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魔王VSハーレム勇者


 それは突然の事だった。


「来ますね」

「うむ、来るな」


 暖かい日差しを浴びながらバルコニーでおやつを楽しんでいた時、魔王城に転送しようとする団体の気配を感じたのだ。おやつの時間を切り上げ、魔王は謁見の間へと急ぐ。

 既にヴォスカは待機しており、やって来る団体を待ち構えていた。

 そして現れたのは、


「俺様は国王に選ばれた勇者だ。この俺様が来たからには年貢の納め時だな魔王さんよ」

「きゃー格好良いジェイド様!」

「御前に掛かれば魔王なんて一捻りだ!」

「大好きジェイド!」

「ちょっとあんた、どさくさに紛れて何言ってんのよ!」

「ジェイドは渡さないんだから」

「おいおい、あんまりくっつくな。戦えないじゃないか。魔王を倒したらじっくり愛してやるよ子猫ちゃん」


 そう言うと、腕に絡み付いていた少女の額に口付けをする。


「あー、ずるい! あたしもあたしも!」

「私が先ですわ!」




「なんなのですか、あの団体は」

「俗に言う『ハーレム勇者』だろうね」


 現れたと思えば、目の前でいちゃつき出す始末。いったい何をしに来たのか。玉座に座る魔王はポカンと口を開け、未だいちゃついている勇者達を見ていた。


「ほら、あんまくっついてると魔王が嫉妬すんだろ。見てみろよあの羨ましそうな顔。お前らがあまりに可愛いもんだから恨みがましく見てるぜ」

「やだー本当。気持ちわるーい」



「……殺しましょう今すぐに」

「ちょちょ、気持ちはわかるが待てって。魔王様の楽しみを奪う気か?」

「くっ、あのような下賤の者に見くびられるとはなん足る屈辱。勇者は魔王様に捧げるも、あの小娘共はオーガの餌にしてさしあげましょう」

「て、おい! 髪、髪が変化してるって!」


 見下すような目と言葉で魔王を侮辱するのが許せなく、怒りで髪が変化しつつあるハーベニー。纏めていた髪は乱れ、少しずつある形へと変化させる。

 魔王の邪魔をしてはいけないと、自ら自制させ呼吸を整えるが怒りは治まる筈もなく。戦いが終わった暁には、魔王を侮辱した大罪として、残ったパーティーメンバーの女達に恐怖と苦痛を与えようと決めた。


 魔王はというと、折角やって来たというのに未だ戦闘を行なう素振りを見せない勇者に首を傾げる。


「そなた、何しに来たのだ?」

「はっ、顔だけじゃなく頭も悪いようだ。俺様は勇者だ! 魔王は勇者に倒される存在。貴様を倒しに来たに決まってんだろうが!」

「いやーん、痺れるぅぅ」

「こんな奴御前の敵じゃねぇよ、さっさとやっつけようぜ!」

「勿論、援護はお任せ下さい。あのような汚らわしい者にジェイド様が汚される訳にはいけませんもの」


 漸く剣を抜き、挑発するような、馬鹿にしたような目で魔王を見る。その周りで燥ぐ女達は、次々に魔王に罵声を浴びせる。近くで殺意を必死に押し殺しているハーベニーに気付きもせずに。

 隣で息を荒くさせ、わなわなと震えているハーベニーを横目で見ては溜め息をつくヴォスカ。今まで色んな勇者がやって来たが、この勇者はかなり特殊なようだ。


(普通の勇者なら魔王様の気迫で怖じ気づくもんだ。余程の実力者か、或いはただの馬鹿か。ま、後者だろうな。魔力弱いし)


