第26話 アノ三角定規コロス……
商会を出た直後だった。
「そうそうタケルさん。ベルベット様からお電話が届いています」
「電話? 手紙じゃなくて?」
「電話、です」
そういうとシャルは鞄から機械仕掛けのカメレオンを取り出した。カメレオンはロボットよろしく変形し始めて、やがて小型の四角い電話に成る。その液晶には着信の文字が。
「これは?」
「形態変化する電話。略して形態電話でしょうか」
「こっちの世界のケータイは随分動くんだな。これ、取ればいいのか?」
「ええ、もう繋がってますので」
ボタンを押し耳に当てる。向こうから声が聞こえてきた。
『ご、ごごご、ごきげんよう』
「……ベルか?」
『そ、そうですわよ! わたくしこそがベルベット・レヴンレイギス王女ですわ!』
「なんかキャラ変わってね? お前そんな話し方だったか?」
『仕方ないでしょ! 電話で誰かと話すのは初めてなんだから! き、緊張もするわよ!』
「普通に喋ればいいだけなのに。で、どうしたんだ?」
『べ、別に。あんたが、元気かなぁ、……って』
「心配してくれてんの?」
『そ、そんなんじゃないわ! ただ褒美といいながらあんなことになっちゃったことに反省してるのよ! 手紙にも書いてたようにね!』
「手紙って……あれ、そんなこと書いてたのか? あれが?」
『なに困惑してるのよ。読んだんでしょ?』
「ああ、謎の暗号文をな。意味は全くわからなかったけど」
『んな!?』
「もっと手紙の練習しような~」
『あ、あんたに言われたくないわよあんたに! なによあの駄文!』
「駄文って言うな! 真心込めて書いたんだ!」
『真心込めても読めなきゃ意味ないわよ! このノゾキ魔!』
「う、うるせぇ! 貧乳なんか見ても意味ねぇんだよ!」
『ひ、貧乳って言った貧乳って! もう許さないだから! 不敬罪よ不敬罪!』
「へっへーん。捕まえられるもんなら捕まえてみな! この貧乳姫!」
『むきー!!』
「はぁ、電話越しに何やってるんですか」
シャルが呆れたように呟く。
『……と、その声はシャルね。ごめん、ちょっと熱くなっちゃった。えっとね、タケル』
「なんだ?」
『あんたの声を聞きたかったのは本当だから。進捗はどうなの?』
「いい感じだ。早くて明日には目的も達成できそうだ。だから自由交易権の準備、よろしくな」
『そっか……うん。わかった。あとちょっと、がんばってね』
「ああ」
『最後にタケルの声聞けてよかった……』
「最後?」
『う、ううん! なんでもない! じゃ、またね』
「おう、また」
電話は切れた。
「……なんだったんだあいつ?」
「どうかしましたか?」
「んー、なんかおかしかったような……いや気のせいかも」
「疲れているんですよ。明日のために今日は早く休みましょう?」
「そうするか」
それから特に出歩くこともなく。オレたちは早めに宿を取って休んだ。
次の日。オレたちは午前の早くにアイゼンフォート商会へと向かう。
「よ、らっしゃい」
そこにいたのはコアントロではなく、久しぶりに見た顔だった。
「おお、あんたは確か……」
「ギムレットだ。王都での酒場では世話になったな。悪いが、姉御は今留守で俺が店番を仰せつかってるってわけだ。ほら、これだろ。あんたらが欲しいって言ってたやつ」
ギムレットが渡してきたのは金色の硬貨だった。
「……シリル硬貨?」
「いいや違うよ。わが社独自で作った硬貨さ。今は貨幣価値はないけどね」
「ふーん。つまりこれが許可証ってわけか。そうだよな、シャル?」
「ええ。その解釈でいいと思います」
「姉御もそう言ってたぜ。んじゃ、やることもやったし、どうだ。ここでいっちょ王都の再現とかどう――」
「もらえるものもらったことですし、さっさと出ましょうこんなとこ」
「そんなぁ!?」
「お、おう。すまん、ギムレット」
「ああ、それから最後に一つ」
「まだなにか?」
「今から王都に戻るんだろ? 別動隊の方も順調にいけば任務を完了しているころだろうし」
「……商会はそこまで知っているのか。ああ、戻るがそれがどうした?」
「いやいや。今日は王都の一大イベントがある日だからな。行くなら早く行った方がいい」
「一大イベント? 戴冠式でもあんのか?」
「王様がお元気なうちはありませんよ。しかし急ですね。特にそんな予定はなかったと思いますが……」
「ふふふ。行ってみればわかるんじゃない?」
随分含みのある言い方だ。非常に怪しい。
「お前、何か知ってるのか?」
「ひゅーひゅーひゅー」
口笛、吹けてない。
「……なんだか嫌な予感がする。シャル、すぐに出発するぞ」
「ええ」
急いで商会を飛び出す。なんだこの胸騒ぎは? モヤモヤする気持ちを抱きつつ、オレたちは王都へと向かう。
前に来たときと、王都の雰囲気が違う。到着してまず始めにそう思った。王都全体がざわついているのだ。心なしか、市民も皆一様に慌ただしい。
「一体なんの騒ぎだ?」
「王国のパレード……の予定はないはずですけどね」
馬車の音が近づいてくる。こっちに向かって……ん? こっち?
