第37話 とんだ悪質定規だな。
ラムジン王は以前見た時よりも大分やせ細っており、やつれた様子だった。しかしそれでも眼光の鋭さだけは以前と変わらないように見受けられる。オレはラムジン王の背中を見ながら夕方の出来事を思い出していた。それはマコさんに電話した時だ。
『迎えを寄越しますよ。意外な人物で驚かれるかもしれませんが』
正直、驚くというレベルではなかった。王が来るとは聞いていたけど、まさか本当に来るなんて。オレの疑問は尽きない。
「ラムジン王、ご無事でなによりです。風の噂でその、大変なニュースを聞いていたもので」
「それは事故のことかなタケルくん? それならそれは真実だ。事故に遭い死地を彷徨っていた私は偶然通りすがりの者に助けられたのだ。おかげでいまもこうして生きている」
「しかし王様。それならこんなところにいる場合じゃないでしょう? レヴンレイギスで何が起きているのか知らないわけではないでしょうに」
「ああ。もちろん把握しているよ。ベルのこともな」
「だったらすぐに戻るべきだ。そうすれば――」
「いいや、それも叶わんのだよ」
そういうと王様はローブに隠れた首を見せてきた。そこには黒いチョーカーのようなものがはめられている。
「これは私への呪いだ。これのせいで周りの人間は私が私であると認識できない。他から見れば私はラムジン王ではない、別の誰かなのだよ」
「それって、精霊の加護と同じ……?」
「そんな高尚なものではないがな。効果は同じのようだが、キミが身に付けているそれとは決定的に違う。だってこれは取り外せないのだからな」
王は忌々しそうにチョーカーを引っ張った。ビクともしない。取り外すには、それこそ首を切り落とすしか……
「そんなことできるはずもない。そうだろ?」
まるでオレの心を読んだかのような王の発言に、戸惑ってしまう。王はふっと苦笑した。
「そんな私がどうしてこの街にいるか不思議で仕方ないだろう? その答えはこれから行くところにある。だから黙ってついてきてほしい」
「へ……ということは、マコさんはただのブローカーじゃなかったわけだ。オレを呼び出したいならこんな回りくどいやり方をしなくてもいいのに」
「これも外部から悟られないようにするための作戦だよ、タケルくん」
「さいですか……」
業務提携の話からこんなことになるなんて。オレとしてはその話のついでに王がホンモノであるかどうかを確かめたかっただけなのに。だが間違いない。この言動、風格、間違いなくラムジン王だ。オレも指輪をはめてなければ王だとは気づかなかったのだろうな。
「ここだ」
やがて一軒の古びた民家へやってきた。入口からすぐのところに地下へ伸びる階段がある。そこを降りて更に奥へ、奥へと誘われる。しばらくして見えてきたのは薄暗い大広間だ。
「ようこそおいでくださいました、タケルさん」
マコさんは以前見た時よりも随分ラフな格好をしていた。レザーの服に黒いズボン、腰にはピストルのようなものがぶら下がっている。
「これから狩りにでも行くの?」
オレの発言にマコさんはくすっと笑って見せた。
「昨日と大分印象が違っていて驚かれたことでしょう。そしてすみませんタケルさん。あなたを騙すようなことをして」
「来ちゃったもんはしょうがないからな。ワケを話してくれるな?」
「ええ、もちろんですとも」
マコさんは恭しく頭を下げた。
「私たちはラムジン王に仕える聖騎士。逆賊によって奪われた王国を取り戻すために再びラムジン王のもとへと集まった『レジスタンス』でございます」
両手を広げるマコさん。周りにいた他の人たちも立ち上がり、ドヤ顔でオレに視線を送った。
「……にわかには信じられないな」
「おや、どうしてです?」
「ここにも嘘で連れて来られたわけだからな。オレとしては嘘つきマコさんの言葉が信用できないわけですよ」
「それは大変困りましたね。私としては吐いた嘘は一つのつもりでしたが」
「そんなこと言って。異世界人というのも嘘だったんだろ?」
「いえ。異世界人というのは本当ですよ」
マコさんはあっけらかんと言った。
「……マジで?」
「というか、ここにいるみなさんは全員異世界人ですよ」
時間が止まった。
理解が追い付かない。
ここにいるみんながイセカイジン?
……伊勢怪人? 伊勢の化物投手とかそういうことか?
いや、そんなはずはないことはわかっている。
ただ、情報量に頭が追い付いていないのだ。
「まてまてまて。ここにいる全員が異世界人なんだな? 王以外は」
「私も異世界人だが?」
「……へ?」
「全員、と言っただろう」
ラムジン王ははっはっは、と朗らかに笑った。
「異世界人だらけかよここはぁ!?」
心の底から出た言葉だった。
「私が意図して異世界転移者を集めていたこともあるからね。私にはそういう人たちを見守る役目があるのだ。どうしてかタケルくん、キミは他とは違って気配が薄く、発見するのが遅れてしまったがね」
「……オレって存在感薄いの?」
「いえいえ。人と言っても千差万別なんです。中にはそういう人もいるのでしょう」
マコさんが優しくフォローしてくれる。涙が出そうだ。
「だが、キミの位置は常に把握してたよ。一緒に風呂に入った時にキミの背中に紋章をつけさせてもらったからね」
「んな!?」
慌てて服をまくり上げ、近くにあった姿見で確認する。確かに肩甲骨あたりに妙ちくりんな紋章がつけてあった。
「……ったく」
頭を抱えたくなるが、切り替えて疑問を口にする。
「……それで、どうしてあなたは異世界人ばかりを集めてレジスタンスを作ったんだ? この世界にもあなたの家来はたくさんいるでしょうに」
「それは異世界人特有のあるスキルが必要だからだよ。タケルくん、キミにはあのサラミ王子はどう見えた?」
「どう見えたって……三角定規?」
「……っ!」
周りが笑いを堪えている。ツボにはまったようだ。
「な、なるほどね。だが、周りの人々にはそうは見えていないのだよ」
「い……一般の方々から見れば逆賊サラミは容姿端麗な王子に見えます。しかし、私たちから見ると彼は、その、三角じょう……ぶふっ!」
マコさんが撃沈した。予想以上に面白かったようだ。
「周りとは違ってみえる……それって!」
「ああ。精霊の加護だ。奴もそれを利用している。しかもそれだけではない。奴は精霊の力を使って政治、経済、商業あらゆる分野に干渉しているのだ」
「とんだ悪質定規だな」
再び周りが吹き出した。
「国民は奴に騙されている。精霊の加護によってな。だが、異世界人にはそれが通用しない。だからこうして集まってもらったわけだ」
「なるほどな。だからオレも連れて来られたわけか……だけど、非常に言いにくいんだけど、オレはミスキャストだと思う理由が一つあるんだ」
「というと?」
「オレ、めちゃくちゃ通用してるんだよね。精霊の加護」
「えっ」
笑いが止まった。