 早く戦いが終わらないかと願い、欠伸をしていると今度は勇者の自慢話が始まった。



「この間のリザードマンを倒した時の俺様の雄姿、お前にも見せてやりたかったぜ」

「あれは本当に格好良かったですわ。私が強化の魔法を唱え」

「俺がリザードマンを惹き付ける為に攻撃をしかけ」

「あたしが魔法で致命傷を与え」

「弱った所にすかさず止めを刺したあの姿! 正しく勇者って感じだったよね!」


「……?」


 勇者達の会話に首をまたも傾げる魔王。不思議そうな顔で聞いては首を何度も傾げる。


「そうそう、あの時も止めを刺したのはジェイドだったよな」

「……そなたは止めしか刺さぬか?」

「は?」


 折角盛り上がっていたというのに、いきなり割って入って来た魔王に不愉快な顔と声を出す。

 玉座から腰を上げ勇者達に近付くと、警戒してか女達は戦闘体勢に入った。


「先程から聞いていれば止めを刺すのは勇者ばかりだ。勇者なのだから先陣をきって戦ったりはしないのか?」

「なっ!?」


 痛いところを衝かれたのか、動揺し出す勇者。魔王の言葉に女達は考え、「確かに……」と何か思い当たる節が各々あるのだろう、あれ程騒いでいたのに急に黙ってしまった。

 焦った勇者は言い訳を述べるが、事ある毎に魔王からばっさり切られるのだった。


「パーティーなんだ、俺様をサポートするのは当たり前だろう」

「それはそうだが、自分よりも弱い者を先に戦わせるというのはどうかと思うぞ?」

「っ、敵の戦力を削ぐ為にそうする必要がある時もあんだよ!」

「それは敵の数が多い時の話であろう? 巨大な敵1人を相手にするのならば、強き者が盾にならねばならぬ」

「ぐっ……」


 クィーンを出せばキングを出され、スペードを出せばジョーカーを。唇を噛みしめ必死に頭を働かせるも、魔王を言い負かす言葉が見つからない。

 そんな勇者の横で心配そうに見つめる男勝りな1人の女剣士。左肩に大きな傷痕を残っているのを見て、魔王はその女剣士の肩に触れる。


「なっ、何をする!」

「ふむ。見た目程深い傷ではないが、肩が上がりにくいのではないか? 大切な仲間ならば何故手当てをしてやらない?」

「なんで……」


 ただ触れただけなのにも関わらず、怪我の状態がわかってしまい困惑する。しかも、悪逆非道と噂されていた魔王からはそのような雰囲気を感じられない。心配そうに傷を眺め、触れている肩が熱くなっていくのと同時に顔までもが熱くなっていく。


「勿論、私の治癒魔法で治しましたわ。かなりの深手ではありましたが、ここまで治療出来るのは私ぐらいなものですわ」

「ふむ、人間ではここまでが限界なのか」


 そう呟くと触れていた肩に手をかざし、暖かい光が肩を包む。


「ま、魔王が治癒魔法を!? 信じられませんわ……」


 回復専門のシスターが驚きで目を見開く。本来魔族は治癒魔法が使えない。真逆の性質だからだ。

 光が消えると肩から手を離し、女剣士に腕を動かしてみるように言う。するとどうだろうか、肩を上げる時に感じた痛みが全くないではないか。


「信じられない……あんなに痛かったのに、腕が回せるっ!」

「その傷痕も治そうと思ったのだが名誉の負傷と言うからな、残しておいた」

「え、消せるのかこの傷痕?」

「ん? 消して欲しいのならば消すぞ?」

「頼む! 消してくれ!」


 思わず魔王の手を握り悲願する女剣士。

 いくら剣士とはいえ彼女は女なのだ。魔物の爪で抉れた傷は醜く残り、いくら勇者を守った証だとしてもコンプレックスになるのは仕方のない事。

 傷痕が暖かな光に包まれ、どんな回復魔法も薬も神父が使う神の奇跡の力であろうとも、決して消える事がなかったあの傷痕が……


「嘘……」

「そんなっ、司祭様でも治せなかったのにっ!」


 抉れた傷痕は何もなかったかのように跡形もなく消えてしまい、回復専門のシスターも女剣士も驚きで口が閉じられないでいた。


「うむ。あの傷は名誉の負傷として格好良くはあったが、鍛えられた美しい肌をしておるのだな」

「な、な、ななな何言ってんのだあんたっ! 嘘言ってんじゃねーよ!

