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結局のところ、私が「冗談ですよね?」と言ったところで乗り気な皆が聞いてくれるわけもなく。
マルクル先輩も事の成り行きを黙って見ているだけだったので、午後からは皆で探検に行くことが決定した。
探検って、何しに行くんだよ…。
ようは森の中を少しばかり散策しに行くわけだけれど、イリーナが「探検!探検!」とうっきうきな様子なので探検で間違いない気がしてきた。
こうなったらもう一度、あの犬に会いに行こう!
それが出来れば探検としては成功と言うことでもいいんじゃないかな?うん、そうしよう!
というわけで私だけ、心の中で犬に会いに行くという目標を掲げて木々が犇めく森の中へと全員で分け入っていくのであった。
荷物は邪魔になるし、取られることもないだろうということで置いてきた。
犬が入っていったところからが一番、入っていきやすそうだったのでそこから入っていくことに。
「いざ、いくぞー!」
「おー!」
アンドリ先輩とイリーナは元気よく拳を突き上げて、士気を高めているようだ。
なんでそんなノリノリなんですかねぇ…。
アンドリ先輩とついでにプルーストが先頭になって、殿をマルクル先輩が務めてくれる。私たち女子組は、その間に挟まれるような形で隊形を組んだ。
なんだかんだと、気を遣っていただいてるようで有難いです。
入っていった場所から暫く真っ直ぐに歩いていると、獣道とは違う明らかに人が通りやすいように作ったであろう道を発見した。
不自然に木が生えておらず、多少は歩きやすそうになっている道に出る。
「放置されて大分、長そうだけど明らかに作られた道だな」
「過去に誰か、ここら辺に住んでいたんでしょうか?」
「そんな話は聞いたことないわねぇ」
面白そうだという理由で、その道の先を確かめてみることにした。
これで本当にどこに辿り着くのか分からない、そんなワクワク感が出て来た気がする。この謎の道の先には一体、何があると言うのか…。
私たち探検隊一行はその謎を解明すべく今、一歩を踏み出したのであった…的な?
道は左右に分かれていたのだが、そこは適当に多数決でどちらへ行くか決める。なんとなく右に決まって、隊形は崩さないまま進んでいく。
周りが木に囲まれているせいで、日が下まで届かず少し肌寒く感じる。
こんなことなら何か羽織るものでも持ってこれば良かったなぁ。
この道の先が日の当たるところでありますようにと、ひそかに願いながら進み続けた。
雑談でも交わしながら道なりにのんびりと進んでいけば、先頭を歩いていたアンドリ先輩が「お」と短く声を上げる。
それから直ぐ薄暗い場所から、明るい場所へと出たことで目がくらくらとした。
瞬きをしながら徐々に目を慣らしていくと、ようやくまともに見えるようになってきた景色に唖然としてしまう。
そこは大きく開けた場所になっていた。
太陽の光が直接、差し込みぽっかりと開けたそこだけを明るく照らし出している。地面は花の絨毯が敷かれこれ以上、足を踏み入れていいものかどうかを悩ませた。
奥には花畑の中の唯一の違和感である、荒廃した家屋が一軒。ぽつんと寂し気に、そこに建てられていた。
「まさかの家、発見」
「すごい!本当に何か見つけちゃった!」
本当に何か見つかるとはな…。ここに誰かが住んでいたという、決定的な証拠だ。
蔦が壁を沿い窓のガラスも割れてしまっていて、とても人が住めたようなものではない。
なんとなく全員、近づくことはせず遠くから家を眺めていると割れた窓の向こうに何かの姿を捉えた。
それはホラー的なものではなく、おそらくだがあの犬が引っ込む瞬間が見えたのだと思う。
一瞬過ぎて確信は持てていないのだが、もし本当に中にいるのだとすれば放っておくのは危ないのではないか?
その考えに思い至ってしまえば、放っておくことなど出来なくてほとんど衝動的に家の方へと走り出していた。
誰かが私のことを呼び止めようとする声が聞こえた気がしたが、その声に立ち止まることはしなかった。
正面はどこからも入れるところが見当たらなかったので、裏に回り込む。
犬が中にいるのだとしたら、あの大きな犬が入れるような隙間か何かがあるはずだ。
見つかるだろうか…と思いながら回り込んだ裏側は壁の一部が大きく崩れていて誰でも入れるようになっていた。
これは凄い壊れようだ。誰かがわざと壊したのか、それとも自然に崩れたものなのか。
外に多くの破片が散らばっている所を見るに、中から壊れたのだと推察できた。
そこから慎重に中に入ってみれば、舞っている埃が日の光をキラキラと反射させていて眩しい。どうやら天井も抜け落ちてしまっているようで、上からも光が降り注いでいた。
さっき犬の姿が見えたのは2階だ。
果たして犬が上れる場所を人間の私が同じように上がれるものか、とも心配になったがあの犬はかなり大きかったので私でも行ける気がする。
きょろきょろと視線を彷徨わせてみれば、汚れや何かの破片や蔦のせいで酷いことにはなっているがまだ辛うじて使えそうな階段を見つけた。
これ、本当に大丈夫なのか?怪しみつつも足を止めることはなく、むしろ惹かれるように階段を上がっていった。
この古い家は大分、昔の様式に乗っ取って建てられたもののようだ。そのせいか、どこか懐かしさのようなものを感じる。
ゆっくり一歩一歩、踏みしめながら階段を上り切ると犬が見えたのはどの窓だったかと考えながらとりあえず近くにあった部屋を覗いてみた。
手近にあった開け放たれたままの部屋は、両端を棚に囲まれておりまだ形の残っている本が収められてあった。
どうやら、ここは書斎のようだ。
これは個人的に気になる部屋ではあるが、今ここを見て回るような暇はない。次だ、次!
