第9話 不安と心配は行き違い
宿を探します。
元々さほど距離は離れていなかった為、日が暮れても街明かりを頼りにすぐに着くことができた。
日が暮れてからの到着ではあったが、何にせよ俺の始まりの街だ。
名前くらいは知っておきたいが…………やっぱ街の入り口とかには書いてないのな……。
流石にゲームっぽいといっても勿論ゲームではないので分からなかった。
「木葉はこの街の名前とか知らないのか?」
「街の名前か?う~む……そこら辺の者に尋ねれば分かるのではないか?」
「…………この街へ来ようと思って来たわけじゃないのか?」
「まぁ当然目指してはいたが…………先程の一件で見事に忘れてしまった…………。」
段々小声になっていく木葉さん。ポンコツ呼ばわりされた所為なのか非常に言いづらそうだが俺は一言一句聞き逃さないぜ。
「はぁ、ど忘れですかぁ、里の期待の木葉さん?」
「ぐぅ!皆まで言うな!これからは…………契約の事もあるし…………気をつける…………。」
そうしてくれると助かる……というかこれから多分しばらくは一緒だから俺が覚えてれば良いか。
【桜刀の神腕】の機能もあるしな。
「そう言えば、名前と聞いて思い出したがお主の名前を私は一切聞いた覚えがないぞ。」
「ああ、そうか。」
そういえばこれまで一度も名乗っていなかった。
元世界の個人情報ガード機能が脳内でうっかり働いていたんだろうか。
それはさておき、名前か……。一部のラノベ某主人公らは、こちらの世界で心機一転名前を変える場合もあるようだが、俺は自分の名前が好きだ。まぁ、【桜刀の神腕】にも"所有者"として俺の名前が刻まれているし、そのままで良いだろう。
「俺は桜木矢刀だ。矢刀でいい。」
「桜木……?名字持ちならば貴殿も"名家"の出身なのか?」
「あ?あ~……え~とだな……。」
なるほど、名字を持つのはヤマトでも"名家"出身だけなのか……。それは知らなかった。聞いた話題の中にも出てこなかったからな。ヤマト内では常識なのかもしれない。
「ま、前にも言ったが少し話せば長くなる事情があってな…………」
「ふむ?そうか。」
ここで異世界人です!救世主になりに来ました!なんて言っても混乱を生むだけだからな。それなりに落ち着いた頃に話してみるとしようか。
取り敢えず、あまり深くは追求して来ないので話題を逸らす。
「それにしても、なんでこの街に来ようと思ってたんだ?」
「む?特に用事がある訳ではないぞ。"フェカート"の都市に行くついでだ。取り敢えず情報源に酒場のある街というのを条件に聞き込みはして来ているが……通り道でもあるしな。」
「なるほどな、そう言えばフェカートの都市はなんて名前だ?」
「も、勿論覚えているぞ!確か……フ、フ……"フェルカ"……のはずだ!」
記憶力までポンコツなのは勘弁して欲しいが、まぁ今回に限っては俺との邂逅の一件で忘れてしまったということにしておこう。ジト目は忘れない。ああ、木葉さんは俯いて目を合わせてくれなくなってしまった。
取り敢えず"フェルカ"という単語だけは覚えておこう、と思ったらスッ、と脳に入り込む感覚があった。
なるほど、これが【桜刀の神腕】の"記憶保存"の効果か。楽でいいな。
さて、木葉が羞恥で俯きつつ若干後ろを付いてくるのを横目で確認してから街を見回す。
ぱっと見、外から見た印象も含めると、それ程大きい街ではない。
目立つのは奥の時計塔ぐらいか。まぁこのくらいの広さなら、最低限必要な店はあるだろう。というかあって欲しい…………。
街の雰囲気は…………流石に日中という訳でも無いので活気がある、という雰囲気ではないが、酒場らしき店の横を通ればそれなりに賑わった声は聞こえて来る。
「…………というか賑わいすぎてないか?」
何やら瓶の割れる音とか罵声とか聞こえてくるなぁと思っていると、いきなり店のドアがバンッ!と開き、一人の男が酒瓶を持ったままこちらに勢いよく飛び込んで来る!
「うおっ!?」
俺はなんとかすんでの所で回避する。
男はそのまま俺の横を素通りし、バタン!と受け身も取らず地面に突っ込んだ……ままピクリともしない。
「大丈夫か!?」
と、後ろで俯いていた木葉が音で気付き、慌てて駆け寄ってくる。そういえば契約してるもんな……。
「お、俺は取り敢えず大丈夫だが……この男」
「殴り合いがしたいんなら他所でやんな!!この店じゃお断りだね!!二度と来るんじゃないよ!!」
俺が言おうとした矢先に店からバカでかい声がして思わずギョッとしてそちらを見ると……デカイおばさんが仁王立ちしていた…………というか俺と目が合った!