「嘘ではない」


 突然の魔王からの褒め言葉に動揺を隠し切れない女剣士。顔を赤くさせるが、魔王に掌を見られると顔を歪ませ目を逸らす。

「っ、女らしくねー手だろ。たこだらけだし、固いし……」

「そんな事はない。この手はそなたの努力の証ではないか。たこが出来るまで剣を振るい、豆が潰れようとも稽古積み重ねてきた証。余は、美しいと思うぞ」

「……ほ、本当か?」

「余は嘘は付かぬ。そなたの手は美しいぞ」


 最早女剣士は息が出来なかった。魔王の微笑みに胸が苦しくなり、モジモジとし出した。

 この状況に面白くなくなり、焦りだしたのは勇者だ。自分に惚れていた女が他の男に傾くなどプライドが許す筈もなく、女剣士の腕を引っ張る。


「騙されるな! こいつは魔王だ。魔族は人間を騙し貶める最低な種族。お前を誑かそうとしてんに決まってんだろ!」

「別に誑かそうとは思ってはいないのだが」

「黙れ! これ以上俺の女に触れてみろ、貴様の首撥ね飛ばしてやるぜ!」

「ジェイド……」


 まるで三文芝居。しかし勇者は決まったと思ったのかドヤ顔をしている。確かに女剣士はジェイドの言葉に、魔王に揺れていた心を再び勇者に向けたが、その後に起こるであろう悲惨な事態を考えていなかったのだ。


「その女剣士はそなたの伴侶であったか。それは怒って当然だな、すまぬ」

「わかればい……」

「ちょっとジェイド、どういう事よ」


 すっかり蚊帳の外だった他のメンバーが、悪魔も逃げ出す恐ろしい形相で勇者を睨んでいた。

 それもそうだろう、このパーティーは勇者ハーレムなのだから。何れ勇者の隣は私が……等と邪な思いを胸に秘め、史上最凶の魔王討伐という、苦労しかない旅を続けてきたのだ。


「ジェイドこの前言ってくれたよね? 魔王を倒したらあたしと二人だけで世界を旅しようって。あれは嘘だったの?」

「う、嘘じゃねぇよ! 俺様は本気で……」

「でしたら私に言ってくださった『御前の傍にいるのが一番癒される』と言うのも嘘ではないのですわよね?」

「あ、当たり前だ! 俺様は嘘なんかつかねぇ」

「ふーん、なら私に言ってくれた『御前が誰よりも綺麗だ』って言うのも本当だよね?」

「と、当然……」

「「それあたし(私)にも言ったわ!」




「……なんか話が可笑しな方向に行ってないか?」

「ふふ、宜しいではないですか。下種が追い詰められる様は滑稽ですもの」


 先程までの怒りは何処へやら。勇者が身から出た錆で追い詰められている様子を、ハーベニーは楽しそうに見つめていた。

 ハーレムを楽しむ為に敢えて気のある振りを全員にしてきた報いが来たのか。普段、自分の前では天使のような振る舞いをしていたメンバー達が、恐ろしい形相で迫って来る事に焦り、何時ものように上手い交わしかたが浮かばない。

 勇者が何も言わないので醜い女の争いに拍車がが起こる最中、又もや置いてきぼりにされた魔王はキョトンとした顔で止めの核ミサイルを打ち込む。


「ふむ。その女剣士が正室で後の女達が側室という訳か。それとも愛人なのか?」

「なっ!?」

「愛人ですってーー!!」


 とうとう押さえられなくなった女魔導師が勇者の首を締め出した。他のメンバーは止めに入る処か、意識を無くしかける勇者を問い詰めているではないか。謁見の間の隅で、それはもう愉快だと云わんばかりの顔でハーベニーが笑いを溢す。

 とても勇者と魔王が戦うような雰囲気ではない。圧迫により死の境目をさ迷おうとした時、正に神の情けとでも言おうか。勇者の脳裏に明暗が浮かんだ。


「ま、待て……りゆ、理由が……」

「理由?」


 漸く手を離してくれて必死に息を吸おうと咳き込む勇者は、この女だけは絶対に結婚しないと誓った。呼吸を整え、苦し気に切なそうな表情でメンバー達を見つめる。勿論演技である。


「俺様は勇者だ。常に死と生の狭間で生きている。そんな俺様が恋人を持てば、悲しい思いをさせるかもしれない。だから敢えて本命は作らなかったし、パーティーの中がギスギスしないように調子の良い事を言った。すまない。だがこれだけは信じてくれ……お前達に言った言葉は嘘じゃない」

