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―前編―

「マシロが不愉快ならお帰りいただくか消えていただきましょうか?」

「い、いい、いや、良い大丈夫っ!」


 思わぬ訪問者に眉を寄せた私に掛かるブラックの言葉は極めて穏やかだ。「今日は良い天気ですねぇ」といってるときと変わらないが内容は穏やかではない。

 訪問者もろとも慌てる。


「そうですか? あまり好ましい方に見えませんけど」


 ま、ここに足を運ぶ度胸は認めますけどね? ぶつぶつといいながらブラックは机に戻ると腰掛けて当初の作業に戻った。

 私は一応別室の方が良いか訪ねたがブラックも移動を許さなかったし彼女も構わないということだったからそのまま中央に置かれている応接セットに腰掛ける。


「それで? 私に用ではなくて、マシロに用とはどういうことですか? わ・た・し・は貴方を消したくて堪りません。貴方はマシロの柔肌に痣をつけてくださったそうですし、ねぇ?」


 ―― ……怒ってる。


 ブラックが口に出して怒っているのは珍しい。ちょっと楽しいけど、対峙したキリアさんの顔色が蒼白になってきている。結構前の話だし、ブラックが知ってるとは思わなかった。多分、アルファが面白半分で嗾けたのだろう。


「ブラックは黙ってて」

「―― ……はぃ」


 物凄い不服そうな返事だ。耳がしょげてる。可愛い。撫でたい。でも、我慢我慢。


「んーっと、次はなんですか? ケレブ様のことがどうとかいうのなら、もう間に合ってます。私の考えは変わりません」

「い、いえ、今回はケレブ様の件ではなく……その、エミル様個人に関することでお願いがありまして……」


 


「―― ……で、何で植物園? しかも俺とエミルとそのどこかのご令嬢とお前?」


 カナイは基本的に図書館の奥深くで篭ってくれていることが多くて助かる。探すのは大変だけど内緒話をするには打って付けな感じだ。エミルは部屋で怪しげな煙を出していたから部屋に居ると思うし。アルファはこの時間ロードワーク中だ。


「私にも良く分からないんだけど……何というか私あの人に弱いんだよね。何か人の話全く聞かないし、勝手に話し纏めるし」


 キリアさんのお願いはお年頃のエミルが、幾つか来ている縁談に一つも興味を示さないから誰か一人でも会ってもらえないかというものだった。本当に個人の問題だから私もキリアさんも係わるべきではないのではと思ったけど、エミルは王族だ。そういう方たちにはそれなりの何かあるのかもしれない。いつまでも自由に行かないというのはエミル自身も分かっているようだったし私に協力出来るようなことなら少しくらいなら手を貸してもいいかと思ったわけだ。


「ブラックは許したのか?」


 そうなのだ、こんなメンバーでお出かけなんて許さないだろうと思ったけれど、提案したのはブラックだった。


『私も一緒したいですが、私が行くと警戒されるでしょう? エミルに』


 といって自分は行かないけど私は行っても良いことになった。


「うん。ただ……植物は平気かどうか聞かれたけど」

「で、平気なのか?」

「別に普通だよ。薬草とか薬になるものくらいしか詳しくないけど。ていうか平気かどうかって何? 好きか嫌いかとか興味の有無ならまだしも」


 やれやれと肩を竦めた私にカナイは、お前が良いなら良いけどエミルにはお前から話せよと念を押された。


 


 キリアさんの手回しによりアルファは騎士団入団試験の試験官にひっぱり出され、こちらに参加できなくなった。アルファはすごーく残念そうだったけど、またの機会ということで納得してくれた。


「この子がナムルイシュヴァ。え、ええっと、友達で……その」

「ルイと呼んでください」


 中央広場で待ち合わせた。私は二人より一足先に出てナムルイシュヴァと話をしようと思ったのに、お嬢様は時間ピッタリだった。打ち合わせも何もない。でもキリアさんの話では、私と彼女が友達という設定らしいのでそれに便乗する。


 流石、エミルのお嫁さん候補。見目麗しいお嬢様で育ちの良さが滲み出ている。有体な自己紹介を済ませると


「どう見てもお前の友達じゃ無理があるんじゃね?」


 訳知り顔のカナイが私に耳打ちする。今日は楽しもうねーと笑顔を見せつつカナイの足を思い切り踏みつけて捻っておいた。

 痛みに唸るカナイを無視して私はルイの手を取ると彼女を真ん中にして歩き始めた。地図では確かこっちであってた。


「でも、植物園なんてマシロの提案?」

「え? いや、うん。うん! そう。良いよね! 植物園」


 チケットも全てキリアさんから受け取ったものだ。


「ルイさんは、僕らなんかと出掛けて大丈夫なのかな?」

「はい。ルイはエミル様と出掛けられるならどちらでも……」


 もじもじと口にしたルイにエミルは小首を傾げて「面識があったかな?」と不思議そうだ。


「ほ! ほら、私と一緒に居るとこを見かけたんだよねっ! ねっ! ルイっ」

「え、はい、はい、そうです」


 はぁ…疲れる。何で私がこんなグループ交際みたいなことしないといけないんだ。ブラックが駄目だと切り捨ててくれればこんな面倒に巻き込まれなかったのに……そう思うと何だかブラックが恨めしく思う。


