最終話 この世界が敵になったとしても
本日二話目です。
ご注意ください。
「初めまして。月隠の魔術師、睦月楓と申します」
俺はできるだけ優雅に見えるように挨拶をした。
相手は生粋のお貴族様と聞いていたからだ。
まあ、一朝一夕で本当の優雅さなんて身につかないとは思っているが。
「睦月ですって!? どうして、この家を――」
「失礼します。お祖母様」
横から凛が顔を出した。
育ちが良いので綺麗な動作を伴っている。
「凛ではないですか! ま、まさかあなたが!?」
「俺がお義祖母様に挨拶がしたかったので、付いてきてもらっただけです。立ち話もなんですから、座らせてもらいますね。凛も身重ですし」
「な! なにを言ってらっしゃるの!」
俺のお貴族のイメージが、どんどん崩れていく。
どんな状態でも表情を見せないと聞いていたが、お義祖母さんの感情は剥き出しだった。
俺は手のひらに浅い傷を作る。
ユラリとした蠱惑色の薄い膜が、俺と凛を包み込む。
そして二人でソファに掛けた。
「あれ、ヴィクトリアさん。こんな場所で奇遇だね」
「……わたしは会いたくなかったわ」
「つれないなあ。俺を持って帰って飾るとまで言ってくれたのに。だから、こうして秘術を――」
「これが月隠なの!? というかわたしの目的を知っていたの!?」
「それはそうでしょ。月隠のことを知っているのは、旧月家でもごく一部だからね。舞踏祭で月隠のことを話してくれたのは完全にミスチョイスだったね」
「わたしはあなたの手の平の上で踊っていたということ? バカにしないで!」
「今日は英語にならないんだね」
『うるさい! バカ!!』
『あ~、俺がバカにされたよ』
ヴィクトリアさんは、威嚇するように睨んでいる。
そんな可愛らしい睨み方をされても怖くないけどね。
「さて、お祖母様、いやエレーナさん。あなたは、どうして魔道具に執着するんですか? 皐月家に魔道具を作らせる為に母を殺害するように仕向けたり、皐月家から魔道具を購入したり、日本の魔力回路持ちを攫ったり。挙句の果てには凛の両親まで殺害している」
その時、凛が俺の方を向いた。
「え? どういうことですか。楓さん」
「この人の指示でゼロ――レッドラインが裏で動いたんだ。自動車事故に見せかけて殺害されている」
凛の両親が殺害された理由も調べはついている。
「……事故ではなかったのですか」
凛の顔が青ざめている。
俺はそっと手を重ねた。
「何を言ってらっしゃるのかしら。どうして、わたくしが実の息子を殺害しなくてはいけないのでしょう」
「本当にその通りだ。俺には理解できない。孫をレッドラインに引き渡す為に、孫の魔力回路を研究したいが為に、実子を手にかけるなんてな!」
「……魔力回路。……レッドライン。それは――」
「そういうこと。この人は魔力回路持ちを魔道具としか見ていない。おそらく皐月に融資していたのは、魔道具のノウハウを手に入れたかっただけだ」
「全部、あなたの想像ですわ。何を根拠にそういうことを――」
「残念ながら皐月家のサーバーに記録が残っていた。あなたは最初、皐月家を使おうとした。だが雄介さんは断った。お義祖父さんをそそのかして睦月家に手を出したあとだったからね。雄介さんが何かあったときのために残していたんだと思う。秘匿通話の音声記録も残っていたよ」
「……愚民はいつの時代も、はしたないですわね」
「はしたない、ですか。俺にはあなたの方が、よっぽどはしたないように見えますけどね」
「あら、本当に失礼な方ですのね。凛はどうして、このような方を選んだのかしら」
手のひらを口元に寄せて上品に微笑むが、目が笑っていない。
俺の隣で、ピリリと空気が冷えた。
慌てて横を見ると、凛の周囲に霜が降りている。
「ダメだよ」
「ですが」
「絶対にダメ」
二人だけの小声の会話。
凛には、血のつながった人物に魔法を向けてほしくなかった。
彼女は唇を噛みながらも、掌に集まりかけていた魔力を静かに収めた。
「わたくしを説教する資格が、あなたにあるとお思いですの?」
エレーナさんはそう言うと静かに立ち上がった。
「ヴィクトリア、ジェーン」
「はい」
二人の声が重なる。
ヴィクトリアさんも立ち上がって臨戦態勢を取った。
