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【第一章完結】最弱たる牙の王  作者: 吉 稲荷
第二章 酷暑極寒大わらわ、鼠と犬と夢うつつ
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第十話 開戦

 綺麗な真円を象る満月の元、俺達は戦いに備えて最後の作戦会議を行っていた。

 異世界でも変わらず闇夜を照らしてくれる月の姿は故郷に帰ったかのような安心感があり、見ているだけで戦いの前の緊張も自然と解れた。


『ふふっ、進化したのに小っちゃくなってる』


 ……約一匹、緊張が解れすぎたのか生意気なことを言ってはいたが。


『また言ったなベルっ、もう我慢ならん! 進化した俺の恐ろしさを思い知らせてやるっ! くらえっ!』

『ふっ、その程度じゃ当たらない』

『んにゃろめぇ! ぬんっ! てやっ!』

『ん、デントはまだまだ弱い、可愛くていいと思う』

『ちきしょぉぉぉ』


 一日遊び倒したおかげか、扱いにも慣れてきた《瞬脚(しゅんきゃく)》を使ってベルに飛び掛かるがまるであたる気がしない。

 歯を食いしばって悔しがるが、その姿がベルをさらに喜ばせるのか、彼女は上機嫌にふすっと息を漏らしていた。


『……二人ともちゃんと話聞いてる?』


 真面目な会議中にベルとじゃれ合っていたせいで、ジトーっとリルが俺達を睨んだ。周囲を見れば、犬人さん達も困ったように苦笑いしている。


『ん、聞いてる。私とリルで一番強そうな魔物を倒す』

『お、俺は犬人さん達と霧の外から魔物が入ってこないよう警戒をするんだよな?』

『ちゃんと聞いてるし……なんか納得いかないなぁ』


 そう言って不満気な顔をしつつも、リルは会議に戻っていった。


 今回の戦いにおいて俺がやることは極めて単純、霧の中で全てを解決してくれるベルリルコンビの補助だ。

 二匹の役割が重すぎないかと言われれば全くその通りではあるのだが、これにはいかんともし難い事情があった。


 何を隠そう、目の前に漂う不気味な青黒い霧に触れるとベルとリル以外は眠りに落ちてしまうのだ。


 この霧の強力な睡眠効果は既に検証済み。

 『二人が平気なら俺もいけるだろっ』などといって霧に突っ込んで爆睡をキメたどこぞのアホ鼠が立派な被検体となってくれた。……いやまあ俺なんだけど。


 という訳で、俺や犬人さんはベルとリルを応援するしかすることがなく、せめて邪魔が入らないように霧の周囲で目を光らせておくということになったのだ。

 幸いといっていいのか、霧の周囲には魅了状態の不安定な魔物が跋扈しており、大いに役に立てそうではあった。


『ってことで、作戦はこんな感じだよ。連絡は取りようがないから、今後の指揮はカヴァル隊隊長代理のゴードンに一任する。満月とはいえサヴァン、カルム、アンジェの皆は絶対に一人で戦わないこと。連絡を密にして、異常事態はその場その場で臨機応変に対応してほしい。誰一人として死ぬことは許さないよ、いいねっ?』


 リルがそうまとめると、「ハッ」と綺麗に揃った犬人さん達の掛け声が凍てつく森に響く。

 今この場には、街にいるほとんどの犬人(戦えない老人や子供達とそれらの護衛以外)が集い、ドンドンたちカヴァルの者達の横には、随分と頼りになりそうな狼の魔物、シャドウウルフが付き添っていた。

