14 甘い物は別腹です
「カホちゃん、お待たせー!」
「あ、いえいえ、全然大丈夫です」
アッシュグレーの髪の毛が穴の向こうに覗く。夏帆は平然を装って首をぶんぶんと横に振った。
「ん? カホちゃん、クロゼットの中暑い?」
「あ、そうかもですねー! でも平気なんで!」
頬を赤くした夏帆を見て少し心配そうだったが、本人がそう言う以上は追及もできない。
「はい、これ…通らないかも。ええっと、オレが手で持ってもいいかな?」
「はい。大丈夫ですよ」
何だろうと、穴を覗き込む夏帆。穴の向こうではテオが箱から何かを取り出しているけれど、よく見えない。
「はい、カホちゃんどうぞ。いくつかあるんだけど…ベリー味で良かったかな?」
「!!」
カップケーキの上に大きなピンク色のバラが咲いている。
テオが渡してきたのはココア生地のスポンジ上に、ピンク色のクリームで精緻に造形されたバラが花開く、小さなカップケーキだった。
「わああ! テオさん、これすっごく可愛いですね!!」
「喜んでくれて良かったー! アリアさんに相談した甲斐があったよ」
カップケーキを上から下から横から覗きこんで嬉しそうに笑顔を浮かべる夏帆。その笑顔が見れてテオはほっとする。やはり女性のことは女性に聞くのが一番なのだ。
「あとは…こんなのもあるよ」
テオが差し出したのは…よもぎ色のスポンジ上に小さな竜が乗ったカップケーキ。
「かわいい!! これってドラゴンですか?」
「どらごん? 小さな竜だよ」
あれ? ドラゴンて英語じゃないのと夏帆は首を傾げる。しかしそんな小さな疑問は次に渡されたカップケーキにかき消されてしまう。
「わあ! こっちも可愛いですね! 雲に虹がかかっているんですか?」
「うん。ちょっと配色がすごいけど可愛いよね」
小さな花がたくさん敷き詰められたカップケーキの上には丸い虹がクルリとかかっている。とってもかわいい。
「テオさん、ありがとうございます!」
「うん。これなら食べられそう?」
「はい! あ、テオさんは食べないんですか?」
夏帆の言葉にテオは少し考える。
「カホちゃんが食べきれるなら全部食べていいんだよ」
確かに美味しそうだし別腹だけど、実は結構お腹いっぱいなのだ。
(それに何より、テオさんと一緒に食べたいな)
「ええっと、せっかく頂いたので2つ食べちゃってもいいですか?」
「3つとも食べていいんだよ?」
「いいえ、3つも食べたらお腹いっぱいで動けなくなっちゃいます」
テオは笑い、頷いた。夏帆はお茶を入れることにして断りを入れてから立ち上がる。手には可愛らしいカップケーキをしっかりと持ってキッチンへと向かった。
◇◇◇
マグカップにホットティーを入れて穴の前へと戻ると、テオが手を振ってくれた。
おしゃれでもなんでもない、貰い物のマグカップが少しだけ恥ずかしかったけれど、テオにもホットティーをひとつ渡す。
「ありがとう。あ、口もちゃんと洗ってきたんだ」
「えへへ、てかてかになっちゃってましたから」
食器類は先ほどお湯を沸かしている間に片づけてしまったので片付いている。お皿に並べ直したカップケーキを夏帆はまじまじと見つめる。
(かわいい! どれを食べようかな)
そんな夏帆をテオはにこにことして見ている。真剣に悩む彼女はなんだか可愛らしくて自然と頬が緩むのだ。
「うーん…テオさんはどれが食べたいですか?」
「オレ? オレは別にどれでも…」
テオの言葉が途切れ、何か思案するようにじいっと夏帆を見つめる。
「……その竜の乗ってるやつは、カホちゃんに食べて欲しいな」
「テオさんはいいんですか?」
「うん。オレ、竜好きだから食べて欲しい」
不思議な言葉に首を捻ったが、竜のカップケーキは珍しくてかわいい。断る理由なんて無かった。
「じゃあ、この竜のやつとー、うーーーーん…バラのやつにします!」
さんざん迷って選んだ二つ。それだけを残し、夏帆は小皿に虹のカップケーキを移してテオに渡した。
「テオさん、ありがとうございます」
「こちらこそ、ご飯まで作ってもらっちゃった上に紅茶まで、ありがとう」
薄いアイスブルーと黒い瞳が一瞬絡まり合い、そっと逸らされた。
「じゃ、じゃあ食べようか」
「そうですね。いただきまーす」
「いただきます」
テオはパクリと一口で食べてしまって夏帆は驚く。
「ひ、一口で…!」
「だって小さいもん」
「ひー…! 勿体ない…。私は大切に食べますよー」
小さな竜は薄い水色で、少しだけテオの瞳の色に似ていると思った。なんだか勿体なくて最後まで皿の端に置いておいてから最後に食べた。
その様子をテオはなんだか嬉しそうに眺めていたのだった。
「はー、もう九時なんですね! テオさんは明日はお仕事ですか?」
「そうだよ。明日は朝から勤務」
「そうなんですね。次のお休みはいつですか?」
夏帆の言葉にテオは首を捻る。
「いつだっけかな。仕事場に行けば分かるんだけど…なんで?」
なんで、と面と向かって聞かれるとなんだか尻込みしてしまう。
(また、一緒にごはん食べたい)
「またご飯作ってくれるとか?」
「!」
夏帆の頬がぼっと染まる。それを見たテオも少し頬を染めた。
「はい、ご迷惑でなければ…一人のご飯ももう飽きちゃいましたし」
「迷惑なんてとんでもないよ! オレこそ作ってもらってばっかりだから」
「いいえ、テオさんが美味しそうに食べてくれるのを見るだけで…」
言いかけて夏帆は口を閉ざす。
(見るだけで幸せって…! 恋する乙女かっ!!)
違う、この食いしん坊の青年のお腹を満たす…そう、給食のおばちゃん的な気持ちなのだと夏帆は自分に必死に言い聞かせる。彼は隣人、たまたま少しだけ仲良くなれた隣人隣人、隣人ったら隣人。
「あはは、カホちゃんて面白いね。オレは大歓迎だよ! また、何かデザートかお菓子を探してくるよ」
「!」
テオの言葉に夏帆は顔を輝かせる。
(良かった、これでまたテオさんに会える!)
「オレの休みは…そうだね、何日後か分かったらこの穴から入れておくよ」
「あ、でも文字が…」
テオは少し思案気だったが、頷いた。
「大丈夫。それまでには数字くらいは書けるようにしとくから…たぶん」
「あはは、漢数字じゃないならきっと大丈夫ですね。よろしくお願いします」
「カンスウジ? うん。また入れておくよ」
また会う約束をしてから、二人はおやすみなさいを言った。
二人の壁…世界を隔てる薄布が下され、またそれぞれの日常が始まるのだ。
唇テカテカはちゃんとテオくん見てたみたいですよ(小声)
そろそろ皆様お待ちかね、リアル隣人のターンです。