ジェーンさんもメイド服の下から薄い刃を取り出していた。
どうやら、ただの給仕ではなかったらしい。
エレーナさんに付き従っている以上、普通の人であるわけがなかった。
「その若造を仕留めなさい。手加減は要りませんわ」
ジェーンさんの刃が、鋭い風の唸りを纏って俺の首を狙ってくる。
ヴィクトリアさんの黒い弾丸が死角から連射された。
息があった連携。
刃で視線を奪って死角からの魔法攻撃。
初見でかわすのは、不可能だと思えた。
だが俺と凛には月隠という絶対防御の護りがある。
俺達は薄い膜の中で全く動く必要がない。
事実、二人の攻撃は薄い膜に当たり、軽い音と共に弾かれていた。
「これは何!?」
「攻撃が通らないですって!?」
「二人とも手を緩めないで。その薄いフィルムごときで、あなた達を止めることなんてできないわ」
「「承知しました。エレーナ様!!」」
凄まじい魔法と物理の連続攻撃が続くが、ユラリと揺らめく最高の盾は涼しい顔をしている。
時間にして十分が経とうとした時、攻撃の手数が明らかに落ちてきた。
「頃合かな?」
「そうですね」
俺と凛は頷き合った。
二人で手の平に魔法を構築していく。
俺は漆黒の無属性魔法を。
凛は透明の水属性魔法を。
それは毎晩、ゲームとして遊んでいた鍛錬方法。
どれだけ早く、どれだけ多く、どれだけ緻密に、というのを競いながら遊んできた。
極限にまで圧縮された極小の塊が、一つ、二つと増えていく。
「……ちょっと待ちなさい。それは――」
ヴィクトリアさんは魔術師だけあって、これがどういうものかを理解しているみたいだ。
「そんな小さな玉で何ができるというのです!」
ジェーンさんは、これがどういう代物なのか分かっていない。
「悪いね。俺は絶対に勝てるゲームしかしない主義なんだ。それじゃあ、凛。派手にいこうか!!」
「はい!」
俺達二人は手の平の魔法を解き放った。
刹那、轟音と共に応接室が崩れだした。
☆
数分後、周囲は瓦礫に包まれていた。
月隠に守られた俺達二人に何の被害もない。
エレーナさん、ヴィクトリアさん、ジェーンさんには、無属性魔法でガードしておいた。
見た感じ、大きな怪我はなさそうだ。
崩落した時のホコリなどで色々と汚れているが、元々汚れているので問題ないだろう。
「……バ、バケモノ」
瓦礫の中からエレーナさんの声が聞こえた。
声が少し震えている。
「化け物ですか。それは光栄です」
俺はエレーナさんに向き直る。
「分かってらっしゃるのかしら。わたくしに刃向かうということは、レッドラインを敵に回すということですのよ」
「それは想定している範囲ですね」
「レッドラインは世界中に拠点を持っています。その拠点を通じて企業、政治家、慈善団体を援助しています。わたくしがひとことお願いすれば、世界中の同士を動かせます。あなたのような小さな人間は、いつでも消せますわ」
「そうかもしれない」
俺は凛の手を握った。
「それでも俺は凛を、生まれてくる子供も、魔力回路を持って生まれた人たち全員を守る」
「馬鹿な男ですわね。きっと後悔することになるでしょう」
「よく言われます。でも、この世界が敵になったとしても――俺は、俺の大切なものを手放すつもりはありません」
その一言に、エレーナは何も返せなかった。
部屋に、長い沈黙が落ちる。
エレーナさんは、瓦礫に埋もれたまま動くことはなかった。
ヴィクトリアさんとジェーンさんも動けないでいる。
(今日はここまでか)
俺はそっと立ち上がった。
「今日のところは、これで失礼します。答え合わせは、もう少し時間をかけてやりましょう。エレーナさん」
凛の手を引いて、応接室を後にする。
振り返ると、エレーナさんの姿が小さく見えた。
玄関を出ると港区の空は茜色に染まりかけていた。
☆
数ヶ月後。
イギリス、ロンドン近郊。
ロスファー家の屋敷では、庭園のバラが今年も見事に咲いていた。
エレーナは車椅子に腰掛けたまま、その花を眺めている。
レッドラインの理事長職は既に辞任していた。
裏で動いていた諸々の証拠が、日本の国税と司法当局を通じて世界中に流れた。
名門、ロスファー公爵家の名誉は大きく傷ついていた。
霜月巌と袂を分かった彼女は、最後に残ったこの庭園を守っていた。
「奥様、お茶をお淹れしました」
