7 明かされた野望
普段なら静穏に包まれる夜。だが、今宵は大衆が狂喜している。
太鼓を打ち鳴らし、人々は歌って踊る。
歌も踊りも全てが不揃いで決して綺麗とは言えない。
それでも、この表しようの無い喜びは見ているだけでも嫌と言うほど伝わってくる。
――なんたって、今日は脅威が消えた日なのだから。
白鬼と勇猛果敢に戦ったナクシアやセレストは今や街の『英雄』とされ、この宴の主役だ。
二人は見るからに高価な椅子に腰掛けているが、その表情はとても安らいでいる。
普段座る事も出来ない様な椅子だ。新感覚にも近い新鮮な座り心地に安らぐのも無理は無い。
そんな二人の前では沢山の人間が終わる事無く歌って、踊り続けている。
(早く終わらないかなぁ?もう眠いよ……)
セレストは重い瞼を持ち上げて大きなあくびをした。
すると、そこでこの宴の司会が口を開いた。
「皆さんの歓喜の気持ちは分かります。私も踊りたいくらいです。ですが、この戦いで幾多もの方達と白鬼討伐隊中隊長のアカザさんが尊い命を落としました。そんな命を賭してまで私達に平和を齎して下さった方々に黙祷をしましょう」
(はぁ……まだ終わらないのかぁ……)
セレストは再び心の中で呟いた。
そんな中、疑問に思ってセレストが隣に目を向けた。
自分がここまで眠いなら、ナクシアだって眠いに違いない、とでも考えたのだろう。
だが、セレストの予想を裏切り、ナクシアは身じろぎ一つせず正しい姿勢を保っていた。
無論、ナクシアは神衛帝国騎士隊に所属していた頃は国単位の数多い式典にも出席していた。それに比べれば、こんな事など容易いのだ。
しかし、セレストの驚きは凄まじいものであった。
目はかっと見開かれ、口は半開き。眠気など何処かへ吹き飛んでいってしまった。
ただ、二人が知り合ってまだ三日足らず。お互いをよく知らなくて当然である。
――と、その時、カルトが二人の方へ走ってきた。
「はぁはぁはぁ……ゲオルクさんがお呼びです!討伐隊本部の大隊長室へお越し下さい!……それにしても、止めを刺したのは僕なのに……」
息を喘がせながら放ったその言葉にはナクシアとセレストに対する嫉妬の念があからさまに込められていた。
ナクシアはぼそっと礼を言うと、セレストと共に本部へと足を進めていった。
◆
「よくお越し下さいました!ご紹介が遅れましたが、私は白鬼討伐隊大隊長――つまり創始者のゲオルクと申します」
ドアを開けるなり、二人は突然の挨拶で出迎えられた。
声の主は白鬼討伐隊大隊長ゲオルク。
赤地のロングコートに身を包み、腰には使い古されているものの手入れは欠かされていないレイピアが携行されている。40代ではある筈だが皺などは無く、白髪交じりの髪だけが年齢を彷彿とさせる。
すると、ゲオルクは話を続けた。
「いやァ、通りすがりの方に白鬼を倒して頂くとは思いもよりませんでしたよ。これで我々討伐隊――いや、街全体の脅威が消えた。感謝しています。――――そして、貴方方には我々の夢の為に死んでもらいます!」
言い終わらぬ間に、ゲオルクは不意にレイピアを構えて突進した。
前触れ無く吹き抜けた鋭い突風。
瞬時に横へ身を避けた二人だったが、全ての旋風を避けきる事は出来ず、頬には細く赤い線が刻まれている。
「一体何で!?」
セレストの問いにゲオルクは当然のように答えた。
「我々は支配力を持って、この街を平定するのが目標であった。だが、そこに大きな邪魔が入った。白鬼だ。ただ、その脅威が消えた以上、新たな邪魔方を殺すしか道は無いのだッ!」
ゲオルクはレイピアの切っ先をナクシアに定め、静かに叫ぶ。
「貫く彗星!」
身の危険を素早く察したナクシアは咄嗟に、その場にあったポールハンガーに手を伸ばした。
