかり暗くなっており、対向車もまばらだ。急いで帰って下ごしらえしなくては。そう思いながらも夏帆は法定速度を守って前方をよく見て走る。
通行人は皆無だけれど、もう少し山に近づいてくると今度は鹿やイノシシにタヌキが出てくるので油断できないのだ。サルにも何度か遭遇したことはあるけれど、あれは全部昼間だった。
なんとなく会話が途切れ、車内にはオーディオから流れる女性の歌声だけになる。しかし。その沈黙は気まずいものではなくて心地よい沈黙だ。
ウィンカーを左に出して田んぼ道を進む。この平地を抜けたらもうすぐ到着だ。
今は暗くて見えないけれど、実家がある方向には大きな大きな山がある。その山は霊山として名を馳せていたり綺麗な公園もあって観光名所になっている。でも、それは夏帆の実家のある反対側のこと。こちら側は険しくて未開のままだ。
一応あるにはある山道を無理やりに登ってみようとすると、アスファルトでできた道がどんどん細くなり、砂利になり、土になり、水たまりと草だらけの道になる。それでも無理やり進んでいくとやせ細ったビワの木が目印の、大きな枯れた滝の前に出る。しかし、丸太でできた橋は腐り落ちてしまっていて渡ることはできない状態だ。
これからもそのままだろう。猟をしていたことのある祖父だって、それ以上は立ち入らなかったと聞く。
いくつか小さな山が連なっていて、さほど険しくもない一番小さい山が夏帆の祖父母の持ち山で、その麓にあるたった二軒が平田家と花田家だ。
「テオさんにまた会えて良かったです。まさかこんな山奥の実家でお会いするとは思ってませんでしたけど」
「あはは、オレもまさか、ミノルさんの娘さんがカホちゃんだなんて思ってもいなかったよ」
「……あの穴は、一体なんなんでしょうね」
「そういえば、広がってたもんね。あれからどう?」
テオの言葉に夏帆は首を横に振る。
「テオさんが居ないので布を開けてはいないんです」
「別に気にしないのに。でも、ありがとう」
「いえ、当然なので! テオさんの隣の人はびっくりしてなかったですか?」
「あー……実はオレ、角部屋なんだよね」
「!」
驚く夏帆にテオはぽりぽりと頬を掻いた。
「外から確認しても穴は開いてなかったし、カホちゃんは勿論いなかったよ」
「角部屋うらやましいです! 私、本物の隣人さんに会っちゃいましたよ」
「うわ、ごめん! もっと早く説明すれば良かったね。でも、なんて説明すればいいのか難しくて」
テオさんのせいじゃないです、と夏帆は慌てて言った。
「それから近所のスーパーに行ったら、なんと隣人さんがそこで働いてることが分かって、今では会えばご挨拶をする仲なんです」
不思議な御縁ですねと笑う夏帆に、テオは眉を顰める。
「えっと……。女の人?」
「いいえ、男性でしたよ。なんと同い年だったんです。偶然ってすごいですよね」
「……そいつにもご飯作ったりしてんの?」
なんだか不機嫌そうなテオの言葉に、夏帆は慌てて否定する。
「作ったりしませんよ! ただのお隣さんですもん」
「ふーん。オレには作ってくれたのに?」
「だって、テオさんとお隣さんは違いますもん」
「! ……そっか」
夏帆の答えにテオは顔を左側へふいと向けて、真っ暗な窓を見つめる。
テオの耳が少し赤いのだけれど、前方を見て運転する夏帆には見えないし、なんだか頬が火照ってきた夏帆はそれどころではない。
(あれ、なんか私、すごい恥ずかしいこと言った気がしてきた……)
車をいつもの草地へと駐車する。この辺りが暗くて良かったと初めて思った。
「テオさん、到着です」
「ありがとう、カホちゃん。運転お疲れさまでした」
何食わぬ顔で告げると、テオも知らん顔で返してくれた。玄関から人影が出てくるのが目に入る。大きさから推測するにリアムだ。荷物運びを手伝ってくれるのだろう。
なんだか名残惜しい気もするけれど、夕飯の準備が待っている。夏帆はゆっくりとドアノブを引くのだった。
やっと晩御飯にありつけそうです。長かったですね…。
夏帆の家は、お野菜を貰ったりもするのである時は半端なく大量にある。無い時は何もない家です。
良かったね、テオ。野菜鍋は回避できました。
次郎吉さんはどんなお肉を買ってきたのでしょうか。