次は閉じられている扉。まぁ閉じられているのだから犬には関係ないだろうと思うのでスルーして、その隣はこれまた一段と荒れた部屋となっていた。
そこは踏み入れる足場もないほどに家具や木片が散らばった滅茶苦茶な状態で、また犬の姿もどこにも見られない。
これはまるで誰かが物を引き倒し、壁や床に投げつけて故意に散らかしたような部屋に見えた。
何だって、こんな荒れようになるっていうのだろうか…。
ただ一つ、窓の縁に伏せられたフォトフレームだけが壊れていないらしいことが目に付いた。
何があったのか、これまた気になるところだが後ろ髪引かれる思いを振り切り次の部屋へ行く。
ここの扉は閉じられているわけではなく、僅かに開いている。
押せば開きそうな様子に、そっと扉を押してみれば中は先ほどの部屋と違い荒れた様子が一切なかった。
誰かが住んでいた部屋の形をそのままに、長い年を経て劣化していっただけのような。
当時の生活感というものが感じられた。
女性らしい部屋の内装の部屋の中には、探していた犬の姿を見つけてほっと息を吐く。
よかった…。どうやら見間違いではなかったようだ。杞憂であれば、それでも良かったのだけれど。
犬は形の残っているベッドの脇に伏せており、私が入って来たのに気づくと前足だけ起こして尻尾を振り嬉しそうに迎えてくれた。
「ここは危ないよ」
私がそう言っても犬は何も答えない。犬の傍まで寄ると、その頭を優しく撫でる。
犬は気持ちよさそうに撫でられているだけで、決してベッド脇から動こうとはしなかった。ここで雨風をしのいでいるだけのかと思ったのだが、そうでもないのかな?
「ここは、貴方にとって大事な場所なの?」
犬は相変わらず何も答える様子はなかったが、代わりに私のことをじっと見つめて来る視線が“そうだ”と言っているような気がした。
大事な場所、なのかな。もしかしたらここで飼われていたのか、それとも住処的な意味でなのか。
それが、どっちなのかは私には分からない。
ただ犬をこの場所から引き離すのは難しいのではないかと、思えてしまった。
でも、ここまで来て見捨てていくことも出来ないし…。ダメでもともと、この賢い犬に私の言葉が通じていると信じて話しかける。
「もし。もし、良かったら私の家に来ない?」
「ワンッ」
私の提案に犬は立ち上がると、一つ吠えて尻尾をぶんぶんと千切れんばかりに振り始めた。
あれ?案外あっさり?
「い、いいの?」
「ワンワンッ」
いいのか?私的には断られて無理だと判断すれば、ここは危ないよと諭すだけのつもりでいたのだが。
どうやらその必要はなさそうだ。
立ち上がった犬が歩き出すと、近くにあった机に前足をかけて「ワンッ」と吠えた。
犬の導きに従って机の上を見てみると、そこにはリボンが通されたタグが置いてあった。
「これは…」
犬のことを見てから、それを手に取って見ると裏返したタグに“サン”と彫られてある。これは、この子の名前だろうか?
「サン?」
「ワンッ!」
タグの文字を声に出して読んでみれば犬は一際、嬉しそうに吠えた。この子の名前はサンっていうのか。
リボンは首輪として使うには些か心もとないように感じたので、タグだけを抜き取るとポケットに入れてあるハンカチに包んで閉まった。
「よし、サン!出よっか!」
「ワンッ」
何も言わずに、ここまで来てしまったし心配かけてるだろうなぁ。
先に出て行こうとするサンの後を追って部屋を出る前に一度、中を振り返った。
女性1人でここに住んでいたのか。あの荒れた部屋は何があったのか。それら全てを理解するまで、ここに長居するつもりはないので謎は謎のままで終わる。
ただサンがこの部屋にいたのは、帰ってくるのを待っていたからなのではないかと思うのだ。それがまた何故、私に着いて来てくれることになったのかも謎なのだが…。
とにかく今は、サンにとって最も大切なものを託されたので無事に持って帰らなければな。
ポケットを上から触ったところで階下から「ラフィちゃーん!」とイリーナが私を呼ぶ声が聞こえて、顔を前に戻した。
早く、戻らなきゃな。サンも私のことを待ってくれている。
今度はもう振り返ることをせず部屋の扉をきちんと閉めて階段を下った。
下では中には入らず、イリーナとプルーストの2人が壊れた壁から顔だけをのぞかせていた。
「急にごめんね」
「よ、よかったぁー」
イリーナが降りて来た私の姿を見て、瞳を潤ませながら無事なことを喜んでくれている。やはり大分、心配をかけてしまったみたいだ。
「目的は、その子?」
プルーストは私の隣を歩いているサンを見て、私にそう言った。イリーナも後からサンの存在に気付いて、目を輝かせる。
「ワンちゃんだ!この子、どうしたの?」
「その説明は、先輩たちのところに戻ってからするわ」
サンは初めて会った2人にも無駄に吠えることはせず、また家を出たところで逃げていくようなこともなかった。
むしろ今は私の一定距離から離れようとはしない。
サンはここで飼われていて、いつからここに1匹でいたのだろうか。大分、長い間をサンだけで過ごしてきたのではないかと思う。
その分だけ、いっぱい寂しい思いをしてきたんじゃないだろうか。
私の傍から離れようとしないのも、サンの人恋しさから来るものなんじゃないかと思うのだ。なら私はサンがもう寂しい思いをしないように、出来るだけ傍にいてやりたい。
隣にいるサンの頭を一撫ですれば、サンは私のことを見上げた。
「行こう、サン」
「ワンッ!」
サンが家の方を振り返ることは一度もなく、真っ直ぐに私と同じ方向を見てくれていた。




