第四話 気高き? 神獣
ドンドンに連れられ俺達は犬人の街へと赴いていた。
街が表れ森の木々が消えたその瞬間、俺達は息を飲むような絶景を前にただ呆然と立ち尽くした。
『我がプロシュヴェリテの街へようこそ。我は《真理の探究者》にして、知を司りし気高き神獣リル=プロシュヴェリテである。遠路遥々よくぞ我が街の危機に駆けつけてくれた』
目の前には、(前世に比べれば)些かレトロながらも整然と区画整備された近代的な街並みが広がり、温かみのある橙色の街灯が遥か先まで一直線に並んでいる。
さらさらと積もる粉雪に街は白く染め上げられ、街灯に照らされてその雪景色が優雅に輝く様は御伽噺の世界に迷い込んだのかと思うほど幻想的だった。
『……あれ、聞いてない? おかしいな、”領主のススメ 第三巻”には威厳たっぷりに挨拶すれば、交渉の成功率が一割上昇するって書いてたのにな』
そして何より、俺とベルの視線を釘付けして離してくれない景色は俺達の上空に広がる満天の星空だった。
そう、この街では、太陽が沈んだ訳でもないのに昼間から夜空のように星が輝いているのだ。
森に入った時には木々のせいで薄暗いのだと思っていたが、どうやらそうではなかったようだ。
闇魔法の残滓だが何だか知らないが、ここでは太陽の光だけが極端に弱まっているのだ。
実際、頭上に昇る太陽は今や弱々しい月明り程の光しか発しておらず、その熱量を少しも感じさせない。
『月下の凍て地』とは本当によく言ったものである。
『ねぇ、聞いてる? 聞いてないよね、多分』
『うるさい、犬コロ』『わりぃ、ちっと静かにしてくれ』
『え、あ、うん……なんかごめん』
そうして俺達二匹は、ドンドンが愛犬ならぬ愛狼を連れてくるまでゆっくりと豊かな星空を眺めた。
『デント様、ガロウを連れて……ってどうされたのです、リル様? どこかお怪我でもされたのですか?』
『ちがう、ちがうんだゴードン。ベル姉ちゃんと鼠さんが僕を無視して二人だけの世界に浸ってるんだ。折角、神獣が三匹も揃ったっていうのに、ひどいよね。人でなしならぬ神獣でなしだよ、そう思わない?』
『い、いえ、ベル様とデント様はそのような方には見えませんでしたが……』
『ゴードンまで僕を一人にするんだね……あ、もうむり、しんじゅうやめる』
『り、リル様っ?! お気を確かにっ』
『うるさいリル、静かにして』
何やら漫才のようなやり取りを一人と二匹で繰り広げていたが俺にはとんと内容がわからない。
ベルが尻尾でベシッとツッコミを入れていたので、恐らく漫才であることには違いがないのだろうが、何故だか漆黒の狼が少しだけ可哀そうだった。
景色を堪能し終えた俺はドンドンが連れてきた灰色の狼に近付き、怪我をしているお腹の部分に《癒しの波動》を発動させる。
ここ最近で何度も使ったせいか練度が上がり、ドンドンの相棒の傷はみるみるうちに回復していった。
『なっ! それは、治癒技能かいっ?!』
『あ、ああ、そうだけど……って普通に話せるってことはもしかしてあんたが犬人さんの神獣か?』
『僕のことはどうでもいいんだ、それよりさっきの技能もう一度見せてくれないっ? 凄い回復力だったけど、特別な技能なのかな? いや僕みたいに知力に特化した魔物なのか? ああでも、怪我してる人がいないね。向こうに行けば沢山いるんだけど、うーん時間が惜しいな、《鑑定》をかけてもいいかな?』
『お、おう、別に構わんが、急によく喋るなあんた』
つい先程までメソメソ泣いていたように見えたが、演技だったらしい。中々の名役者かもしれない。
そんなことを考えてると、体中にムカデがぞりぞりと這い回るような不快感、秘めに秘めた黒歴史を全世界にばら撒かれたような途轍もない羞恥心、その他諸々の悪感情が一気に身体を襲った。
『ヌワアァッ! なんだなんだ、この感覚?!』
『え? え? ただ《鑑定》を使っただけだよ?』
『……何度も言ってる、《鑑定》は凄く不快。やっとデントもあの感覚が分かった?』
『あ、ああ、凄まじい体験だった。もう我慢ならねぇ、ベル、その狼を抑えててくれ、同じ目にあわせてやる』
『えっ、なんで?! さっき自分でいいって、ベル姉ちゃん? やめて、押さえつけないで……キャアァァァ!!』
