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13 テオ、未知との遭遇

「どうですか? お腹いっぱいになりました?」

「うん。もう腹いっぱい。美味しくて食べすぎちゃった…こんなに満腹なのは久しぶりだよ」


 料理を褒められて嬉しいのだろう。穴の向こうで黒髪の女性がはにかんで笑った。かわいいなと思って自然とテオも笑い返す。


「あ、そうだ。テオさんコーラ飲みます?」

「こーら?」


 テオは首を傾げる。何だろう…飲みますって言うくらいなのだから飲み物なのだろうけど。


(カホちゃんがくれるんなら、きっと美味しいものだよね)


「いいの? 飲みたい」

「良かったー! くじ引きでひと箱当ててしまって困ってたんですよ」


 ちょっと待っててくださいね。そう言い置いて夏帆が穴の前から姿を消す。しかし、すぐに戻って来た。手にはその…真っ黒な液体が入った細長い筒とコップをもっている。


(なんか、すっごい黒い…。回復薬ポーションより苦そう…)


 しまった。何かミスったかも。テオはなんだか背中がじっとりとするのを感じたが、今更断るわけにもいけない。


「え、ええっと…くじ? くじ引きでこんなん貰えるの…?」

「そうなんですよ。4等だったからやったー! って出てきたら段ボール入りのコーラで」

「こーら。へー、こーらだったんだ」


 中身が半分以上残っている、その巨大な透明の筒を夏帆が開ける。シュッ! と炭酸の抜ける音がするが、テオにとっては何かの魔法の音にしか聞こえなくてゴクリ、と唾を飲み込む。


(で、でもくじ引きの当たりで貰うくらいだし。カホちゃんが毒なんて渡すわけないし…ね!)


 だらだらと冷や汗を流しながら自分に言い聞かせるテオには、昼間の竜騎士団副団長としての威厳や恰好良さは皆無。部下が見たら驚いた上に二度見すること請け合いだ。


「じゃあ、テオさんの分を入れますね」


 とぽとぽとぽ……しゅわわわわ!!


 コップに注いだ途端に黒い液体が白い泡を発し、その泡は勢いよくコップのフチへと迫る。しかし夏帆は気にせずどぼどぼと注ぐ。


(なるべくいっぱい飲んでもらいたいなー)


 用意したコップは、夏帆の家で一番大きいコップ。分厚いのに持ちやすい、ビー玉に似ているコップだ。ちなみに自分用には細くて小さなグラスを用意した。あんまり飲みたくないので。


(え、なんかグラスに注いでる。っていうか、あの大きい方がオレ用とか? まじかー)


 不幸なテオの予想通り、綺麗なグラスに注がれた黒い液体は笑顔の夏帆てんしに差し出された。

 大きな筒に入っていた時より薄くなり、本来は茶色に近い色なのだと分かった。


(薬草を煮詰めた色に似てる…)


「あ、ありがとうね」


 引き攣った笑顔で受け取って、グラスの持ちやすさに目を瞠った。テオの暮らす場所にもグラスはあるが、こんなに美しく分厚い物はない。


「このグラス、すごい綺麗だね」

「そう言ってもらえて嬉しい。ビー玉みたいで綺麗だよね」

「びーだま?」

「あ、ビー玉は知らないよね…ですね」


 嬉しくて敬語を忘れてしまっていたことに気付いて、夏帆は口を押えて言い直す。


「あはは、敬語じゃなくてもいいのに。オレはカホちゃんの上司じゃないんだからさ」

「うーん…もう少し慣れたら自然に取れるかもです」

「あはは、まあカホちゃんの好きなようにしていいから」


 笑いながら手元のグラスをゆっくりと顔に近づけた。ふわりと立ち上る甘い香りに目を瞬かせた。


(あれ?これは意外と美味しいパターン?)


 目の前では夏帆がにこにこと笑顔を浮かべている。なんというか、キライなはずがないと思っている笑顔だ。テオは覚悟を決めてぐいっと口を付けてグラスを傾けた!…そして、勢いよくむせた彼は激しく咳込む。


「わわ! テオさん大丈夫!? そんなに勢いよく飲むなんて」


 夏帆が慌てて立ち上がり、穴から手を伸ばして横を向いて咳をするテオの背中をトントン、と叩いてやる。


「ゲホッ、ゲホッ……あー、ありがとうカホちゃん」

「炭酸をそんなに勢いよく飲んじゃだめですよ。そんなにコーラ好きだったんですか」


 呆れたように笑う夏帆にテオは曖昧に笑った。初挑戦の飲み物をこんなに勢いよく飲んだと聞いたら彼女はどんな顔をするんだろうか。しかしそれはぐっと飲み込み、口元を拭った。落ち着いた様子を見て夏帆の腕がスルリと穴から戻っていくのを見て、少し残念な気がした。


「これ、甘いけど刺激があっておいしいね」

「?」


 きょとんとする夏帆にテオは立ち上がる。


「そう、オレもお土産買ってきたんだよ」

「え? ああ、一品買ってくるって本当だったんですね。…でも…」


 夏帆のお腹はもう一杯だ。申し訳なさそうな表情の彼女にテオは薄いアイスブルーの瞳を片方軽く閉じてウィンクをして茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべた。


「大丈夫、別腹枠だからね。お楽しみに!」


 そう言ってテオは穴の前から姿を消す。

 初めてウィンクというものをまともにくらった夏帆は硬直したままだ。


(え、ええええええ…ずるい、かっこいい)


 普通の男がウィンクなんぞしたら、夏帆はきっと生暖かい笑みを浮かべていただろう。しかしテオは違う。見た目もいいし、中身もお茶目で素敵なのだ。


 頬に段々と熱が上がってくるのを感じて頬に両手を押し当てた。テオの足音が戻ってくる。夏帆は心臓がバクバクと音を立てるのを感じながら穴を呆然と見つめていた。

一番大きなビー玉みたいなグラスは、彼女が焼き物展に行った時に298円でゲットしてきたプライス品です。

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