その魔王、最強につき
リハビリ作品
ファンタジーの王道といえば、勇者と魔王の対決であろう。正義の勇者が悪逆非道の魔王を倒す、王道中の王道。
この物語もそんな王道のお話である。ただし、主人公は勇者ではなく、悪逆非道の魔王である。
この物語の魔王、普通の魔王とは一味違う。普通ならば世界征服を目論み、勇者を倒そうとするだろう。しかしこの魔王は侵略などせず、魔族の領土を護るだけである。何より違うのは、
「今度の勇者は強いだろうか」
窓際から外の様子を眺め、今現在、魔王城に乗り込もうとする一団を今か今かと待ち望んでいる。その眼は子供のように無邪気に輝いており、今にも跳びはねる勢いだ。
「魔王様、紅茶が入りました」
後ろで控えていた侍女が、焼きたてのクッキーと共に、魔王お気に入りの紅茶を用意する。クッキーの香りに釣られ、椅子に座り頬張る姿はまるで子供。とても魔王とは思えない。そんな魔王を微笑ましく見守る侍女。
灰色の髪を左右にお団子にし、美しく佇む姿に心惹かれる者も多い。しかし油断するなかれ。彼女を怒らせ目を合わせた者は、忽ち石されてしまうのだから。
「やはりハーベニーが作ったクッキーは旨いな! 余の好物だ」
「お褒め下さりありがとうございます。そのお言葉がなによりの歓びでございます。」
「おかわり!」
「はい、魔王様」
和みムード満載の空気を壊すかのように、乱暴に扉を叩く音が響く。
「……ちっ」
魔王に気付かれないように舌打ちするハーベニー。魔王が入室を許可すると、青髪短髪の美形の男性が扉を開け入ってきた。
「魔王様。勇者御一考が城内に入りましたよ……って、良い匂いがすると思ったらやはりハーベニーのクッキーの匂いか。俺にも1つくれないか?」
「ありません」
「え、いや、でもそこに……」
「これは全て魔王様の為に焼いた物です。貴方にお渡しする物など1つもありません」
「……そうかよ」
相変わらずの魔王一筋のハーベニーに呆れ顔しつつ、美味しそうに食べ続ける魔王の前に立つ。
「現在、勇者御一考は城内に入りゴーストと戦闘中です」
「ふむ、やっと来たか。良し、早速謁見の間へ通せ」
「え、もうですか?もっと魔王の城らしく、他の魔物と戦わせたりトラップを仕掛けたりしないんですか?」
「そんな事をすれば前回の二の舞ではないか!」
前回の勇者は、大勢の仲間を引き連れてやって来た。その数50名。流石に多いだろと思い、数を減らす為に罠を仕掛けり魔物と戦わせた。
するとどうだろうか。勇者を名乗っていた男を筆頭に、屈強な男達が次々に倒れていく始末。最終的に魔王に辿り着いたのは、一人もいなかったのだった。
「あれは魔王様が面白がってトラップの難易度を上げたり、レベルの強い魔物を宛てたりするからでしょ」
「ぐっ……余は早く勇者と戦いたいのだ。30年振りの勇者なのだぞ? まだ待たなければならないなど、余は退屈だ」
「魔王様が勇者との戦いをお望みなのです。貴方はとっととお膳立てをすればいいのです。この家畜が」
「ちょっ、家畜じゃないから! 臣下だから! たく、はいはいわかりましたよ。やればいいんでしょ、やれば」
半ばやけくそで手を前にかざすと、立体的な地図が現れる。何やら指で操作をし始め、作業が終わると地図を消す。
「終わりましたよ。今戦ってるゴースト達を倒したら、そのまま謁見の間へ通じるようにしました。そろそろ戦いも終わるんじゃないですかね」
「なに!? それは忙ねば!」
「え」
勢いよく立ち上がり、両手にクッキーを持ち謁見の間へと転移する。
魔王の後を追うように、ハーベニーも転移しようとすると、
「ヴォスカ。そのクッキーは魔王様の物だと言ったでしょう」
「ち、バレたか」
隙を見てクッキーを食べようとしたがあっさり見つかり、諦めてハーベニーと共に魔王の後を追う。
ヴォスカ。名実共に魔王の右腕と言われる男。純血の吸血鬼であり、戦闘能力は魔王の次に高いと言っても過言ではない。
愚痴を言いつつも何かと世話を焼く為、いつも貧乏くじを引いている。が、本人は然程気にしてはいないようだ。
(しかしあの格好で行くとはね。余程舞い上がっておられるな)
二人が謁見の間へ転移すると、丁度勇者達が魔王と対面した時だった。
「ふはははは、良くぞ来たな勇者よ。さあその力、余に見せてみよ!(今の余は格好良い!)」
「……」
完璧に決まったとポーズを決めるが、勇者は呆然としている。
「……魔王様、パジャマです」
「……タイムだ」
自分の格好を見て真顔で中断を宣告し、自分の部屋へ転移。すぐに正装に着替え戻って来ると、
「ふはははは、良くぞ来たな勇者よ。さあその力、余に見せてみよ!」
「なかった事にしやがった!」
「もう一度同じ台詞言いやがった!」
思わず突っ込んでしまったヴォスカと勇者。二人の突っ込みなど気にせず、堂々と玉座に座る魔王。その様子を無表情で眺めるハーベニー。
今まさに死闘が繰り広げられようとする場面で、何とも気の抜ける雰囲気だろうか。
「くっ、油断させて隙を付こうという作戦だな。そんな姑息な真似が俺に通用すると思うな!」
勇ましく剣を抜き身構える勇者に釣られ、他の勇者メンバーも戦闘体制を取る。流石に魔王城まで辿り着けただけあって、気迫が違う。勇者の鋭い眼差し気を高ぶらせた魔王は、玉座から下りゆっくりと階段を下りる。
(これだ! これこそが、余が待ち望んでいた緊迫感。生と死を賭けた戦いの前の張り積めた空気。いいぞ、いいぞ。余を楽しませてくれ!)