未だ襲い来る不快感を紛らわす様に、俺は漆黒の狼に《鑑定》《鑑定》《鑑定》と何度も発動させた。
女の子のような悲鳴をあげ続ける黒狼を横目にしながら、俺は本当によくベルに殺されなかったなとベルの懐の深さにただただ感服していた。
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個体名:リル=プロシュヴェリテ
種族名:ノワールヴェルトゥ Lv 16/100
状態 :健康
生命力:2870/2870
精神力:5650/5650
攻撃力:199
知力 :653
敏捷 :205
技量 :258
運 :234
技能:
《恐哮》《六星結界》《黒星弾》《影縛》《鑑定》《月詠》
特性:
《打撃耐性 Lv1》《斬撃耐性 Lv1》《火炎耐性 Lv1》《水氷耐性 Lv1》《純黒の巫覡》
称号:
《犬王の因子》《精霊の愛し子》《信仰されし者》《真理の探究者》
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『い、一応さっきも名乗ったけど、聞いてなかったみたいだからもう一度名乗るね。僕の名前はリル=プロシュヴェリテ、しがない神獣だよ、よろしくねっ!』
さっきまでの痴態を消し去るかのように、犬人さんの神獣リルは名乗りを上げる。
その体毛はあらゆる光を飲み込むほどに漆黒で、金色に輝く美しい瞳が無ければ顔がどこにあるのかも分からない程だ。つい先程は抑え込まれていたが、ベルよりは大きな体を持っているらしく、一メートル五十センチはありそうだった。
僕と言っていたから雄なのかと思っていたが、先の嬌声を聞くにもしかしたら雌なのかもと思ったりしたが、真っ黒過ぎて結局俺には判別のしようがなかった。
『お、おう、よろしくな。さっきは悪かったな、ついむしゃくしゃしてやっちまった』
『いやいいんだよ、まさか《鑑定》がこんなに恐ろしい技能だなんて僕も知らなかったからね。何分、珍しい技能だから、獣人と神獣で感じ方が違うなんて誰にも発見されてなかったんだと思うよ』
『私はちゃんと言ったし怒った。忘れたとは言わせない』
『そ、それはベル姉ちゃんが意地悪言ってるのかと思ってたから、ヨルのじっちゃんだって怒ってなかったし…』
『うるさい、謝って』
『ご、ごめんなさい』
叱られてしゅんとなる大型犬の様な姿がとても微笑ましく、また、俺と同じようにベルから怒られる仲間ができたことがそこはかとなく嬉しかった。
それを伝えるために『分かるぞ、ベルって怒ると怖いよな』と背中を擦ると魂が通じ合ったのか、『うんうん』とリルは力強く首肯を返した。
しかし、ベルにもその魂が通じてしまったのか、二匹揃って尻尾で引っ叩かれることになった。解せぬ。
『……デントだけでも大変なのに、リルまでいたら全く話が進まない。大事な話があるんじゃないの?』
『あっ、そうだった! こんなことしてる場合じゃなかった、二人ともこっちに来てくれるかな。デントさんの技能の腕を見込んでお願いしたいことがあるんだっ』
『俺の腕?』
ぽかんと頭に疑問符を浮かべている内に、リルは既に全力でどこかに走り去っていった。
ドンドンは慣れた様子でベルに何かを伝え、リルの走っていった方へやや急ぐように小走りで向かって行った。
何も告げられなかった俺は、その場のノリを上手く読んでついていき、正視に耐えないこの街の現状に直面した。
『……なんだよ、これは』
治療院のような場所に連れていかれた俺達が見たのは、部屋を埋め尽くすような怪我人とその治療のために奔走する犬人さん達の姿だった。
猫人の里で見た和やかで落ち着いた獣人の雰囲気などは欠片もなく、そこでは一分一秒を争うような鬼気迫る修羅場が無数に存在していた。
『デントさん、実は今…』
『わりぃ、悠長に話を聞いてる暇はねえ。ベルにでも説明しといてくれっ』
『え、あっ、デントさんっ?!』
リルからの相談を無視して、俺は走り出す。
リルには悪いが、痛みに喘ぐ犬人さん達を放って、呑気にお喋りをするようなそんな余裕はここにはない。
『(誰も死なないでくれよ)』
心の中で祈る様にそう呟きながら、俺は重傷者が集められた区画へと全力で走った。




