第14話 月食は不穏と悪意の前触れ
いよいよ戦闘です。
ミラと木葉が戦闘慣れした動きでその泥人形へ攻撃を加えていく。
「ミラ殿!戸を壊したことをお詫び申し上げる……!」
「なぁにバカな事言ってんだい!さっさと片付けちまうよ!」
巨大な泥人形は二人の攻撃もお構いなしに右腕をミラと木葉のいる場所へ振り下ろした。
二人は一瞬アイコンタクトを交わしたかと思うと危なげなくそれを避けた。
まるで長年一緒に戦ってきたかのような連携ぶりだ。
……いや、まあ確かに"職場"では一緒に戦ってきたかもしれないが。
二人が先程まで居た場所へ一歩遅れてズゥゥゥン!という音ともに凄まじい粉塵が巻き起こり、泥が飛び散る。
「うぉっと!ペッペッ!」
ボーッと眺めていた俺の顔面にもいくつか飛び散ったものがかかる。アホみたいにあんぐり開けてた口の中にも少し入ってしまった……。
「おい!矢刀!そんな所にボーッと突っ立ってないでどこか隠れてな!!」
「わ、分かった!」
ミラに言われて思わず周囲を見渡し、取り敢えず壊れた裏口から店の内側に隠れ、外の様子を伺う。
相変わらず泥人形は片腕を振り回すばかりだが、その攻撃はまるで二人に当たる様子すら無い。
未だに思考停止気味に眺めているばかりだが、徐々にこれで本当に良いのか?と自分の中で沸々と疑問が湧き上がってくるのも分かった。
木葉は俺が勝手にポンコツ呼ばわりしているがあれでも現役の剣士だ。実力は本物だろう。様々な事象への吸収の速さや、刀捌きを見ていれば、里での修練は嘘偽りなんかではない事が分かる。きっと真っ先に飛び出して行ったのは殺気を感じたからだ。
一瞬で戸の向こう側に居るはずの見えない敵を見破り、先陣を切り、あまつさえその攻撃をカウンターで受け流し片腕を消失させた。常人に到底真似できることじゃない。
ミラは序盤さえ俺と同じように動揺していたが、周りに粉塵飛び散る中でも敵を視認し、すぐに状況を理解して木葉に加勢していった。傭兵時代の経験は伊達じゃないだろう。しかもいつの間にか見たこともないハルバードらしき武器まで装備している。ミラも"収納"スキル持ちなのだろうか?いや、今はそんな事考えている暇は無い。
なぜ突然泥人形が襲ってきたのかとか、誰が仕掛けてきたのかとか、目線は誰だったのか、もう周辺敵はいないのか……今この状況で考察すべき事象は山程ある。
そして今現在それらの状況に最も対処出来ているのは目の前の二人だけだ。俺は無様にも隠れているだけ……。いくらチートスキル持ちとはいえ、あまりにも無様。【救世主】の称号が号泣するレベル。
とは言え俺は現在のステータスはちょっと過酷な宿屋のアルバイトをしただけの一般人と何ら変わらないのだ。実戦は勿論、刀だって禄に振ってないし、筋トレすらしたことがない。運動と言えば全力で走ったのは前世の最期の瞬間くらいなものだ。まさしくズブの素人。
……恐らく、あの二人の連携ならあの泥人形はすぐにでも倒せるだろう。再生しつつも歴戦の戦士二人の攻撃に徐々に対応出来なくなっているのがその証拠だ。でも、その間俺はこのままで良いのだろうか?二人に守られているだけで?この先もずっと?それで良いはずがない。
念願の異世界転生だった。
"カンリ"という奴に救世主っていうとんでもない使命を果たす人間に選ばれた挙げ句、こんな最高の世界にも来れた。
めちゃくちゃ強い腕輪もいきなり手に入れられた。誰もが夢見る強くてニューゲームのはずだった。目覚めて早々にこんなに強い美少女にも巡り会えた。お金だって困らなかった。宿だって困らなかった。
ミラっていう気立ての良い人物にも巡り会えた上に武器や防具だって新調出来た。しかも念願の刀だった。それなのに、こんなにも恵まれているのに、今、俺は何をしている?