「どぅわっ!?」
間一髪のところで避ける。
「あ、あぶねぇなこの野郎!!」
「んー?」
馬車から顔を覗かせてきたのはアゴの長いキツネ目のヤローだった。
「おい、そこの下民。我に今なにか申したか?」
「あぶねぇっつったんだよ! ちゃんと前みて運転しやがれってんだ!」
「ハッ」
鼻で笑いやがった。ひん曲がった鼻で。
「轢き殺されなかっただけでも感謝するんだな。それがわかれば次は我の邪魔にならないように道を開けて頭を垂れるがいいわ! カッカッカ!」
馬車は再び走り出した。オレにストレスというプレゼントを残して。
「どうしましたかタケルさん。主人公がしちゃいけない顔してますよ?」
「コロス……アノ三角定規コロス……」
「まーまー穏やかに穏やかに」
「……てかシャル。お前は無事だったんだな。いつの間にか逃げてるなんて抜け目のないヤローだ」
「リスクマネジメントは商人の必要スキルですから。あ、すいません。電話が」
ケータイを取り出して話し始めるシャル。なぜか小声だ。
「……ええ。ですので……残念ながら……保険金……ナシ……ですよね? やっぱり……はぁ」
通話が終了した。
「さ、タケルさん。ベルベット様に会いに行きましょうか?」
「ちょっと待てやぁあああああ!!」
「ん? なんです?」
「無視できない単語があったぞ! 保険金!? ナシ!? ……残念!? お前はアレか!? オレに保険金をかけてヤるつもりだったのか!? つーかいつの間にかけてたんだオイ!?」
「いやーそれはー……乙女の秘密だゾ☆」
「よしシャル。保険金のかけ方を教えろ。あと有能な暗殺者を紹介しろ。標的はもう決まっている」
「いいでしょう。かかってきなさい」
ここに保険金バトルの火蓋が切って落とされようとしていた。すぐに鎮火したが。
「とまぁ冗談はここまでにして。さっきのテトラポッド、確か隣国のサラミ王子ですよ」
「こりゃまた随分とビールのつまみに合いそうな名だな」
「王子自らが訪国ということは、王様との謁見目的でしょうか? うーん、これは何かありそうですねぇ」
「何はともあれ先を急げ」
「ですね」
城の扉を開けた瞬間だった。
「アクアベールに竜石の指輪……ここに全ての物が揃った!」
玉座の前に立つ一人の神父。その両手にはアクアベールと竜石の指輪が掲げられている。そう、オレたちが手に入れた物だ。神父にひざまづくのはベルと、そしてさっき会ったばかりの男。
神父は続ける。
「契りは交わされた……ここに! ベルベット・レヴンレイギス様とサラミ・マッパーダカ様の婚礼の儀を執り行うものとする!」
神父の声は広い場内によく響いた。
混乱してなにがなんだかわからない。
「ちょ、ちょっと待てよ。こ、これは一体どういう――」
その時、オレは気づいた。
城の壁に控える一人の人物の存在に。
「……ああっ。こういうことかよ……!」
コアントロはにやりと笑った。




