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27 メガネをかけた賢者

「近くに妹がおる」

「ああ、あの隣の家ですか」


 近くにはあの家しかないように見えた。テオがやってきた道とは反対側にはまだあるのかもしれないけれど。


「そこにリアムもっから、荷物を置いてから後でっとよか」

「ミノルさんもそちらに?」


 次郎吉は振り返らずに頷いて立てつけの悪くなってきた引き戸を軽く持ち上げて鍵を入れた。経年劣化で鍵穴が合わないのだ。


るよ。みのるじゃっでな」


 この世界の勇者と賢者のことはよく知らない。ただ、召喚された時に勇者は43歳、賢者は20歳だったということは聞いている。初めて聞いた時にはずいぶんと年を召した勇者だと思ったものだ。


 ガタガタと音を立てて玄関が引き開かれ、次郎吉はさっさと上がってしまう。


 上がれと手招きされて、テオは恐る恐る玄関へと入る。靴箱の上には口に魚を咥えている猛獣の木彫りに、犬の魔物のような生き物が2匹対になって並べられていた。かと思えば大きな貝殻が置いてあったり、その隣にはビーズで飾られた写真立てがあってその中には幼い少女と兄らしき少年が笑顔で映っていた。


(ジロキッサンは、魔物の像も集めてるのか……さすが勇者は違うな)


 あまりジロジロと見ても失礼だろうし、勇者の秘儀とかあるのかもしれないとテオは思って見なかったことにした。


「お邪魔しまーす」


 先に上がった次郎吉に倣って、テオはあちらの世界から履いてきた黒い革のブーツを脱ぐ。賢者の指導により、こちらの世界に来てもさほど目立たないようにと洋服のレクチャー、基本的な生活様式等については一通り学んできた。


「リアムとテオはこの部屋を使うとよか」


 案内されたのは玄関より上がって左に進んだ奥にある二間続きの部屋だった。間のふすまは外されて壁に立てかけてあり、とても広く見える。


(ああ、これが畳か)


 草を干して編んだものだっけと思いながらその上を歩く。テオの知っている部屋はだいたいが土足のままだったから靴を脱いで上がること自体が不思議だったが、これなら当然だなと納得する。


 次郎吉に家の中を説明され、この家と外に納屋と使用していない牛舎があるのだと言われた。とりあえずすることも無くなりリアムの所へ行くことにする。次郎吉は畑に肥料をまくからということで、テオは一人で玄関から出た。


 あちらを出発したのは昼前。空腹を感じて腹をそっと押える。


(団長もお腹空いてるんだろうな)


 一足先に到着した彼の上司が少し腹ごしらえを済ませてるとは夢にも思わず、空きっ腹をかかえて、のどかな田圃道を歩き、テオは稔の家へと向かった。


「ワンワン!! ワン!」


 けたたましく吠える声にテオは驚いて足を止めた。庭先に繋がれた大きな黒犬が狂ったように吠えているのだ。前足が完全に宙に浮いている。


(め、めっちゃ怒ってる)


「こら、クロ。テオくんが驚いてる」


 ガラリ、と縁側のガラス戸が開かれて現れた見知った賢者の姿にほっとする。犬は口を閉ざし、興味を無くしたように小屋へと戻っていった。


「ミノルさん!」

「思っていたより早く着いたね。ようこそ、我が家へ」


 この平田家の主であり、異界では賢者と呼ばれる男は、ずれかけたメガネを押し上げてにこっと笑った。


「ごめんね、分かりにくいんだけど玄関はあっちなんだよ」


 左を差されてテオは頷く。回りこむと確かに玄関があった。次郎吉の家とは違ってテオにも少し馴染み深い形のドアだ。ガチャリと開く音がして中からよく見知った強面の顔が覗く。しかし、見慣れた毛先の赤色は無い。テオと同じで契約竜より遥か離れてしまって影響を受けなくなっているのだ。


「パストーリ団長!」

「テオ、ジロキッサンの相手をありがとう」

「いえ」


 テオは苦笑いを浮かべた。来る前は勇者が苦手だったが、今は少し違う。こう言ってはなんだが……とても普通の人に思える。


「せっかく来てくれたのに悪いんだけど、うちの奥さんが出かけちゃってるから外食でいいかな」


 リアムの後ろから稔の声が聞こえてきてテオは頷いた。空腹の彼には願ってもない申し出だった。


「もう一時半か……帰ってきたら奥さんと娘も帰ってくる頃だろうから紹介するよ」


◇◇◇


「晩御飯の買い物してから帰る?」

「うーん……一旦帰ろうか」


 夏帆の提案に母は少し悩んだが帰ると伝えた。


「ちょっと面倒くさいけど、荷物がいっぱいでしょ」


 夏帆の軽自動車の後部座席は新しいシーツに新しい枕、安いけどあったかい毛布が二つもどんと置かれた上に、母と夏帆の買った冬物の服が乗っている。


「面倒くさくない? 詰めればなんとかなりそうだよ」


 夏帆の言葉に母は首を横に振った。


「確かに面倒くさいけど、今日はお兄ちゃんたちも来るし、お客様もいらしてるからね」

「え、あのお客さんも一緒に食べるの」


 あの強面の腹ペコのお客さん……。すごく食べそうだし、確かに荷物を一旦下ろしたほうがいいかもしれない。


「そうよ。あと一人連れてくるってお父さん言ってたから」

「もう一人来るんだ」


 前もって何か言っていて欲しいと、夏帆は内心溜息を零す。父と母はマイペースすぎるのだ。


「ジロキチ兄ちゃんちに泊まる予定なのよ」

「あ、だから枕とシーツをこんなに買ったの」

「そうよ。だってあの家のシーツ防虫剤臭いもの」


 ちなみに、夏帆のおばあちゃんちのタンスも同じ香りがした。


 夏帆の母は戸籍上は次郎吉の養女にあたる。しかし、母は20も歳の離れた義父を父とは呼ばずに、“じろきち兄ちゃん”と呼ぶ。そして孫にあたる息子と娘にも“花田のおじちゃん”と呼びなさいと指導し今に至るのだ。


 近所には、次郎吉の家と山の上に祖父母の家しかない。友だちの家は一キロ以上離れているという距離感だったので、牛舎で作業する次郎吉を手伝ったりして仕事をしながら遊んだものだ。


「じゃあ、このまま家に戻るね」


 午後三時。夏帆は実家の方向へハンドルをゆっくりと切った。

お父さんは、賢者さま☆

勇者は牛を少数だけ飼っていました。


次話、やっと夏帆ちゃん帰宅。

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