同じ味のシチュー
昼の店内は、いつも通り忙しかった。
皿を運ぶ声と食器の音が重なり、店の中を絶えず人が行き交っている。
その中で、扉が開く音がした。
リナは顔を上げる。
入ってきたのは、アルトだった。
一瞬だけ視線が止まる。
けれど、すぐにいつもの顔へ戻した。
「いらっしゃいませ」
声を整えて言う。
「久しぶり」
アルトは軽く笑った。
「ご来店ありがとうございます」
リナはそのまま席へ案内する。
注文を受ける。
確認する。
やり取りは、それだけで終わった。
リナは料理を運び、アルトの前へ皿を置いた。
しばらくして、静かにナイフを入れる音が聞こえてくる。
その音を聞きながら、リナは次の皿を運んでいた。
ふいに、声がかかる。
「この後、時間ある?」
前にも聞いた言葉だった。
リナはほんの一瞬だけ考える。
「……申し訳ありません、今日は予定があって」
気づけば、自然にそう返していた。
アルトはわずかに動きを止める。
「そっか」
返ってきたのは、それだけだった。
それ以上は何も言わない。
アルトはそのまま食事を続ける。
食べ方は、相変わらずきれいだった。
皿を空にすると、アルトは軽く立ち上がる。
「また来るよ」
「ありがとうございました」
リナはいつも通り見送った。
扉が閉まる。
店の中へ、またいつもの音が戻ってくる。
店の灯りが落ちる。
最後の片付けを終えた頃、目の前に皿が置かれた。
ほろほろに崩れた肉のシチュー。
湯気が、静かに立ちのぼっている。
「今日はこれ」
エリオットがいつもの調子で言った。
リナは皿を見て、ほんの少し目を細める。
「……懐かしい」
「最初に出したやつ」
エリオットは軽く返した。
リナはスプーンを手に取る。
一口すくって、そのまま口へ運んだ。
柔らかい。
味が、ゆっくり広がっていく。
何も変わっていなかった。
「ねえ」
エリオットが言う。
「僕を選びなよ」
あまりにも自然な言い方だった。
冗談みたいに、軽い調子で。
けれど、違う。
リナの手がスプーンを持ったまま、止まる。
そのまま、顔を上げた。
そこにある表情は、いつもと変わらなかった。
肩の力が抜けたままの顔。
何も変わっていない。
リナはもう一口、シチューを口へ運んだ。
ゆっくり噛んで、そのまま飲み込む。
湯気が、静かに揺れている。
「きっと。このシチュー」
ぽつりと、言葉がこぼれた。
「どこで食べても、同じだよね」
小さく呟いて、リナはスプーンを置いた。
少しだけ、考える。
頭の中に浮かんだのは、田舎の景色だった。
静かな場所。
変わらない日々。
あの頃、自分が抜け出したかったもの。
でも。
リナはもう一度スプーンを手に取る。
シチューをすくい、一口口へ運んだ。
そのまま、ゆっくり飲み込む。
「……それでもいいなら」
リナは顔を上げた。
言葉は、それだけだった。
エリオットは目を細めて笑う。
「いいよ」
返事も、いつも通り軽かった。
リナはまた一口、シチューを口へ運んだ。
湯気はまだ消えていない。
味も、変わらない。
温かさが、ゆっくり体の奥へ落ちていく。
そのまま、最後まで食べる。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
次回作は、師匠を探して旅をする魔道具師の物語を予定しています。
来週金曜の夜頃から更新予定です。
よければ、そちらも読んでいただけると嬉しいです。




