エピソードゼロ『白銀の産声、星海の波紋』
はじめまして。千石かしると申します。
この度は数ある作品の中から、本作を選んでいただきありがとうございます。
人生初執筆の作品です。結構AIの力も借りながら世界観構築とかやってますので、わかりにくいところとかあるのかな、と思いますが、温かい目で見守っていただけたらと思います。
よかったな、と思っていただけたら感想いただけたら、今後の励みになります!
今後ともよろしくお願いいたします!
白亜の天蓋が薄暮に沈み、帝都アルシリアが人工の帳に包まれる時刻、皇宮の深奥に位置する離宮『水水晶の離宮』は、異様な静寂と冷気に包まれていた。
回廊には豪奢な燭台が並び、神樹の神水を惜しげもなく灯芯に注いだ青白い炎が揺らめいている。しかし、その光は決して産室の分厚い扉の隙間から漏れ出る冷気と湿り気を払うことはできなかった。
扉の前に控える侍従や宮廷医官たちは、擦り傷ひとつない礼服を冷汗で濡らし、息を詰めて立ち尽くしている。
この夜、第七皇女が産声を上げようとしていた。
老境に入り、教会の特級神水による延命で辛うじて玉座に留まり続ける現聖帝にとって、末の娘となる血脈である。
だが、室内に満ちていたのは、祝祭の熱狂でも世継ぎの誕生を寿ぐ華やぎでもなかった。
漂っていたのは、肌の毛穴をチクチクと刺すような、説明のつかない濃密な「潮の匂い」だった。
神樹が汲み上げる無味無臭の清澄な淡水神水とは、明らかに異質な気配。
内陸の民が決して知ることのない、深く、重たく、そして途方もない質量を持った水の気配が、石壁の結界を侵食するように満ちていた。
「――お生まれになりました」
産婆の震える声とともに、扉がわずかに開かれた。
立ち込める白い霧の向こう、豪奢な天蓋付き寝台の上で抱き上げられた赤子は、啼き声を上げていなかった。
ただ、その小さな胸を静かに上下させていた。
「……なんと」
控えていた老神官が、思わず手にした典礼杖を取り落としそうになり、息を呑んだ。
生まれたばかりの赤子の頭冠を覆っていたのは、産毛と呼ぶにはあまりに滑らかで、月光を糸に紡いだかのように透き通る【白銀の髪】だった。
現聖帝の血筋にすらここ数世代途絶えていた、初代聖帝の直系皇統のみが宿すという正統なる始祖の形質。
だが、人々を真に戦慄させたのは、その髪色だけではなかった。
赤子がゆっくりと小さな瞼を持ち上げた瞬間――
その双眸に宿っていたのは、夜明けの東天を思わせる、深く澄み渡った【菫色】の光彩だった。
そして、その瞳孔の奥底に、まるで地平線の向こうから昇る朝日のように、微かな、だが決して見紛うことのない【黄金の光芒】が一瞬だけ灯り、淡く瞬いたのだ。
直後、離宮の空気が震えた。
寝台を取り囲むように設えられていた、教皇庁直属の高位結界師たちが施したはずの『神樹の加護結界』――淡い緑光を放っていた幾何学の防壁が、何の前触れもなく、音もなく霧散した。
破壊されたのではない。
砕かれたのでも、吹き飛ばされたのでもない。
ただ、その赤子が小さな手を空に向けて伸ばした瞬間、張り巡らされていた術式の張力と魔力の指向性が、まるで最初から存在しなかったかのように「無負荷」となって解け去ったのだ。
カチャリ、と。
寝台の脇の銀盆に張られていた神水が、激しく波打った。
風もない室内に、どこからともなく、遠い遠い外海の潮騒のような重層的な反響が木霊する。
大理石の床に薄く張られた湿気が、微かな青白い光の粒となって天井へと昇り、赤子の小さな身体をふわりと包み込んでいく。
「……魔力の暴発ではない。属性の励起反応すら……観測できないだと?」
立ち会ったアカデミーの主任観測官が, 震える手で魔導眼鏡の数値を弄りながら喘いだ。
火でも、水でも、風でも、土でもない。
帝国が定義するあらゆる元素魔導の法則をすり抜け、ただ空間そのものを絶対の平穏で満たす、名もなき透明な波動。
それは、かつて教会の古文書の片隅にのみ記されていた、天蓋の外から苗木をもたらしたという『始祖の聖女』が降臨した折の、原初の原水が放った霊的な奇跡の波紋に酷似していた。
「不吉な……いや、これは……」
侍従たちがざわめき、恐怖と畏怖の混ざり合った視線を赤子へと注ぐ。
皇族の証たる蒼血をその小さな身に宿しながら、神樹の教理すら寄せ付けぬ異質な加護。
聖女の再来と呼ぶにはその佇まいはあまりに静謐で、かといって国を救う光の勇者と呼ぶには、その身に聖痕も神樹の紋章すら宿してはいなかった。
「――アリア」
寝台の傍らに進み出た老聖帝の低い掠れ声が、静寂の室内に落ちた。
老いた支配者の濁った瞳は、抱き上げられた我が子の菫色の瞳を覗き込み、かすかに眉をひそめていた。
それが自らの権威を補強する奇跡の象徴となるのか、あるいは、長きにわたり欺瞞を積み重ねてきた帝国そのものを根底から揺るがす刃となるのか、その時の聖帝には推し量ることすら叶わなかった。
「この子の名は、アリア・フォン・アルシリアといたす」
名を与えられた赤子は、誰に媚びることもなく、ただ夜明け前の白亜の窓の向こう――
天蓋結界の遥か東、まだ見ぬ果てしない闇の地平を見つめるように、菫色の瞳を瞬かせていた。
――それから、十六年の星霜が流れる。
神樹の目詰まりは限界を超え、帝都の地下には濃縮された毒泥が音を立てて溢れ出そうとしていた。
東の魔大陸からは、百年の沈黙を破った絶対零度の災厄が、静かにその歩を進め始めている。
偽りの平穏を貪り続けた帝国が、ついにその因果の清算を迎える時――
あの夜、異端の波紋を纏って生まれた白銀の少女が、己の意志で剣を握り、世界の嘘を切り裂くための第一歩を踏み出そうとしていた。
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