直後、レイピアとポールハンガーがぶつかり合う。
しかし、レイピアとポールハンガーの力量など天地の差。直ちにレイピアはポールハンガーを貫いた。それでもレイピアの勢いは止まる事無く、ナクシアへ一直線に向かっていく。
ナクシアは側転回避して、間一髪でレイピアの一撃をかわす事が出来た。
そして、ナクシアがついコンマ数秒前まで居た場所の壁には鋭い一撃の跡が深く残されている。
だが、彼に安堵の時は無い。
武器すら持たない彼を相手に、野望に燃える男はレイピアの鋭い連撃を止める事は無いからだ。
一秒間に何度も繰り出される刺突が回避するナクシアの後を追っていく。
ナクシアは武器すら持たず防戦一方。このままでは全身に風穴を空けられるのも時間の問題だ。
すると、セレストがゲオルクの背後から飛び掛かった。
双剣の切っ先はゲオルクの背中を正確に捉えていた。
だが、ゲオルクは紙一重のところで蹴り上げ、双剣を彼女の手の中から吹き飛ばした。
セレストは不意を打たれ愕然としていたが、直後、手を駆け巡る痛みに表情を崩す。
そして、ゲオルクはその無防備な姿を見逃す筈も無く、今度は腹を強く蹴り付けた。
どっと鈍い音と共に少女の華奢な身体は強かに壁に打ち付けられる。
「うぅっ……」
だが、ゲオルクはそこでセレストに止めを刺すような事はしない。
拙い少女の剣に構うよりも、侮れぬ歴戦のナクシアを先に消す、絶対に相手に隙を見せない、などの彼なりの考えがあるからだ。
流石は戦に手馴れた策士と言ったところか。その行動一つ一つが数分先を綿密に考え、隙はどこにも存在しない。
そのあまりの手強さを実感したナクシアは眉間に幾筋もの皺を寄せながら、壁に飾られている長剣を手にした。
そして、ナクシアは新たな得物の感覚を確かめる為、全神経を腕の延長に集中させ、虚にバツを描くように剣を振るった。
シュン、シュン、と空気を斬り裂く刹那に幾つもの情報を読み取る。
暫くは表情を変えなかったが、剣の大体の特性を把握すると、更に眉に皺を寄せた。
「――実戦には使えないと分かったでしょう。何せ、それは観賞用に作られたものです。光沢はあって錆びもしませんが、鈍く斬れ味も良くありませんよ?」
ゲオルクの言葉にナクシアは黙秘を貫く。
そんな光景を前にゲオルクは一言。
「相変わらず無口なお人だ――」
直後ゲオルクは残像のみを残して、目にも留まらぬ豪速で突っ込んだ。ナクシアもそれを見切っていたかのように、ゲオルクのレイピアの軌道上に長剣を持っていった。
そのコンマ数秒後に激しい火花が飛び散る。互いの得物同士がギシギシと擦れ合い、不快な音と共に摩擦熱によって両者の武器が仄かに赤熱していく。
やがて、両者は武器を反発させて再度剣戟を交えた。
両者の得物は見えないながらも、絶えず飛び散る火花がその激しさを物語っている。
この戦いはもう誰にも止める事は出来ない……。
◆
数時間が経過した。あれからどれほどの剣戟を交わしただろうか。
セレストも固唾を飲んで見守っている。
両者の全身には生々しい傷痕が幾つも刻まれており、見るに耐えないほどである。
だが、そんな長期戦も今、終わろうとしている。
ゲオルクはナクシアの一瞬の隙を狙って怒涛の快進撃に出たのだ。
そして、数箇所を穿たれて膝をついたナクシアの頭に、ゲオルクがレイピアの剣先を押し付けている。
ゲオルクは安堵にも似た達成感を感じながら、口を開いた。
「ようやく……ようやく……私の夢が叶う時が来た……。今まで、それはそれは実に長い月日だった……。しかし、今こうして生来の夢が叶うとは……」
「……一つだけ訊きたい。お前は何故支配をする?」
思っても見なかったナクシアの発言にゲオルクは答えた。
「何の為に?今更ですか?――そんな事は貴方も分かりきっているでしょう?答えはただ一つ、統制によって更に良い社会を実現する為ですよ」