ただ、隠れて見ているだけなのか?こんなの、俺が頭の中で何百回と嘲笑ってきた、何も出来ない、口だけの上っ面の人間と一緒じゃないか。
俺は、ここでも、役立たずなのか?この世界でも?ただ守られるだけの弱者に成り下がるのか?
―――――力が、欲しいか?
カンリの言葉が脳裏に過る。
あぁ、なんだか腕が熱い。きっと俺は今自分に苛立っているんだ。俺が、今、何をすべきかだって?決まっている。俺は何をしにここへ来た?
俺は、俺は―――――
『誰かを守れる―――――力が、欲しい!』
俺は、木葉に向かって一直線に飛来する青白い塊に向かって迷わず飛び出した。
*
「…………!ミラ殿、この泥人形……!」
「あぁ、分かってるよ!どうやら一筋縄では行かないみたいだね……!」
ミラは言うや否やハルバードを大きく振りかぶり、そのまま泥人形の足を斬り裂く。
思いっきり叩きつけるようにして斬った反動か、泥がミラにも飛び散るが、そんな事は気にしない。
斬った箇所に深々と斬撃の跡が残ったのをミラは見届けると、そのまますぐにその場を離脱。少し遅れて泥人形の左腕がその場所へ飛んでくる、が、とっくにミラはその場所には居ない。緩慢すぎる動きは経験豊富なミラや木葉には止まって見えるくらいだった。
だが、ミラはその顔を苦渋に歪める。
なぜなら―――――
「やっぱり"再生"してやがる……でも。」
ミラが深々とため息をつく。しかし、すぐにニッと口端を吊り上げて嗤った。
「アタシらの敵じゃない。」
確かに泥人形は斬った箇所にドロドロと泥を流し込み、傷口を再生しているように見えた。
だが、決して早い再生ではないし、ミラは確実に手応えを感じていた。
「恐らく、コイツはゴーレムだ!どこかに核がある!アタシが泥を引っ剥がすからそこを狙いなッ!」
「ご、ごーれむ!?」
「そらいくよッ!!」
聞き慣れない単語に若干動揺する木葉だったが、思考を端に追いやってミラの行動に合わせて動く。
「そうらッ!!」
相変わらず緩慢なゴーレムと呼ばれた泥人形の動きを難なく躱し、その体に似合わない俊敏さで間合いへ潜り込むと、ミラのハルバードが唸りを上げて思いっきり振り抜かれる。
ズバァン!と凄まじい衝撃音と共に泥が散乱し、胸へ僅かだが隙間が出来た。
ミラが斬り拓いたゴーレムの胸元の隙間から見えるのは真紅の……石?だろうか。なんともその図体に不釣り合いで僅かながら赤い光を放つソレは、知識の無い者が見ても明らかに重要な何かである事は確かだ。
ゴーレムの動きが僅かに止まり、先程の傷より素早く修復が始まる。ゴーレムがソレを隠したい意図がありありと見て取れた。
「ふんッ!」
だがその隙を見逃す木葉ではない。むしろ止まってくれて好都合、とばかりに胸の赤石に向かってクナイを投げつけた。
クナイは吸い込まれるように一直線に胸元の石に向かっていき―――突き刺さった!
