第八話 決戦前夜(後編)
ジャイアントボア相手に虚しい勝利を飾った俺は、何も言わず置いてきた犬人の騎士ドンドンと癒し系ナースのポーラさんの元へ戻っていた。
戻った際に何やら言われた気もするが、どうせ分からないのだし気にしても仕方がないだろう。
そんなことより、今は脳裏に浮かぶ『進化可能』の文字が気になってそれどころではなかった。
安全も確保できたと俺はワクワクする気持ちを爆発させながら、今回の進化先を確認する。
-------------------------------------------------
選択可能な種族
・スモールジャンピングラット
砂漠地域の岩場に隠れ棲む小型の鼠の魔物。
度々、空を駆ける姿が目撃されるが、臆病で俊敏な魔物であるため、人を襲ったという報告例は存在しない。
類似した名称を持つラージジャンピングラットとは全くの別種であり、愛好家が改名に励んでいるが知名度の高い魔物ではないため、進捗は思わしくない。
・レッサーコレクターラット
希少価値の高い宝石や鉱石を好んで食す鼠の魔物。
王族や貴族から蛇蝎の如く嫌われており、国よっては持ち込んだだけで死罪を言い渡されるほど。
しかし、その愛くるしい見た目と温厚さからペットとしての人気が非常に高く、世界中に広く生息している。
一説では、気に入った飼い主にだけ目も眩むような宝石をもたらすとされているが、真偽は定かではない。
-------------------------------------------------
『(……前回から思っちゃいたが、一体誰視点での説明なんだ、これ? 猫さんも犬さんも鼠なんざ飼ってなかったぞ? 魔族の間で鼠を飼うのが流行ってんのか?)』
ベルやリルだとどんな種族説明なんだろうかと、余計なことを考え始めて、いかんいかんと正気を取り戻す。
なんにせよ、二つの内どちらかを選ばねばならないのだ。
『(興味を惹かれるのはレッサーコレクターラットだが、どう考えてもスモールジャンピングラットだよなぁこれ)』
宝石や鉱石を食す鼠がどんなものか見てみたさは凄くある、というか途轍もなく見たい。
しかし、この切迫した状況で『空を駆ける』という圧倒的機動性を捨ててまで、優先すべきではないように思える。
空を飛ぶ魔物、レッサーフェニックスやヴァンピィフライには散々苦労させられてきたし、今後そういった魔物が出てこない訳もない。
悩む心とは裏腹に頭は選択肢を一つに絞っていた。
『うっし、スモールジャンピングラット一択だな。レッサーコレクターラットはどこにでもいるらしいし、探して見に行きゃあいいだろっ!』
迷いを断ち切る様に鳴き声をあげると、傍に居たドンドンとポーラさんがピクッと反応する。
「ぷぃ(今から多分光るけど、気にしないでくれよな)」
すっかり近くに居たのを忘れていた二人にあまり意味のない声掛けをしてから、俺は進化先を強く思い浮かべた。
瞬間、ヒーリングラットの時同様、体が光に包まれ、ふわふわと宙に浮くような感覚の後、体がより強靭に逞しく作り変えられていくのを感じる。
眩い光が収まり、目を開けると《癒しの波動》のような心地よい光が体を照らしていることに気が付く。
どうやら、驚きに驚いたポーラさんが《治癒術》による治療を試みていたようだ。
「キュ、キュキュー(どうよ、この新しいフォルムはっ)」
「デント様、なのですよね?」
「恐らく……お元気そうですし、もう《治癒術》は必要ないでしょうか」
お披露目するようにくるくる、ぴょんぴょんと跳ねてみるが、二人の反応はイマイチだ(なんだったらポーラさんは、露骨に残念そうにしている)。
「キュイ(あれ、あんま可愛くないのか?)」
やや焦りを覚えつつ、俺は近くにあった氷の張った水溜まりに反射する自分の体を確認する。
まず一番変わっていたのは、体の構造だった。
モルモットのようなずんぐりとした体型は一変し、三十センチ程あった胴体は今や十五センチ程に縮んでいる。代わりに、胴体と同じくらいある長い尻尾とすらっと細長く美しい後ろ足が目を引いた。
尻尾と後ろ足のお陰で前足を浮かしての直立や跳躍が非常に行いやすく、こうして水溜まりを覗き込むのも楽ちんだ。
体毛はくすんだ白色から砂色へと変化し、この雪原では余計に目立っているような気がする。
ぺたんと垂れていた耳も鼠らしく立派にぴんっと立っており、顔のサイズにしては大きいお目々が愛らしかった。
簡潔に言い直すなら、鼠とカンガルーを足して二で割った小動物という感じか(カンガルーラットっぽい?)。
『(おお、なんだなんだ普通にイケてるじゃないか)』
