第一話 勇者は死んでしまった
魔王城最上階。
崩れかけた玉座の間に、重苦しい空気が満ちていた。
床には幾重にも魔法陣が刻まれ、壁は戦いの余波で砕けている。
その中央に立つのは、黒い鎧をまとった魔王。
「よくぞここまで辿り着いたな、勇者アカネよ」
低く響く声が広間を揺らした。
「だが、ここがお前の終着点だ。我が手で勇者を討ち、この戦いを終わらせよう」
対する勇者アカネは、聖剣を構えたまま真っ直ぐに魔王を見据える。
「終わるのはあなたの方よ」
肩で息をしながらも、その瞳はまだ折れていない。
「ここまで何人もの仲間が倒れた。みんなの想いを背負って、私はここまで来た」
アカネは背後を振り返る。
そこにいるのは三人だけだった。
第三王子である騎士セシリオ。
宮廷魔術師ミーア。
そして荷物持ちのエド。
二千の兵と共に始まった魔王討伐。
だが兵士たちは魔王軍との壮絶な戦いの中で次々と命を落とした。
僧侶も。
斥候も。
戦士も。
誰一人として魔王城まで生き残れなかった。
今、この場に立っているのは四人だけ。
人類最後の希望だった。
「魔王! 決着をつける!」
アカネが駆けた。
聖剣が閃く。
だが魔王の闇魔法が行く手を阻む。
轟音。
爆炎。
床が砕ける。
アカネは何度も弾き飛ばされる。
「くっ……!」
セシリオは剣を構えたまま動かない。
ミーアも小さな火球を放つだけ。
エドは周囲を見回した。
(何かないか……)
床の瓦礫を拾う。
「うおりゃあ!」
投げた石が偶然にも魔王の右目に命中した。
「ぐっ!」
魔王が怯む。
「今だ!」
アカネが飛び込んだ。
聖剣が魔王の胸を貫く。
「ぐああああああ!!」
魔王の絶叫。
だが、その手に膨れ上がる光。
「おのれ、勇者……!」
閃光。
その瞬間、エドは煙玉を投げた。
白煙が広がる。
だが間に合わない。
「きゃあああっ!」
アカネの体を閃光が貫いた。
同時に魔王も膝をつく。
「グ……ハハ……勇者を……道連れに……」
魔王は崩れ落ちた。
静寂。
「勇者様!」
エドが駆け寄る。
アカネを抱き起こす。
胸元は赤く染まっていた。
呼吸はない。
脈も感じられない。
「し、死んでる……」
震える声。
「勇者様が……死んでしまった……」
その時。
「なんと……朗報だ」
セシリオが剣を抜いた。
「念のため、俺が首を落としてやろう」
エドは耳を疑った。
「な……」
だが、セシリオの口元は笑っていた。
まるで長年の願いが叶ったかのように。
エドの背筋が冷える。
「やめろ!」
「どけ、荷物持ち」
「勇者様は世界を救ったんだぞ!」
「だからこそだ」
セシリオは剣先を向ける。
「死んだ勇者に価値はない」
その目に宿る感情を見て、エドは理解した。
こいつは最初から勇者を嫌っていた。
「死者を冒涜するな!」
エドはアカネを抱え上げた。
「貴様!」
「俺は勇者様を守る!」
全力で走る。
後ろから怒号が響いた。
「待て!」
「勇者の遺体を盗む気か!」
「逆賊め!」
エドは振り返らない。
ただ必死に走った。
腕の中の勇者を守るために。