「ジェイド……」


 あまり人に謝る事をしない勇者が頭を下げた。恋は盲目。たったそれだけで女達は勇者の言葉を信じたのだった。


「だから俺様は魔王倒す。全てに決着を付け、本当に愛している人の下に行く為に」


 そこは仮にも勇者を名乗っているのだから、平和の為にとでも言わなければ駄目だろう。しかし恋はマジック。脳内がお花畑の女達は『愛している人の下に』を自分の事だと思い込む。思い込みの激しさは正に天下一品。

 思惑通りに勘違いをしてくれた事に、心の中でほくそ笑む勇者。このメンバーの中で誰かを選ぶ事はない。魔王を倒したら王女と結婚の約束を国王としているのだから。魔王を倒した後は国王の命令だと言えば食い下がるだろうと考え、何時ものように先に戦わせ最後だけ美味しい所を頂こうという算段だ。正に塵である。


「さあ、終わらせよう。俺様達の戦いを」

「頑張ってジェイド! あんな奴一捻りよ」

「応援してるからね!」

「え……」


 剣を構え戦おうとする勇者の後方で、メンバー達は見守るように声援を飛ばす。理解が出来ず振り返ったまま固まっていると、


「これで最後だし、魔王を倒すジェイドの姿を目に焼き付かせてくれ」

「そうですわ。私はジェイドを信じております。必ずや魔王を倒してくれると」


 まさかの戦闘不参加。サポート無しで戦った事がないのは本当であり、勇者としての実力を見たいのが本音であろうが魔王を1人で倒せとは無茶振りも良いとこだ。しかし見た目とは裏腹に、目の前に佇む魔王からは強さを感じられない。危険であると感じれば直ぐ様助けるつもりだが、この魔王なら大丈夫だろうと思ったのだろう。そして勇者もその考えに辿り着く。


「……いいだろう。貴様ごとき俺様1人で充分だ。本気で掛かって来い!」

「いや、余は本気では戦えぬ。臣下に止められているからな」

「はぁ!?」


 真剣勝負を挑んだ矢先に折られてしまう。


「どういう事だ?」

「余が本気で戦うと世界が滅んでしまうからと、臣下に止められたのだ。余は別に滅ぼしたい訳ではないし、この場所では本気で戦わぬ事にしておる」

「ははははははっ!! こいつはお笑いだ。いるよな、話を盛り上げて実際は大した事がねぇっていう奴がよ。魔王ってのは口だけの野郎かよ」



「何自分の事を言っているのでしょうか、あの汚物は」

「……どんどん辛口になってるぞ。しかし……ちょっと調子に乗りすぎだな」


 ハーベニー程ではないにしろ、ヴォスカも魔王に忠誠を誓う一人。毎回振り回されては尻拭いをさせられているものの、魔王にすっかり深い情を抱いている。

 魔王はあまり自尊心が高くない。無駄にあるのも困るが、ないのも困る。おまけに怒りの沸点が低いため、魔王の実力を知らない者から舐められる事は良くある事だった。

 本人はまるで気にしていないが、仕える側からしてみれば屈辱以外何物でもない。

 普段温厚のヴォスカも、勇者の態度に苛立ちを露にした。


「魔王様! 今回は少しだけ本気出してもいいですよ! 城が壊れても文句言いませんから、とっとと終わらせて下さい」

「いいのか? よし、ならば頑張るとしよう」

「えっ、いや、少しだけですってば!」


 本気を出すなと口煩く言っていたヴォスカの許しを得て、魔王はウキウキで肩を回す。そのヴォスカの声が耳に届かないぐらいに。


「ふ、貴様が本気を出した所で俺様に勝てるわけねーけどな!」


 斬りかかろうと勇者が走り込む。一見隙だらけの魔王が本気を出そうが、勇者の自分が負けるはずがないと確信していたのだ。

 が、魔王の右手に強大な魔力が集まるのを目にし、慌てて足を止める。返り討ちにされては堪らない。魔王の攻撃を避けて反撃のチャンスを伺おうとするが、自信に満ちた顔が徐々に驚愕の表情へと変わる。


