表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Cシリーズ  作者: 三谷尾だま
A gleam to the garden
6/7

光さす庭・前編

全年齢、約3,400字。あらすじ:幼稚園で働いていたキュラソウは、ある些細な悩み事があった。キーワード:幼稚園、カタルシス、子ども

 キュラソウは、いつものように朝起きると、身支度を整え、朝食をとり、洗濯物を干してから仕事へ出かけた。のんびりと仕事場までの道のりを歩きながら、この町にも随分と慣れたものだ、と思った。


 ここへ越してきてから半年以上が経っていた。さすがに慣れもするだろう。


 綺麗に整備された花壇の並ぶ歩道を歩き、擦れ違う人々の表情は穏やかだ。同じように、キュラソウの心中も穏やかだった。


 悩みがないわけではない。けれど、悩みというほど深刻なものでもないだろう、と、この道をのんびりと歩いていると思えてしまうのだ。差し迫ったものではない、漠然とした不安、いや、引っかかりのようなものがどこかにあって、ごく稀に、ちくちくと思い出したように棘を覗かせる。


 だから、ときおり掠めるその痛みを小ささゆえに、おざなりにしてしまう。


 キュラソウの仕事場は、 幼 稚 園 (キンダガーテン)だった。そこにいる子どもたちの様子を見守ることが、キュラソウの仕事だった。子どもたちの顔と名前を覚え、一人一人、普段と違った様子がないか、そういうことに気を配っていた。


 子どもたちから直接はもちろん、ほかの職員や、保護者から話を聞くことも多かった。保護者から自分の子どもに関する問題を話される場合は、それらを聞いていると、いつの間にか、話が子どもから親自身の問題へとすり替わっている、という体験をした。キュラソウはいつも、それが不思議だった。


 今日も園内を見回し、いつもと違う様子の子どもがいないかを確かめる。

 そこで、ある子どもと目が合った。


 茶色の髪と眼をした小さなレイは、キュラソウと目が合うと、くるっと向きを変えて走り去った。レイは、いつもそうだった。キュラソウが挨拶をしようとすると、すぐにどこかへ行ってしまうのだ。どうも、まだ心を開いてもらえてないらしい。


 心を開いてもらえないのは、キュラソウの努力が足りないからだろうか? それとも、キュラソウが子どもの心をよく理解できていないからだろうか?

 ときどき保護者から言われる、あの言葉を思い出し、随分と後ろ向きな気分となった。


 メディカルチャートを引っ張り出し、今日の様子を書き込む。レイに心を開いてもらうためにキュラソウができることはなにか、万年筆を指の上で転がしながら考える。


 歩み寄りは大切だけれど、心を開いてもらえていない相手へ無理に近付くのも、かえって不信感を招きかねないと思った。だから、キュラソウはこれまで同様に、挨拶や微笑みかけるくらいで、レイの領域へ無理やり踏み入らないようにしよう、と決めた。


 この日は、喧嘩をして怪我をした子どもの話をそれぞれ聴き、子どもを迎えに来た保護者の話もそれぞれ聴いた。


 彼女たちは、最後には、キュラソウには子どもがいないから、子どもを育てたことがないから、子どもの気持ちをちゃんと理解できないのだ、と言う。


 たしかに、子どもがいれば、子育ての経験があれば、より理解が深まることは間違いではない。けれど、この幼稚園の職員の全てが結婚して子どもがいるか、というとそうではない。子どもがいない職員の能力が著しく低い、というとそうでもない。子どものいない小児科医が不人気だ、というとそうでもない。


 子どもたちには個性があり、一人一人が違う。子どもを一人育てたくらいでは、劇的な変化は望めないだろうことを、キュラソウは解っていた。そして、彼女たちがキュラソウに言うそれらの言葉は、額面どおりの意味ではなく、ある種の含みを持っているだろうことも。


 ちくちくと棘が掠める。


 キュラソウは溜息を吐き、眉間を押さえてのろのろと首を振った。この仕事は好きだった。それなのに、ときどきどうしようもなく嫌になる。こんなことで悩んでいる自分に、思わず笑いたくなるのだ。


 ふと、キュラソウが顔を上げ、視線を向けた窓ガラスの向こう側のレイと目が合った。レイの表情が驚いたものに変わる。慌てたように、レイが走り去っていく。キュラソウは少し考え、立ち上がって追いかけた。


 いつもなら、追いかけない。レイから話したくなるまで、待とうと思っていたのだ。だから、追いかけるのは初めてだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