「ふ~ん…………そこのアンタ、今、『デカイおばさんが仁王立ちしてる』とか思わなかったかい?いい根性してるね!こっちに来な!!」
エスパーかよ!?なんか上から下までを一瞬ジロジロ眺められたかと思うといきなり考えていた事を当てられた。しかもこっちに来なとか言われたし…………そうだ!俺には素晴らしいボディーガードが…………!
と、救いを求めつつ木葉さんを見ると…………アレ?なんでそんな場所まで移動してるの?しかもニッコリ笑顔で手を振って見送らないで!?
絶対さっきの事を根に持ってやがるな!後で、後で…………なんか言ってやる!
と、小学生みたいな復讐を心に誓ってから俺は仕方なくオバサンと対峙する。改めてよく見ると、エプロンみたいな物を身に着けてるし、もしやこの酒場の店員さんじゃなかろうか。
「なにボーッと突っ立ってんだい?いいからこっちに来な!」
俺は最後の救いを求め、周囲を伺うも、何故か周りの人は日常風景だとも言わんばかりに、こちらを一瞥もせず、何事も無いように通り過ぎていく……うそぉ……。
仕方ないので俺は若干引き攣った笑顔で対話を試みた。
「ええっと…………俺が何かしましたかね…………?」
「いいからこっちに来なと言ってるんだよ!全く、腑抜けた顔しやがって!それでも男かい!別に取って食やしないよ!」
取って食やしないらしいので渋々俺はそのオバサンに近付くと、そのオバサンは突然俺とは別の方向を向いて言い放つ。
「ほら!アンタもだよ!この腑抜けの連れなんだろう?アンタもついてきな!」
「い、いやぁ!私は通りすがりで……!」
「通りすがりが笑顔で見送りをすると思うかい?ほら!早く!」
木葉さんザマァ!
*
俺と木葉さんを連れてどしどしと店のど真ん中を渡っていくオバサン。酒場の中の人からもたまに好奇の視線が刺さるが、オバサンはジロリ!と一瞥するだけで誰も彼もがすぐに俯いて大人しく酒を飲みだす。
なるほど…………誰も逆らえないのか…………これからはボスと呼ぼう。
やがてボスは店の2階へ上がり、少し奥へ進んだ所にある2つのドアの前で立ち止まると、俺達に振り返った。
「どちらも空いてるから好きな部屋を使いな!明日は早く起きるんだよ!!」
とだけ言い残し、なんとそのまま戻っていってしまった…………。
「え、ちょ……。」
「…………矢刀殿。」
「え、いやそんな目で見られましてもそこは経験豊富な木葉さんが説明してくれるんじゃ……。」
「私もこんな経験はない!……が、恐らく、宿を貸してくれるということか?」
「『明日は早く起きろ』って言ってたしなぁ……そういう事だよなぁ……。」
何にしても言葉足らずすぎる。かと言ってあの空間にわざわざ戻って『どういう事ですか?』と説明を求めるのも場違いな気がする。
しかし、ここで立っていても仕方がない。ここは意を汲んでありがたく一泊させてもらおう。
俺はササッと部屋を決めてドアノブを捻る。
「じゃあ俺は右で。」
「ふむ、ならば私も右で。」
「なんで!?」
思わずドアノブを握ったまま固まってしまった。
木葉に至ってはさも当然、というような顔をしている。
「何故と申すか?私が別の部屋に居て、貴殿にもしものことがあって守れなかったらどうする?あの巨体がいつ攻めて来てもおかしくはないのだぞ?そんなつまらぬことで私は契約違反を犯したくはない。」
あの巨体ってもしやボスの事か?いやまぁ確かにデカイけど巨体って…………ってそうじゃなくて!
確かにもしものことがあれば大変だが…………美少女と同室で2人きりか…………。
だが、しかし。ここは異世界。ゲームばかりして安穏とした日々を送っていた日常ではない。まだまだここでの常識が俺には当然足りていない。木葉が危険視するように、寝込みを襲われる事もあるかもしれない。あの侍でさえドラゴンを狩るためならば寝込みを襲ったのだ。ここでの侍がどんな物かは知らんけど。
あのオバサンが一体何を考えているのかもサッパリだ。ここは理性を総動員し、木葉と同室で……いや待てよ。
しかし、そこで俺は先程の話を思い出してしまった。見知らぬ盗賊が脳内でサムズアップをしてくる!俺の股間、ピンチ!
