第二十三話 謁見
バルグナーが国王への報告を提出したのは、遠征から一週間後だった。
返答は速かった。翌日には、謁見要請が来た。
「……俺が、ですか」
俺は、封筒を持ったまま、また固まった。
「国王陛下が、直接お会いになりたいとのことです」セバンが補足した。「バルグナー師団長の報告書をご覧になって、即日ご要請が来ました」
「国王に会うって、何をするんですか」
「話をするだけだ」レイアが言った。「ハルディア国王は、実務的な人物だ。数字と結果を見て判断する。儀礼的なことは苦手だが、本質的なことは話が早い」
「礼儀とか、あるんですか。国王に対しての」
「一礼して、呼ばれたら顔を上げる。それだけでいい。ハルディア陛下は、礼儀の細かいことを言う人物ではない」
「……レイアも、来てくれますか」
「父と三人で行く」
三日後、謁見の日が来た。
俺は、屋敷が用意してくれた正式な服を着た。質素だが上品な布地で、アルヴェインの文官が着るような形をしている。鏡を見たが、自分だと思えなかった。
「似合っている」
廊下でレイアが言った。
「慣れないですね」
「慣れる必要はない。今日だけだ」
三人で王城へ向かった。
謁見室は、思ったより小さかった。大広間ではなく、執務室に近い部屋だった。国王ハルディア二世が、机の前に立って待っていた。
五十代後半、中背、顎に白い髭を短く蓄えている。偉そうな顔をしていない。書類を片手に持ったまま出迎えた。仕事の途中に割り込まれたような、でも不機嫌ではない様子だった。
「ライナード、久しぶりだな。レイア、また大きくなったか」
「変わっておりません」
「そうか、私の目が悪くなっているのかもしれん」
国王が、俺を見た。
「お前がアインか」
「はい」
「バルグナーの報告書を読んだ。数字というのは正直なもので、あの男が嘘をついたことは、三十年間で一度もない。つまり、あの数字は本物だということになる」
「ご覧いただけましたか」
「見た。要するに、お前がいれば、我が軍は強くなるということか」
直接的な問いだった。俺は少し考えて、正直に答えた。
「俺がいると、皆さんが本来持っている力を、最大限に出せるようになる、ということらしいです。強くなるというより、引き出される、というほうが正確だと思います」
「それの何が違うのか」
「俺が直接、何かをしているわけではないので」
「お前がいなければ、引き出されない。結果は同じではないか」
「……そうかもしれません」
「謙虚なのはいいが、自分の価値を低く見るのは損だぞ」
国王が、書類を机に置いた。
「ライナード、レイアの判断は正しかった。これは国家にとって重要な能力だ」
「ありがとうございます、陛下」
「望みを言え、アイン」
俺は、少し詰まった。
望み。何かあるか。
「……思い当たりません」
「そうか」
国王が、少し笑った。
「珍しい人間だ。こういう立場になった者は、大体、何かを要求してくる」
「何を要求すればいいか、まだ分からなくて」
「正直でいい。いつか思い当たったら、言え」
そこで、レイアが一歩前に出た。
「陛下、私からよろしいでしょうか」
「言え」
「アインの研究環境の整備と、カサル翁への研究費支援をお願いしたいのですが」
国王が、レイアを見た。
「カサル翁は、まだ現役か」
「はい。アインの能力の理論的解明を進めておられます。設備の補強があれば、研究が加速します」
「ヴォルドハルトの娘らしい答えだ。自分の望みを言わずに、相手のことを言う」
「私の望みは、研究が進むことです」
「許可する。予算は外務府に話を通す」
◇
謁見が終わり、王城を出た。
俺は、歩きながら、レイアに言った。
「なんで、俺の代わりに言ってくれたんですか」
「あなたが、何も言わないから」
「でも、研究費は翁のためで、研究環境は俺のためですよね。自分の望みを言ったじゃないですか」
「違う」
「違いますか」
「研究が進むことが、私の望みだ。あなたのことではない」
俺は、少し考えた。
「……そうですか」
「そうだ」
でも、その答えが、どこか説得力を欠いていた気がした。俺だけがそう思ったのかもしれない。
でも、少し、胸が温かかった。
自分の望みを言わずに、相手のことを言う。国王がそう評したレイアの言葉は、確かに、俺のためのものだった。俺が望みを言えなかったから、代わりに、俺のために動いてくれた。
この人は、いつもそうだ。
俺が言葉にできないことを、先に汲み取って、動いてくれる。
「レイア」
「なんだ」
「いつか俺、自分の望みを、ちゃんと言えるようになりますかね」
レイアは、少し間を置いてから答えた。
「なる」
「なんで言い切れるんですか」
「あなたは、変わってきている。ここに来たときは、望みを持つことすら怖がっていた。今は、いつか言えるようになりたいと思っている。それだけで、十分に変わっている」
俺は、その言葉に、少しだけ、胸が熱くなった。
変わってきている。
自分では気づかないうちに、俺は、少しずつ変わっているらしかった。
この人のおかげで。