「なぁ、遠回りしたいのかもしれないけど、そっちじゃいつまで経っても到着しないんじゃないか?」


 ぐいっとカナイに手を引かれ、手に持っていたチケットと地図を奪われる。


「エミルも場所知ってるだろう? 軌道修正してやれよ」

「ふふ。今日はマシロ主催だから、任せようと思って」


 ……方向音痴健在なのね。町にも慣れたつもりだったけど私の行動範囲なんてまだまだ高が知れているようだ。

 こっちだとカナイに背中を押されて、はいはいと足を進める。


 


「ふわー…っ。図書館の温室も凄いけど、流石植物園だねー……でもちょっと物々しい?」


 カナイに先に歩いてもらえば直ぐに到着した。私の頭で考えていた道順とはかなり違っていたから任せて正解だったようだ。

 二本の巨木の間に掛けられた看板で確認しアーチを潜るとだだっ広い温室に足を踏み入れる。入場口から既に室内だ。

 植物園なんだから家族連れとか多そうだと思っていたけど、やたらカップルが多い気がする。


「ほら、これ半券と案内状。二人ずつ入場だから」

「え? 何で!」


 思わず声を上げた私を三人ともきょとんと見詰める。私は間違ったことをいった? いやいってない。反語。植物園なんだから皆でわいわいでしょう?


「僕も来るのは初めてだけど、そういうルールなんだよね? 確か……だから仕方ないけど手の表と裏で組み分けしようか?」


 私の動揺をやんわりと収めつつエミルが提案してくれる。でも、それじゃあ、男女の組にならないことも有り得る。


「ちょ! 待って! エミルとカナイが裏表して。私とルイが裏表するから。うん、それでペアになろう!」


 何とか頭を切り替えて提案した。良いよとエミルがにっこりと頷いてくれたことに胸を撫で下ろす。




 私の意図をすんなり汲んでくれたのか、唯の幸運か、私は予定通りカナイとペアになれた。

 先頭切って入場すると次ペアは少し時間を開けて入るらしい。


「……なんていうか、お化け屋敷みたいなシステムだよね」


 よく分からなくて呟いた私にカナイは「お前本当に大丈夫なのか?」と眉を寄せた。


「何を心配するの? 植物園なんだから、普通に花とか木とかそういうのを堪能すれば良いんでしょ。ほら、あそこにある花なんて凄く大きくて立派で毒々しい色をしていて……」


 すたすたと歩きながら指差した先の花。五枚の巨大な花弁。色も血のように真っ赤で目に痛い……


 ―― ……ぎゃあっ


「いや、もうちょっと可愛らしい声出せよ。ぎゃあって……おい?」

「カナイっ! 花っ! 花がっ! 花がっ! 何か食べてる! 食虫とかそういうレベルじゃなくって何か食べてるーっ!!」

「丁度食事時に出くわしたんだろ? 仕方ないじゃないか」


 あわわっとしゃがみ込んだ私に呆れたような溜息とともに吐き出される台詞。何? 何が仕方ないのっ? 植物だよね! 花だよねっ! 何でヤギぐらいの動物食べるのっ! 足暴れてるっ! えぐいーっ! リアルスプラッタっ?!

 じわじわーっと地表へ赤い液体が流れ出て土の中へ染み込んでいく。


「おーい? 大丈夫か? 入って早々だけど、リタイアするか? 多分、非常口があると思うから、外でエミルたちを待ってれば……」

「良い! 行くっ! 行けば良いんでしょっ」

「何で俺が怒られるんだ……理不尽すぎるだろ」

「行くったら行くの! カナイ腕貸して、目瞑って歩く」

「いや、貸すのは良いが目は開けろ。直視して歩けとまではいわないが足元くらいは見ろな」


 仕方ないと呆れられ伸ばされた腕に私はしがみつく。

 別に室内が暗いわけじゃない。狭いわけじゃない。でもそれが余計に怖い。食虫植物っぽい類は普通に動植物を捕食してるし、二足歩行している巨大植物もあったし、遠慮無しにこちらを捕食しようとする蔦とか……かなり危険だと思う。

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