 民間人も含め数千人が隊列を成す様は壮観であったが、そこに迷いや恐れは少しもなく、本物の軍人のようであった。


『(獣人さん達が本気だしたら、世界なんて余裕で支配できるんじゃ……くわばらくわばら)』


 これだけの人がいて、全て俺より優れた身体能力を持つというのだから、か弱い鼠には獣人という種の底力は末恐ろしかった。


『じゃあ師匠、皆をよろしくね。師匠がいれば誰一人死ぬことはないよね?』

『ん、デントはやればできる子、信じてる』


 挨拶を終えたリルが、俺達の元へ駆け寄り、ベルと一緒になって俺に発破をかける。

 期待に圧し潰されそうではあったが、今はどうしてもそれに応えてあげたかった。


『……うしっ、それならどんと任せとけっ。ベルとリルも絶対生きて帰って来いよ。生きてりゃ治してやるからなっ!』

『ん』『もちろん!』


 何でもないように短く返事をした二匹の神獣は、躊躇いもなく不気味な霧に侵入していく。

 そうして、それぞれの戦いの幕があがった。


 *****


 戦いの立ち上がりは静寂の中進んだ。


 ベル達が霧に入ってから、俺と犬人さん達は霧を取り囲むように陣を敷いた。命を一番の優先目標に定め、五十人前後を一部隊として、左右の隣り合う部隊が必ず視界に入るように位置取っていた。


 犬人さん達は聴力も優れているのか、遠吠えのような咆哮を使って、今も隣の部隊と定期的に連絡を取り合っている。


『(小規模な戦闘は起こっちゃいるが、今のところは問題なしってところか)』


 傍に広げられた戦況図を眺めて、状況を読み取る。

 言葉が分からないなりにドンドンも考えてくれているのか、地図や身振りで必死に伝えてくれようとしていた。


『(このまま何も起こらなけりゃいいが)』


 姿の見えないベル達、そして犬人さん達の無事を祈る。

 しかし、それが却って良くなかったのか、一際大きい咆哮が静寂を破った。


「伝令っ、西南西からファントムベアとフローズンディアが群れを成して接近中! 成熟した個体ばかりで非常に危険度が高いかと思われますっ!」

「了解、であれば我々本隊が…」

「か、重ねて伝令っ、東から異常発生した魔物の群れが接近中!! 状態異常を操る厄介な魔物が多く救護班を派遣した方がよろしいかとっ!」

「全くの同時っ……霧が魔物を呼びよせているのかっ」


 左右両方から遠吠えが響き、場は慌ただしさが包まれる。


「くっ、どちらから対処するべきか…」

「キュキュ?(ドンドン、俺はどっちに行けばいい?)」

「デント様がどちらかを担当してくださると? 悠長に迷っている場合ではないか……よしっ、我々本隊は七割の手勢で西南西に向かうっ! 残りの三割はデント様と共に東へ向かえっ! 道中の各部隊から数名ずつ引き抜いても構わんっ、何があっても死ぬことは避けろっ! カヴァルの名に懸けて、もう二度とリル様を泣かせるような無様を晒すなよっ!」

「「「「「ハッ!」」」」」


 ドンドンの指令に従って、俺達は東へと走る。


 道すがら別の部隊を経由していったが、どの部隊も本格的に寄ってき始めた魔物との交戦を開始していた。

 今の所は危なげはなく対処していたが、どこか一つの部隊でも崩れてしまえば総崩れになる、そんな張り詰めた緊張感が漂っていた。


 歩みを進め霧の東に辿り着くと、凍り付いた木々の隙間からでもはっきり見えるほどの魔物の群れが視界に映った。

 見たことのない魔物も多く、寒さと恐怖から体が勝手に震えそうになる。


 犬人の面々も同様に不安なのか、よく見ると指の先が小さく揺れていた。


「(俺がこんなんじゃ不安でしかたねぇよな)」


 ここに居るのが、ベルやリルならきっと彼ら彼女らの顔には自信が満ち溢れていたはずだ。

 己の不甲斐なさにどうしようもなく苛立ちが募るが、その苛立ちさえ力に変えて、俺は力の限りに叫ぶ。


「キュイィィィ!!!!」


 《瞬脚(しゅんきゃく)》の光りと共に、大地を蹴り、誰よりも先に魔物の群れに突進する。


 必然、ゴゴゴゴ、と魔物達の足音が地響きとなって伝わってくるが、もはや不安は感じなかった。

 俺の背後にはそれ以上の咆哮をあげる、頼もしい仲間たちが寄り添っていたのだ。

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