「……ありがとう、ジェーン」
その声には、以前のような芯の強さはもう残っていない。
ジェーンの淹れたお茶は少しだけ苦かった。
☆
学術院、二区のスーパーマーケット。
制服姿のヴィクトリアが、慣れた手つきで棚に商品を並べていた。
「ヴィクトリアさん、そこの陳列お願いします」
「了解しました」
留学生というよりも、今はすっかり学術院の住民として馴染んでいる。
彼女がなぜこの街に留まる選択をしたのか、その理由を知る者は少ない。
時折、南の方角を見つめる熱のこもった視線が、何かを物語っていた。
☆
皐月コンツェルン本社ビル。
役員フロアの一角に、ショートモヒカンの男と、人当たりの良い笑顔の男が並んで座っていた。
「的場常務、こちらの資料に目を通して頂けますか」
「テメエ、山田。俺に敬語を使うんじゃねえ。気持ちわりいだろお」
「これも役職ってもんッスよ」
四区の統治者だった男と、誰にでも挨拶できる男は、今や皐月コンツェルンの経営陣に名を連ねていた。
四区出身者の雇用促進という、洸介が打ち出した新方針の象徴的存在として。
☆
スサノオの廊下を、詩織と遊が並んで歩いていた。
「ねえ、遊。今度の休み、空いてる?」
「空いてるけど、また詩織のわがままに付き合わされるパターン?」
「うっさい! デートって言いなさいよ!」
「はいはい」
その距離感は、以前よりずっと近くなっていた。
☆
国会議事堂。
霜月巌が、総理大臣として初めての所信表明演説に臨んでいた。
「魔術師と、そうでない者。分け隔てのない未来を、この国から作っていく」
巌が壇上に立つ国会では、拍手はいつまでも鳴り止まなかった。
巌の演説は、その日のニュースで大きく報じられた。
だが、「魔術師」という聞き慣れない言葉に、人々が強い関心を示すことはない。
その夜、テレビの各局では人気アイドルが出演する音楽番組が並び、巌の言葉は、華やかな音楽の向こう側へと押し流されていった。
それを裏で仕切っていたのは、おなじみ皐月コンツェルンである。
☆
宮司は日本中を飛び回っていた。
レッドラインに連れ去られた魔力回路持ちが、解放されて戻ってきていたからだ。
「あなたには魔法の素質があるわ。そういう人たちが集まって、国の保護を受けているの。そこは学術院と言って、魔法の素質がある人たちの楽園よ」
「どうしようかな。ちょっと考えてもいいですか?」
「当然よ。人生にかかわる重要なことだし。あなたの思うように選ぶといいわ」
巨躯にサングラス、それでいて誰よりも優しい声。
その姿は、以前と何も変わっていなかった。
☆
南区――元は四区と呼ばれていた場所。
睦月本邸の窓の外には、穏やかな春の光が差し込んでいた。
「楓さん、見てください」
凛の腕の中で、小さな命がすやすやと眠っている。
生まれたばかりの娘だった。
黒髪と、少しだけ見える瞳の色。
まだどちらに似ているのか分からない。
「可愛いなあ」
俺はその小さな手に、そっと指を伸ばした。
柔らかい指が、無意識のうちに俺の指を握り返してくる。
「名前、考えましたか?」
「まだ。凛と一緒に考えたくて」
「ふふ、そうですね。ゆっくり、考えましょう」
凛は静かに頷いた。
窓の外には、かつて存在した壁も、区分けも存在しない。
学術院という名前だけが残り、そこに住む人々は自分たちの意志でこの街の未来を作り始めている。
母が遺したメモの、最後の一文を思い出す。
『このメッセージが魔術師たちの未来を切り拓くことを願います』
母さん、と俺は心の中で呟いた。
あなたが望んだ未来は、まだ完成には程遠いかもしれない。
それでも少しずつ前に進んでいる。
凛が微笑みながら、娘を優しく揺らしていた。
その光景を、俺はいつまでも見ていたいと思った。
窓の外を、一羽の鳥が横切っていく。
たとえ、この世界が敵になったとしても――俺はきっと、この温もりを守り続けるだろう。
お読み下さりありががとうございました。
七月からスタートした月隠の魔術師が無事に完結できました。
これもひとえに読んで下さった皆さまのおかげです。
完結はしましたが、アフターも書いていければと思います。
何はともあれ、お読み下さった皆さまにお礼を申し上げます。
ありがとうございました!