「い、いやぁでもさ、ほら、木葉さん。俺も健全な?男児だし?ほら、ね?男女が一つ屋根の下は、さ?木葉さんにとっても?危ないんじゃないかなぁー……と。」
「私は別に一つ屋根の下だろうが気にしないぞ。」
「もっと気にしようよ!?」
貞操観念とかも薄いんだろうか。俺の常識、身に付くのかなぁ…………。
…………その後俺は予想外に強情な木葉を『俺が襲われても木葉は責任を取らなくても良い』ということでなんとか説得し、ようやく部屋に入ることができた。いや襲われる前提かよオイ。
取り敢えず、部屋に入ると中は真っ暗だった。ようやく雲から顔を出したらしい月明かりが薄っすらと差し込んではくるが、当然、光源というには物足りない。
俺は思わずスイッチを探すがここは異世界である事に気付く。
「こういう癖から直していかないとな……というか、この場合明かりはどうするんだ?」
俺は酒場の店内を少し思い出す。
そう言えば、壁にランタンが掛かっていたか。
恐らく、電気なんていうものは当然無いだろうし、俺は部屋の中軽く見渡し…………見えねぇな。
流石に月明かりだけでは部屋全体は照らせていない。さて困ったと壁に手を置きながら部屋に踏み入れると、何やら明らかに壁ではない物が手に当たる。
「これか、なるほど。」
握って取ってみれば簡単に壁から外れ、カタン、と金属らしい音が鳴る。
目の前まで持ってくれば、はたしてそれはランタンであった。
どうやら、すぐ使えるように入口側の壁に掛けてあったようだ。
最初にスイッチを探した時に逆の壁を触っていればすぐ見つけられたかもしれない。
それはそうと、このランタン。やはり使い方が分からない。
火をつけるにせよ、マッチも持っていないしどうすれば…………。
木葉に訊きに行くのはなんだか少し癪であるし、また怪しまれて誤魔化すのも面倒だ。
ここは自力で…………とランタンの先端はよく見ればツマミのようになっている。
「おぉ……。」
軽くキュッと捻ると、若干何かが吸われる感覚と、同時にほんの僅かな疲労感と共に光が付いた。
存外に明るい。置いておけば部屋で過ごす分には困らなさそうだ。
さて、俺はここで自分の能力を確かめてみる。
自分に触りつつ、脳内でステータスを見たいと軽く念じる。
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名前:桜木矢刀
種族:ヒューマン
紋章:桜と刀
称号:【救世主】
ステータス:
《 レベル 》1
《 体力 》1000
《 魔力 》9/10
《 攻撃力 》100
《 防御力 》10
《 敏捷力 》100+100
《 運 》1
特性:
【紋章効果】桜と刀
【永続効果】刀術敏捷力補正
【永続効果】桜刀の神腕
スキル:
【刀】基本刀術
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やはり。殆どのステータスに変化は無いが《 魔力 》のみ数値が変化し、10から、9/10と1減った表記になっていた。
どうやら俺の推理通り、これは魔力を吸って動く魔力灯らしい。疲労感の正体は魔力を吸われた時の現象のようだ。火になるものが無いからおかしいとは思ったが、なるほど。こういう場所でも魔力は使われるのか。
今の所、目立って魔法っぽいものは見たことが無いが、やはり異世界に来たら一度は魔法を見てみたいものだ。こういう物を見るとやはり実感が湧くな。
だが、魔力が無くなったらどうなるんだろうか。
今の所俺には魔力が10しか無い。つまり10回ツマミを捻るだけで簡単に尽きてしまうのだ。
疲労感も蓄積したという事は、やはり無くなると倒れてしまったりするのだろうか。
…………無いとは思うが、もし魔力を使う戦闘があって、残り1しか無い状態でヘトヘトになって宿に来て、ランタンを付けてしまったら…………その場の床で寝ることになるのだろうか?
う~む、考えても分からないことは仕方ない。
こういう今必要無さそうな細かい所まで考えてしまうのは悪い癖なのかもしれない。
取り敢えず、何もしてない気はするが、先程の疲労感が心地よく眠気を誘ってくる。
異世界一日目は訳のわからないこと続きだった。
考えるのは後回しにしよ……う…………。
ベッドは予想以上に心地よかった。倒れ込んだ俺は禄に睡魔に抗わずにその身を委ねた。
こうして、俺は全てを明日に放り投げ、異世界一日目を終了した。
ようやく1日目が終了?