先程と違い、ピタリと動きを止めるゴーレム。ミラと木葉も構えを解かずに警戒しつつその様子を黙って見守る。
戦闘の喧騒が嘘のように静まり返る中、木葉のクナイが刺さった先端を中心にピキ……ピキ……と赤石に罅が入っていき……パリン!と砕け散った。
すると、ゴーレムはそのままサラサラと砂のように溶けて跡形も無く消えてしまった。
「なんと面妖な…………。」
ポツリと漏れた木葉の呟きが静寂に響く。その刹那。
「「まだだッ!!!」」
俺とミラの言葉が被る。
「―――ッ」
ズバン!と音がして俺の刀は確かにソレを斬った。
「木葉っ、怪我はないか!?」
「アンタ大丈夫かい!?」
すぐさまミラが駆けつけ俺の隣に入り、木葉を庇いつつ周囲を警戒する。
危なかった。やはり敵はこのゴーレムだけじゃない。
明らかに攻撃は飛び道具だ。だが斬った物に殆ど手応えはなかった。木葉を守る事に必死で、ソレが青白い塊……である事しか見えなかったが、魔法か何かだろうか。
「か、かたじけない!私としたことが……。」
慌てて構え直して周囲を見渡す木葉。
「怪我がないならいいさ。ゴーレムは術者がいなけりゃ動けない。相手は無知な木葉をワザと狙ったんだね。ヤマト生まれのアンタが気付かなくても仕方ないさ。しかし……矢刀、アンタやるねえ!見直したよ!」
「い、いや、偶然さ……それより、その術者ってヤツはどこなんだ?」
仮に術者と呼ばれたヤツが付近にいるなら、まだ攻撃を仕掛けてくる可能性がある。俺は構え直した刀をより強く握り締めた。
「そうさねぇ……さっきの一発以降殺気が消えた……恐らく逃げられたね。」
「うむ……私も先程のご、ごーれむ?と言ったか。ヤツと対峙している時も実はもう一つ気配を感じていたのだが……それが今は無い。逃げたか更に離れただけなのかは分かりかねるが……恐らくもう周辺にはいないであろう。」
「よし、一時撤退だ。店の中に入りな!少なくとももう今日中には仕掛けてこないだろう。」
俺達は木端微塵になった扉の破片を踏みしめつつ、素早く店の中へ駆け込んだ。
*
店の外に居たはずの観衆は一人も居なくなり、店内には開店前の静寂が戻っていた。
ミラがあの威圧感を放出しながら睨みつけて全員追い払ってしまったからだ。
店の扉には『本日営業中止』の張り紙が貼られている。
俺達はいつものカウンター席ではなくミラの部屋に来ていた。
壊れた裏口は有り物で一応のバリケードを作っておき、正面口もテーブル等を動かして障害物になるように配置し直してある。
またいつ来るか分からないが、一応の襲撃への対策だ。
ミラの部屋は俺達が泊まっていた部屋より一回り広く、少し大きめのテーブルとイスが置かれていた。
俺達は今、それを囲んで座っている。
やがて、暫く腕を組んで考え込んでいたミラはふぅ、と一息吐き出すと俺達に語り始めた。
「…………あれは、恐らく"泥人形"だね。」
「"ゴーレム"?」
「ああ、ゴーレムってのは"メルサ"で使われる身代わりの魔術の事さ。」
"メルサ"とは、木葉にも前説明してもらったが、この大陸の一番北東にある国だ。
"水と魔の国メルサ"というだけあって、恐らくそのミラの言う"魔術"とやらを武器にしているんだろう。
「"ゴーレム"は殆どの場合、自分の思い通りには動かす事は出来ない。被ってる泥以外の防御力もないから、核に攻撃を食らうとさっきみたいに簡単に壊れちまう。」
思い通りには動かせない……つまり術者が近くにいれば自身も巻き添えを食らう可能性がある。だから術者は離れた場所にいた訳か。今回はそのお陰で助かったとも言えるだろう。
恐らく、もっと術者が近くにいれば俺は木葉を守れなかったかもしれない……考えたくもないが。
「だが、"ゴーレム"は便利な分おいそれと作れるモンじゃないよ。あのデカさになると相当な魔力が必要になるだろうね。アンタも知ってるだろう?」
「あぁそうだ。懐かしいな。ヤツに昔は散々苦しめられたなぁ、ミラ?」
「フン、あの時殆どアンタはただ黙って見てただけじゃないかい。」
慣れた調子で軽口を叩くのは、あの劇的変化好青年ボルグだ。