階段を下り、勇者の前に立つ。妖艶な笑みを浮かべる魔王に、勇者達は恐怖で足が透くんでしまう。言い様のない何が魔王を包み、冷や汗と体の震えが止まらない。
「さあ、来るがよい勇者よ!」
「くっそぉぉぉぉっ!!」
恐怖を圧し殺し、剣を振りかざし魔王へと駆け寄る。魔王に目掛け剣を振り落とすが、あっさり避けられてしまう。
その時だった。
剣の風圧により、魔王の長い髪が魔王の鼻を擽る。
「ふ、ふ、ふぇっぶしっ!」
「「あ」」
くしゃみにより鼻水が出てしまい、魔王は持っていたテッシュで鼻をかみ、戦いを一事中断させる。
「すまんな。さあ、続きをしよ……あれ?」
鼻をかんでスッキリした魔王は、戦闘を再開しようと勇者に謝罪するが、魔王の前には誰もいなかった。
辺りを見回してもその姿はなく、何処かに隠れて隙を狙っているのかと思ったがその様子もなく。何故か血飛沫の跡血の匂いだけが辺りを充満していた。
不思議に思い首を傾げていると、勇者メンバーの一人が震えた声で呟く。
「ば、化け物……嘘よこんなの」
その声に反応し、魔王が視線を向けるとビクつき体を震えさす。他のメンバーも、先程までは魔王を倒そうと意気込んでいたのに、顔色を白くし恐怖に怯えた表情で後退る。
「ん? どうしたのだ?」
「魔王様」
今まで謁見の間の隅で傍観していたハーベニーが、魔王に近付く。
「ハーベニー、勇者は何処に行った? トイレか?」
「おめでとうございます、魔王様」
「へ」
深々とお辞儀をし激励の言葉を述べるが、魔王には何の事かわからない。きょとんとした顔で立っていると、
「先程の魔王様のくしゃ……攻撃により、勇者は木っ端微塵に弾け飛びました。魔王様の勝利でございます。素晴らしい戦いでした」
「え」
「いやー流石魔王様。たった一撃で勇者を倒されるとは」
「え」
明らかに棒読みで拍手をするヴォスカが、勇者メンバーに近付き冷めた眼で見下ろす。その冷酷な眼差しに恐怖が増し、縮こまるメンバー。
「さて、勇者は倒されましたがどうします? 仇討ちでもしますか?」
「………」
「……はぁ、お帰りはあちらですよ」
ヴォスカの「仇討ち」の言葉に息を飲む。自分達より強い存在の勇者が、くしゃみ1つで弾け飛んだのだ。とても信じられる訳がない。しかし目の前で確かに勇者は消えた。血の跡と匂いだけを残し、跡形もなく。
「こ、こんな化け物に勝てる訳ない」
「逃げろぉぉぉっ!!」
「いやぁぁぁぁぁぁっ!」
勇者メンバーは一目瞭然に逃げ出し、謁見の間はあっという間に静寂に包まれる。
「え」
「さて、それでは此処の掃除をさせますか」
「お疲れ様でした魔王様。すぐに湯槽の準備に入りますね」
ヴォスカとハーベニーはさっさと後始末に掛かり始め、1人寂しく佇む魔王。
「ちが、違うのだ! 余は、余は熱い戦いが…っ!」
困惑し、もう一度やり直したいと思っても後の祭り。血飛沫の後始末を黙々と掃除するメイド達。手際の良さから慣れている事がわかる。
今までそうだったのだ。何人の勇者達がこの魔王城に乗り込み、打倒魔王と意気込んで来たか。最早10や20では足りない。その勇者達全てを返り討ちにしている、過去最強の魔王。もう誰も倒せないのではないだろうか。
それでも彼は願い続ける。何時しか、
「余は死闘がしたいのだ!」
夢が叶うその日まで。
こんな魔王がいたら楽しいだろうな…