「なっ……」


 有り得ない程の濃密な魔力。その魔力の多さにも驚きだが、溢れる程の魔力を暴走させる事もなく易々と扱う姿は、正に史上最強と噂されている魔王だった。 魔王の魔力に地響きが起こり、足元がふらつく。肌に突き刺さる威圧。先程まで気の緩んだ顔をしていた人物とは思えなかった。

 戦う前に勝敗は決まっていたのだ。何故こんな化け物に喧嘩を売ったのか後悔すらし、死が勇者の頭を過る。


「いやだ……死にたく、死にたくないっ」

「逃げろジェイド!」

「!?」


 後ろで見守っていた女剣士の声で我に返り、震える足でその場を離れようとした。その時、魔王は溜め込んだ魔力を纏った拳を前へと勢いよく突き出す。


「はぁぁっ!」


 放たれた拳からの魔力の波動により、爆発が起きた。地響きと荒れ狂う突風に勇者一行は勿論、ハーベニーやヴォスカも衝撃に巻き込まれないよう結界を強め地に伏せる。


「っ、…たくなんて御方だ。ただの突きでこんな……て、ええぇぇぇええっ!?」


 地響きが治まり、多少の耳鳴りはするものの無傷のヴォスカ。足元に瓦礫とひび割れた床を見て苦笑いするが、顔を上げた瞬間、目の前の光景が信じられなかった。


 魔王の謁見室は勇者と戦う場所でもある。広さも去ることながら強度も高く、この世界で一番硬いと言われている、魔力の籠った鉱石で作られた物だ。おまけに城自体にも防壁の魔法が掛けられていた。それなのに、だ。


「城が……庭が…」


 謁見の間は当然見る影もなくなっていたが、魔王の一撃によって城は半壊。真っ直ぐに放たれた魔力の突きは、直線上に庭を崩壊させただけではなく、魔族領土を越え海を真っ二つ切り裂いた。

 何でもないただの正拳突き。それが魔王の魔力を込めたものとなれば、これ程までに恐ろしい攻撃になるのか。

 改めて自分が仕える魔王の強さに驚くも、恐怖心はなく、流石だと敬服するだけだった。魔王が強い事などわかりきっている。だからこそヴォスカは魔王の座を諦め、仕えているのだから。


「しかし……海まで割ってしまうとは。彼処はクラーケン様の縄張りだったはず。後で御詫びの品を届けに行かなきゃならないな」

「おお、クラーケンの御爺殿か。余も久々に会って、一緒に酒とスルメを食べたいな」

「……クラーケン様の前でスルメって」


 魔王達が団欒していると、瓦礫の山から勇者達が現れる。傷だらけになりながらも、どうやら魔法使いの結界で一命を取り留めたようだ。


「はぁ、はぁ……精霊石が……」


 魔法使いの杖の核になっていた精霊石が粉々に砕けてしまった。魔力増幅機能のついた精霊石。魔法使いならば、誰もが喉から手が出る程欲しがるお宝である。

 その伝説級の精霊石すらも、魔王の前ではただの石。一度の攻撃で砕けてしまった。


「大丈夫、ジェット? なんて奴なのあの魔王は」

「有り得ないですわ……此処まで実力の差があるなんて」

「ジェット?」


 魔王の攻撃から必死に勇者を守ろうと盾になり、勇者の心配をするメンバー達。勇者はガタガタと震え踞っていた。


「ふむ、まだ生きておったか。続きをするか?」

「く……降伏致しますわ。私達の実力では、到底貴方に勝てませんもの」

「ジェ、ジェットだけは助けてや……」

「うああああああっ、化け物! 来るな、近寄るな! この女達は全員くれてやるから俺の命だけは助けてくれぇぇ!!」


 百年の恋も冷めるとはまさにこの事である。

 命をかけて守ってきた勇者は、自分の命欲しさにあっさり魔王に自分達を売ろうとした。無様にガタガタと震え、下半身からはアンモニア臭が漂う。


「ありえねぇ……」

「サイテー!!」

「信じられませんわ」


 最早此処まで。完全に勇者を見放した彼女達は勇者の下を離れ、魔王に擦り寄る。


「流石魔王様ですわ。私、感服いたしました。どうか貴方様に支えさせて下さい」

「ふざけないで! あんた神に支えるシスターでしょ? 魔王様があんたなんかを傍に置く訳ないじゃない。その点あたしは有能な魔法使い。どうですか? あたしじゃダメですか?」