ミラが『これから話す話題にはボルグも居たほうがいい』と言うので、あの後店に居たボルグに事情を説明し、来てもらったというわけだ。
「それにしても矢刀殿、その……手は大丈夫なのか?」
木葉が心配したように訊く通り、今俺の右手には応急処置として包帯を巻いてある。
実は先程の木葉に向かって飛んできた"青白い塊"を斬った時に、打ち消しきれず若干手に食らってしまっていたらしい。あの時は必死で全く自分の手なんて鑑みてもいなかったから、ミラに手が血塗れになっているのを指摘されて初めて気付いた。
もしもの時の為にと俺達が旅用に買ってあった包帯が早速役に立ったという訳だ。
「心配いらないよ。これは俺が未熟だったせいで出来た傷だ。毒とかじゃないみたいだし、大きな怪我でもないからすぐに治るさ。」
「そんなっ、未熟なのはこの私だ!それに、こっ、これは契約の違反であるし……。」
半ば強引ではあったが、確かに木葉との契約には"俺を守る"というのも含まれていて、律儀な木葉は執拗にそれを気にしていた。
正直俺からすれば半分冗談みたいなもので気にするな、というのが本音だし実際それを伝えたのだが、頑なに自分を卑下する木葉の態度は崩れなかった。木葉らしいと言えばらしいが。
俺は俯く木葉に気にしすぎだとでも言うように軽く右手をプラプラさせていると、ミラが改めて話を切り出してきた。
「まぁ、悪いがそれはひとまず置いといてもらおうか。今はアンタ達に話しておかなきゃならない事がある。」
「ミラ、本当に矢刀君達を巻き込むのかい?」
「そんな事はもう今更さ。奴らだってとっくにこの子らを巻き込むつもりだろうよ。真っ昼間から襲撃してくるくらいだからね。」
「俺達は大丈夫だ。ミラには恩もある。手伝えることならなんでも言ってくれ。」
毒を食らわば皿まで。それに、俺はなんとなくこれからミラの話す事が世界を救うヒントになるだろうとどこかで感じていた。より危険な道程になるかもしれないが、ミラに恩を返したいのも本音だ。
「そ、その通りだミラ殿。私達の仲に秘密など不要だ。」
ミラはそれを聞くとフッ、と鼻で笑い「仕方ない子達だねぇ」と言って語り始めた。
「―――――"白金貨"の話は覚えているかい?」
*
白金貨とは、貴族が自分達の為だけに作った金貨だ。
その価値はなんと"大金貨"100枚分。
大金貨は庶民に伝わる貨幣の中でも一番価値の大きいものだ。
それがたった白金貨1枚に100枚分もの価値が込められている。
元はと言えば、貴族が大きな買い物をする際に、いちいち大金貨で払ってられない、との理由で出来たらしいが、白金貨自体が普通に庶民に伝わる物ですらないため、真偽は定かではない。
しかし、白金貨には悪い噂もある。
その噂が、"庶民が白金貨を持つと数日以内に死ぬ"という物だ。
最初は根も葉もない噂だった。
白金貨に嫉妬したやつが流したしょうもない噂の筈だったのだ。
だが、事実、ミラの酒場でそれは起きた。
俺達が酒場に来る十日前程の事らしい。
毎日のように酒場に来る常連客の一人が『俺は白金貨を遂に手に入れたぜぇ!』と騒いでいたらしい。
客の名前はジョンソン。ほら話ばかりする奴だが、他の客からは話が面白い、としばしば人気もある男で、ジョンと呼ばれ、親しまれていた。
その時はミラでさえも白金貨の事は知らなかった。酔ったジョンがまた何かほら話を始めたのだと思っていた。
だが、その日を堺にジョンは店へ来なくなり、数日後に他の客から死体で見つかった、とミラに伝えられた。死因は自殺。
ミラはそんな馬鹿な、と思い、独自の調査で情報を集めるも、どうやら本当にジョンは自殺死体として見つかったようだ。
ミラは長年の経験から相手の顔色、表情、仕草等から相手を知ることに長けている。
決してジョンがそんな死に方をする男ではないと思い、ジョンの死体を処理したらしい街の自警団を問い詰めるも『無関係者は帰れ』の一点ばりで話すら聞いてもらえなかったらしい。
調べている内に白金貨に纏わる噂も知った。
そして……同時に"ミラのよく知る組織"が関係していそうな事も明らかになってきた。
組織の名は"イクリプス"。
ミラが傭兵時代に滅ぼした組織の名前だった。
謎の組織、イクリプスに迫ります。




