第35話 タケルさん、わたしに何か隠し事などしていないですよね?
「申し遅れました。わたくし、こういった者になります」
授賞式後、会場でオレを助けてくれた女神のような女性は、ひと気のない路地裏で名刺を差し出した。
「へぇ、この世界にも名刺ってあるんだな。なになに……ホンダタマコ……なんかオレの世界の人の名前みたいだな」
「はい。まさしくその通りです」
「……え?」
聞き捨てならないセリフが聞こえてきた。
「ですから、あなたと同じ異世界人なのですよ。久我タケルさま」
「んな……!?」
女の口から出たのはとんでもない言葉だった。オレと同じ……異世界人!?
「マ、マジで?」
「ふふ、驚かれるのも無理ないでしょう。どうやらあなたは初めて異世界人に会ったでしょうからねぇ」
「オレ以外にも異世界転移した人がいたのか……ということは、あんたも元の世界に還るために?」
「いいえ。私は単にこの世界で生きるために働いているのですよ。なんなら元の世界に還らなくてもいいとさえ思っています」
「還らなくていい……ほんとに?」
「色々な考えがあるってことですよ」
タマコさんはくすくすと笑った。同じ世界の住人だからか、なんだかとっても微笑ましい。
「それで、話は逸れましたがタケルさん。あなた、投資の話を持ちかけているんですよね?」
「あ、ああ。その通りだ」
「それならばぜひ私に協力させていただけませんか? こう見えて私、ブローカーなんです」
ブローカー。つまり仲買人。そんな職種がこの世界にあったことにビックリだ。
「私たちの仕事は業者と消費者の架け橋です。だからぜひあなたと契約したいんです」
まっすぐ目を見つめて言ってきた。
「どうです? 私と組めば契約なんてあっという間ですよ」
「おいしい話だな。おいし過ぎて逆にあやしいぜ。で、いくら欲しいんだ?」
「お代なんていりません。ただ私と組んでさえいただければいいのです」
「そちらにメリットはないように思うのだが?」
「同じ異世界転移者のよしみです」
タマコさんはニコっと笑った。ボランティア精神だけでここまで出来るのだろうか。
「ともかく、悪い話ではないと思いますので考えといてください。その名刺は差し上げますので。私の手が必要だと思ったらいつでも連絡くださいね」
「ちょ、タマコさん」
「こっちの世界ではマコ、ですよ」
それだけ残すと、タマコ……改めマコさんは行ってしまった。せめてこちらも番号ぐらい渡せばよかったな。スマホなんて通じないけど。
「あ、いたいた!」
シャルとパルがオレを見つける。
「もう、どこに行ったかと思いましたよ。急にいなくなるんですから」
「ああ、悪い悪い。ちと仕事の話をな」
「お、ということは契約が取れたのか?」
「いやいや。まだ、な」
「――?」
怪訝な顔で見てくるシャル。あからさまに疑っているようだ。
「そ、そんなことよりさ。宣伝効果があったかどうか調べようぜ。もしかしたらいくつか契約を取れるかもしれない」
「ああ、そのことなんですけどね、タケルさん。なんと……じゃーん! もうすでに投資を申し込むという人たちが10名もいらっしゃいました!」
「そんなに!?」
「フッフッフ……ちょうどあの女性セールスマンが乱入してくれたおかげですね。商売は持ちつ持たれつですよ」
「そうか、マコさんのおかげで……」
「おや、お名前をご存じで?」
「あ、ああ。たまたまな」
ここでシャルに話していいものだろうか? シャルならそんな怪しい取引絶対ダメですとか言いそうだもんな。これはオレの切り札だ。簡単に捨てるにはもったいない。だから、まだ話さなくてもいいだろう。それがオレが至った結論だった。
「ふーん。ま、いいです。これから正式に書面を交わしに行きますよ。しゃきっとしてください」
「はいはい。ところでパル。お前はこの後どうするんだ?」
「あたし? うーんそうだな。目的は果たしたし、次の街にでも行こうかな」
「次の街?」
「そそ。ここから北にある花都ラザニアだよ。とってもきれいな場所らしいから、タケルたちも後で来なよ。もしかしたらまた再会できるかもね~」
「考えとくよ。しかし、なんとも美味そうな名前の都だな」
「ラザニアですか……」
「ん? どうしたのシャルドネ? そんなに苦い顔して」
「いえ、最近あそこで妙な噂を聞きましてね。なんだか良くないものが都中に回っているそうです。まだ大した被害はないようですが、行かれるなら用心した方がいいかと」
「ふーん、良くないものね……うい、気をつけるよ。ありがとな」
「それと、道に迷わないようにな。下手したらジジイ口調の幼女に食べられちまうかも……」
「なんだよそれ。タケルは冗談がすきだな」
冗談ではないんだがな。
「じゃ、あたしは行くよ。あんたたちも、がんばってね」
「ええ。色々と助かりました」
「また会おうぜ」
「おう!」
パルは元気に去って行った。
「ささ、タケルさん。わたしたちはこれからお仕事ですよ」
「わかってるっつーの。それじゃ早速――」
「と、その前に。タケルさん、わたしに何か隠し事などしていないですよね?」
「……なんで?」
「いえいえ、聞いてみただけです。何もなかったらいいんですよ。な、に、も、な、か、っ、た、ら」
「いやに強調するな……別に、悪いことはなにもしちゃいねーよ」
これは真実である。
「そですか。まぁそういうことにしておいてあげましょう」
「……なんだよ。含みのある言い方だな」
それ以上なにも追及してこないシャルにある種の寒気を覚える。本当はこいつ、すべて見透かしているんじゃないかと。それでもオレは、隠し事を秘めながらこの計算高い女と一緒に行動するしかないのだった。この判断が、後に大変な事態を招くことになろうとも。