「……その為ならば、何十人が犠牲になっても構わないと?」
「ええ、勿論。要らない輩など斬り殺してしまえば良い。統制に抗う者は罪人と変わりません」
「……もしも、それが罪無き民だったら?発言権ぐらいは存在する筈――」
「――ここにはそんなもの無いッッ!!それ以上喋ると、お前の首は無い!!」
穏やかな表情から一変。ゲオルクは怒号を放ちながら、レイピアに込める力を強めた。
――すると、勢い良く部屋のドアが開いた。それと同時に室内に響き渡る叫び。
「ゲオルクさん!!祭事に士気を高めた一般民らが一斉に武装蜂起!もう本部内にまで大勢が押し寄せてい ます!ここが攻め落とされるのも、もはや時間の問題……!」
間違い無い。カルトの声だ。
それを聞くなり、ゲオルクはレイピアを掴んだままの右手を、そのまま前方斜め上に挙げた。
「守備を固めろ!全大隊・中隊・小隊に出動命令だ!!とにかく蜂起した奴等を片っ端から殺していけ!」
だが、カルトがそれを聞き入れ、応答の語句を発する間に、部屋内に大衆がどよめきながら流れ込んだ。
駆けつけた討伐隊員も応戦するも、数が数である。
討伐隊員数十名対武装一般民数百名。いや、もっとかもしれない。
あまりの人数に圧倒された討伐隊員が数秒刻みに倒されていく。
(勝ち目は……無い、か……)
ゲオルクはせめて道連れまで、と起死回生の策を講じた。
「流星乱舞ゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
レイピアを握り直し、左足を床に擦わせながら退いた。
そして、鋭いレイピアが周囲を手当たり次第に穿たんとする。
しかし、そんな彼の野望もここで果てる事となった。
――鈍い音と一緒に首が転がった。それは紛れも無くゲオルクの頭部。
驚愕一色に顔を染め、口をぱくぱくと動かしている。そんな生きている証も数秒後には絶えた。
ただ残された身体はレイピアを無造作に振り回すと、やがてその場に倒れこんだ。その行動からゲオルクの執念深さが感じられる。
その背後に立つのは英雄ナクシア。
横に一閃したであろう長剣は赤黒く濡れ滴っている。
そこでようやく事態を理解したのか、民衆は歓喜した。多くの人達が泣き合い、抱き合っている。
だが、中にもこの事が吉と来ない者が一人。
白鬼討伐隊の一員であるカルト。
彼はこの部隊に深い憧れと敬意を抱き、自ら進んで入隊した。
彼が人生を捧げてきた白鬼討伐隊。それが今呆気無く消え失せた。
胸の奥深くから込み上げるは、抑えようの無い憤激の念。
「――あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!お前のせいで白鬼討伐隊は消えた!僕が生きている時間の大半を捧げてき た勇ましき部隊が!全部、全部、全部全部全部全部全部、お前のせいだァァァァァァァッ!!」
その感情はカルトを支配した。もう理性など存在しない。
あるのはただ『破壊』のみ。
カルトは常時腰に差されている幅広な短剣を構えると、『破壊』を始めた。
彼の進行を妨げる群衆は皆、実に哀れな最期を迎えていく。
そして、カルトはナクシアに向かって猛った。
(――まずい……!)
彼の尋常ではない殺気から、咄嗟にナクシアは叫ぶ。
「逃げろ!早く逃げるんだ!――セレスト、どこか遠くの町へ逃げろ!コイツは俺に縁さえあれば殺しに行くだろう!だから、俺に構わず行け!」
自分でも吃驚するような言葉だったが、そんな事気にしてはいられない。
今は目の前の殺気に染まりきった魔人を倒す事に全力を尽くさねば。
ナクシアは疲れの溜まった身体に鞭を打ち、赤く濡れる長剣を構えた。