 魔王の腕に絡み付き、胸を押し付けるように上目遣いで見上げる。これで落ちない男はいなかったのだろう。自信満々な表情をしているが、当の魔王に変化は見られない。


「ふむ。そなたぐらいの魔法使いはこの国には沢山いるから余には必要ない。自国でその力を振るうが良かろう」

「えっ……」

「なら私が傍に!」

「お、俺だって傷を治して貰った恩を返したい。傍にいさせてくれ!」


 変わり身の早さは何と恐ろしい事か。先程まで勇者を持ち上げていた彼女達を、勇者は茫然と見ていた。


「相変わらず人たらしだねー魔王様は」

「イフ! 帰っていたのか」

「うん、今さっきね。魔王様の攻撃が見れなくて残念だったなー」


 見守っていたヴォルフとハーベニーの背後から現れた白髪の男。この男の名前はイフ。魔王の側近にして、不死身のイフと呼ばれているアンデットの王である。


「魔王様ー、報告が山のようにあるんで聞いて下さいよー」


 自分の周りで何やら騒いでいる彼女達をどうしたものかと思っていた矢先、旅から帰って来た臣下を目にし笑顔になった。


「イフではないか。よくぞ戻ったな」

「今帰りましたー。お腹空いちゃったんで、何か食べさせてくださーい」


 場の空気を業と読まず、ヘラヘラとした顔で手を振るイフ。


「おお、ならば食事にしよう。そなた達は帰ってよいぞ」

「なっ、待ってくれ! 俺は本気であんたに」

「そうですわ。このまま帰る事など出来ません。魔王様、どうぞこの私を御側に」


 この時、大人しく帰っていれば良かったものを。彼女達は魔王が折角見逃してくれたというのに、それに気付きもせずに未だ腕に絡み付く。

 そんな彼女達に困り果てた魔王に、救いの声が上がる。


「魔王様。勇者との戦いお疲れ様でした。イフとの面会もありますでしょう。此処は私にお任せを」


 気品溢れる佇まい。ハーベニーの登場により、魔王の肩の力が抜ける。


「では、ハーベニーに任せる」

「承りました」

「ちょっと、魔王様!」


 腕を払い除け、興味がなくなったと云わんばかりにその場を素早く立ち去る。魔法使いが慌てて追い掛けようとしたが、それを阻むようにハーベニーが立ち塞がった。


「なんですの貴女。たかがメイド風情が、この私と戦おうとでも?」

「メイドごときが、俺達に敵うと思ってんのかよ!」


 魔王の背中は見えなくなり、謁見の間はハーベニーと勇者御一行だけとなった。邪魔をされ苛立ちを露にし、自分の武器を手にして戦闘体勢にはいる。


「そう、私は侍女。魔王様付きの侍女です。その侍女がただの侍女である筈がないでしょう」

「はぁ!? 意味わかんないんだけど、オバサン! そこ退いてよ。魔王様とラブラブになるのはわたしなんだから!」


 最早堪忍袋もここまで。自分が崇拝して止まない魔王に、愚かにも手を出そうとは。怒りで体が震えるのも久し振りであり、ハーベニーは抑えていた魔力を解放させた。


「え……何、この魔力は」


 見る見るハーベニーの髪が形を変え、本来の姿に戻りつつあった時、勇者メンバーの悲鳴が響く。


「ちょ、あんたっ、それ……」

「お前、ゴ、ゴーゴン!?」

「きゃああああああっ!!」

「魔王様が与えてくれた恩寵を蔑ろにするとは。最早貴女達に生きる資格無し。そこの塵虫の勇者共々、あの世に送ってあげましょう!」

「なっ、なんで俺までぇぇぇっ!?」


 男女の悲鳴が謁見の間に響く。そして静寂になったその場所には、人間はいなかった。残ったのは、


「さようなら。後でヴォスカに掃除させましょう」


 瓦礫の山と同じように、粉々になった石像だけ。


 魔王の傍で美しく笑い、咲く花。油断する事なかれ。彼女は猛毒を持った花なのだから。

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