第41話 なーにやってるんですか、のぞき魔さん。
今日はこのままモラリスで一泊。ということで夜を明かすことに。寝る前に尿意を感じたオレは薄暗い廃墟の中を進みつつ、トイレになりそうな場所を探す。精霊は排泄なんかしないらしく、当然トイレもないということだ。野ションなんていつ以来だろう、という懐かしみと、少しの解放感に期待を持ちつつ先に進む。すると、道中でかがり火が燃えているのが見えた。寝る前に全部消したはずだが。そう思って近づく。そこにいたのはシャルとドリアードだった。
「……大丈夫なのか? お主は」
ドリアードは神妙な面持ちだ。その問いに対してシャルは微笑む。
「ええ、まだへーきですよ。時間はあまり残ってはいませんが……絶対にやり遂げてみせるんですから」
「そうか。ムリはするなよ……シャルドネ」
「わかってますとも」
ドリアードは去って行った。なんだか見てはいけない場面を見てしまった気分だ。このまま引き返した方がいいかも……
「なーにやってるんですか、のぞき魔さん」
「おう!?」
思わず変な声が漏れる。いつの間にかシャルがすぐ後ろに立っていた。
「お、おおシャル。奇遇だな。まさかモラリスなんて、こんなとこで会うなんて」
「あなたと一緒に来たはずですが」
「……ですよね」
バレバレである。
「大浴場に続いてここでものぞきですか? あなたって人はデリカシーというものをお母さまのお腹の中に置いてきちゃったんですか? バカなんですか?」
「……返す言葉もございません」
シャルは一つため息を吐く。
「まったく、趣味が悪いですよ盗み聞きなんて。どこまで聞いちゃったんですか?」
「いや……最後だけだよ。ムリはするなよって」
「……そうですか。ならいいです。おとなしく部屋に帰りなさい。ハウスっ」
「オレは犬か。一体何がムリをするな、なんだ? それに時間が残ってないって……」
「ああ、期限の話ですよ」
「期限……?」
頭の中で取り立て、という言葉が連想される。なるほど、シャルらしい。
「なるほどな。理解したよ。だけど、こんな夜更けにする話でもないだろ。どんだけ仕事の虫なんだオマエは」
「え……あは。あっはっは! タケルさんって本当に面白い方ですね!」
「なにをぅ?」
一瞬豆鉄砲食らったような顔をしたと思ったら今度は笑い始めやがった。変なことなど何一つとして言っていないのに。
「さすがタケルさんですね! ま、いいでしょう。そういうことにしておきましょう。わたしは仕事の虫なので、こんな夜更けでもお金の話をするのです。支払期限って大事ですからね~」
「なんだその芝居掛かったセリフは。バカにしてんのか」
「よくわかりましたね」
「してんのかよ」
シャルは悪戯っぽく笑う。いつものシャルの顔だ。
「さーさー、いつまでも起きてちゃダメですよ。明日からまた忙しくなるんですから」
「あっ、さてはお前あの台帳のことも何か企んでたな? 昼にオレにあんなこと言っておきながら」
「まぁまぁ、タケルさんは気にせず寝てくださいな。全ては上手くいきますよ」
「どうだかな……」
「このわたしを信じなさ~い」
「それが一番信用ならないんだが」
シャルと会話していると不毛な会話をしている気がする。だけど、この不毛こそが案外心地よかったり。なんて本人の前では口が裂けても言うまい。どうせ馬鹿にされる。
「それとも……もしかして一人じゃ怖くて寝られないんですか? 仕方ないですねー、このお姉さんが一緒に添い寝して――」
「ふ、ふざけんな! オレはもう寝る!」
シャルにからかわれ、踵を返すオレ。もうトイレなんか行かない。
「タケルさん」
ふいにシャルに呼び止められる。
「ああ? まだなんか用か?」
「今夜だけは……本当に一緒にどうです?」
「もういいっつーの」
「ふふ、そうですね。ごめんなさい。ではまた明日」
背を向けながら手を挙げてひらひらさせる。ほんっとにこいつは。最後の最後まで人をおちょくりやがって。さっさと寝て忘れよう。うん、それがいい。
「……おやすみなさい、タケルさん」
シャルのか細い声はオレには届かなかった。




