第十六話 噂
宴の翌週、俺は初めて、レイアと組んで正式な依頼を受けることになった。
第七層突破を兼ねた、中層ダンジョンの攻略依頼だ。師団から二人の同行者がついた。一人はバルグナー団長が指名した中堅剣士のコルト、もう一人は回復術師のシナだった。俺は当然、後衛として参加する。
出発前、コルトが俺に声をかけてきた。
「アインさん、よろしくお願いします。前に別の人から聞きました。あなたがいると感覚が変わるって」
「そう言ってもらえると助かります。何もできないので、足を引っ張らないようにします」
「足は引っ張らないと思いますよ、絶対に」
コルトが笑った。二十代後半で、人懐っこい顔をしている。
四人で入ったダンジョンは順調だった。一層から四層まで、問題になる遭遇はなかった。五層で複数の中型魔物と戦ったが、レイアとコルトの連携が見事で、短時間で片付いた。シナの回復術は、ほとんど必要なかった。
「俺、なんか今日すごく動けてます」
コルトが言った。以前の中堅冒険者と似たことを言っている。レイアが「アインのおかげだ」と告げると、コルトが俺を見た。
「本当に後ろにいるだけで?」
「らしいです、俺」
「すごい。なんか武器持ちたくなってきた」
「そっちは向いてないので」
六層、七層と進んだ。七層は、これまでの記録と並んだ。レイアが「八層へ」と言って、前に進んだ。
八層の入り口で、大型の魔物と遭遇した。体長三メートルを超える甲殻類の魔物で、装甲が厚く、正面からの攻撃が通りにくい。これがいるために、七層が事実上の限界とされていた。
レイアが槍を構えた。コルトが横から剣を振るう。シナが後方で支援術を展開する。俺は壁際に下がった。
戦闘が始まってから、俺には攻撃できることが何もない。ただ見ていた。見ながら、三人の動きを見ていた。
レイアの槍が、甲殻の薄い部分を的確に突いている。コルトが的確に動いて、魔物の注意をレイアとの間で分散させている。シナの回復が、いいタイミングで入っている。
三人の動きが、噛み合っていた。
俺がそこにいることで、三人の「噛み合わせる力」が上がっているのかもしれない。
十分ほどの戦闘の後、魔物が倒れた。
コルトが「やった!」と声を上げた。シナが「八層突破ですよ、レイア様」と言った。
レイアが俺を見た。
「どうだった」
「……戦いというものを、初めてちゃんと見た気がします」
「怖かったか」
「怖かったです。でも、見ていられた。レイアたちの動きが、見えた」
「見ていてくれるだけでいい。それがあなたの役割だ」
コルトが「あなたがいなかったら、あの八層は無理でした」と言った。
俺は「何もしていないです」と言いかけて、やめた。
レイアに釘を刺されていたのを思い出した。
「……ありがとうございます」
それだけ言った。
それで良かった。
◇
八層突破の記録は、師団内で即日広まった。
バルグナー団長が師団員に向けて「槍聖が記録を更新した」と発表した。正式な報告書には「付与魔法師アインの同行による効果増幅が認められた」という一文が入った。
この一文が、思いがけない広がりを見せた。
師団内での話が、冒険者ギルドに伝わった。ギルドの情報は早い。「槍聖が新しいエンチャンターを連れているが、そいつがいるだけで全員の能力が上がる」という話になると、三日で王都中に広まっていた。
「アイン、今日も大変だぞ」
朝食の席でレイアが言った。
「何がですか」
「ギルドから依頼が来ている。あなたに同行を求める依頼が三件、昨日の夕方から今朝にかけて出た」
「俺に、ですか」
「あなたの能力が噂になっている。あなたが後衛にいるだけで、前衛の成績が上がる。そういう話だ」
俺は、朝食のパンを持ったまま固まった。
三年間、誰も俺を必要としなかった。それが今、俺を名指しで求める依頼が、次々と来ている。
「……俺、依頼を受けられるんですか。ギルド証がない」
「アルヴェイン王国では、侯爵家の身分証明があれば単独依頼は受けられる。正式に証明書を出す手続きをした。来週には出る」
「そんなに早く動いてたんですか」
「測定結果が出た日に動いた」
測定は、二週間ほど前だ。俺が知らないうちに、手続きが進んでいた。
「……侯爵には、お世話になりっぱなしで」
「父は投資だと思っている。あなたの能力に価値があると分かったので、動いた。感情だけではない」
「それでも、ありがたいです」
「感謝するなら、成果を出せばいい。それが父には一番うれしい」
俺は、パンを食べながら、少しだけ、自分の変化を感じていた。
依頼が来る。名前で呼ばれる。必要とされる。
三年間、一度もなかったことが、今、当たり前のように起きている。
◇
同じ頃。ガルディアの商人街で、一人の商人が、馴染みの宿に泊まっていた。
アルヴェインから戻ってきたばかりの、行商人だった。宿の食堂で、隣に座ったアルヴェインの商人から、こんな話を聞いた。
「ガルディアから来たなら知ってるか。向こうにいたっていう付与魔法師の話を。アインとかいう」
「……聞いたことないな」
「今、こっちで噂になってる。槍聖が連れてきた付与魔法師で、いるだけで周囲が強くなるとか。元はガルディアで追放されたって話だ」
「追放、ね」
「あの国、もったいないことしたな、って話でな。商売仲間の間でも話題になってる」
ガルディアの商人は、その夜、宿に帰ってから、一通の手紙を書いた。
宛先は、ガルディアの商人組合だった。
効果不明の荷物番が、隣国で英雄になっている。その事実が、少しずつ、ガルディアに戻り始めていた。