厳つい化け物になってたらどうしようと、内心結構焦っていたがほっと安堵のため息を吐く。
まあ、前回は前回でむにむにとした可愛らしさがあったので、ポーラさんはそっちの方が好みだったのだろう。
『(さて、技能はどんなもんかね……ステータスっ)』
-------------------------------------------------
個体名:ローデント=オーヴィーズ
種族名:スモールジャンピングラット Lv 1/30
状態 :健康
生命力:1030/1030 ⇒ 1110/1110
精神力:770/770 ⇒ 850/850
攻撃力:50 ⇒ 58
知力 :177 ⇒ 186
敏捷 :59 ⇒ 82
技量 :51 ⇒ 74
運 :187 ⇒ 200
技能:
《齧削》《瘴牙》《静骸》《練気》《瞬脚》new!!《鑑定》《癒しの波動》《清めの波動》
特性:
《疫病耐性 Lv2》《飢餓耐性 Lv1 ⇒ 2》《斬撃耐性 Lv1》《打撃耐性 Lv1》new!!《精撃耐性 Lv1》new!!《石岩耐性 Lv1》new!!《火炎耐性 Lv1》《登攀》《掘削》
称号:
《鼠王の因子》《託されし者》《誇り高き魔物》《運命の反逆者》
-------------------------------------------------
随分と賑やかになってきたステータスを見てニヘニヘしながら、俺は最も気になる《瞬脚》の効果を確かめる。
-------------------------------------------------
《瞬脚》
瞬時に脚を振り抜き、高速の蹴撃を放つ
-------------------------------------------------
《瞬脚》はベルも持っていた技能で、お試しで見せてもらった際にはほぼ認識できない速度で移動していた。
彼女ほどではないだろうが、この技能なら『空を駆ける』と銘打つのも納得の行く説明だ。
物は試しと俺は《瞬脚》を発動させ、後ろ足に光が宿ったのを確認して、軽く跳躍する。
『おぉ、跳ぶねぇ……って、やべぇしぬしぬしぬっ!!』
文字通り瞬く間に五メートルは跳んだ俺は、テレビでしか見たことのない絶叫マシンの絶望を存分に味わった。
考える余裕もない中、咄嗟に一番頑丈そうな後ろ足に《練気》を纏わせ、地獄の衝撃に備える。
ポスッ、と雪に沈む軽い音がした後、なんと俺は痛みも感じずに無傷でその場に立っていた。
『いっっ、たくねぇな……なんでだ? 特性か?』
この身がプレイグラットであったなら間違いなく悲惨なことになっていたであろう事実から目を背け、原因を探る。
-------------------------------------------------
《飢餓耐性 Lv2》
飢餓に対する強い耐性を持つ
《打撃耐性 Lv1》
打撃に対する弱い耐性を持つ
《精撃耐性 Lv1》
精神攻撃に対する弱い耐性を持つ
《石岩耐性 Lv1》
石岩攻撃に対する弱い耐性を持つ
-------------------------------------------------
更新された特性を見てみると、砂漠地帯に生息しているからなのか、なんやかんやと特性がてんこ盛りだ。
落下も打撃と捉えられなくもないか? などとあざとく首を捻ってみるが毎度のことながら反応してくれる者はいな……いや、今回は二人いた。
突如跳びあがって奇声を挙げた俺を心配してか、ドンドンとポーラさんがこちらをまじまじと見ていたのだ。
「キ、キュイ(し、心配ないぞ、この通り無事だ)」
「特に何事もないみたいですね」
「ですね。でも、どうして叫ばれていたのでしょうか?」
「リル様も時折叫ばれていますし、神獣様特有の行動なのかもしれません」
「なるほど、私達では計り知れぬ何かがあるのかもですね」
言葉が分からずとも伝わってくるダメな子を見るような視線に、心がぐっと締め付けられる(……犬人さん達にはまだ醜態を晒していなかったのに、無念)。
「キュ、キュキュキュー!(お、思ったより早く進化しちまったし、どっかに遊び行こうぜ! ほら俺、天文台とか見てみたいんだよっ)」
二人の中の尊敬できる神獣像を崩さぬよう、俺は二人の会話を強引に打ち切って、ドンドンの肩に飛び乗る。
突然のことに困惑していたようだったが、根気強く移動を促すと普通に従ってくれた。
レベルアップそっちのけで常夜の雪原を遊び回った俺達は、その夜に空が落ちてくる様な流星群に出会った。
決戦前夜の星降る夜天、俺は自身の醜態が二人の記憶から消えますようにと、そんな情けない願いを流星に祈った。




