第25話 これ、ちょっと口にくわえてくれませんかね?
「やだ。断る」
レズおばさんはきっぱりと言い放った。説得するのは難しいと思ってたが、ここまで笑顔で断られるとは。むしろ清々しいぐらいだ。
「……と、言いたいところだがね。ある条件を飲んでくれるなら考えないこともない」
「なんだその条件って?」
「シャルドネを我が妻に迎えさせてもらおうか」
「よし、いいだろう」
「何勝手に許可してるんですか。ぶち殺しますよ」
割りとマジに言われた。こういう時のシャルは怖い。
「まったく、どうせそんなことだろうと思ってました。つまりどんなことがあっても認めないってことなんですよね?」
「そうは言ってないだろう。私の妻になるのなら」
「却下です。冗談も大概にしてください」
「冗談じゃないのになぁ……では、別の条件ならどうだ?」
「別の条件?」
「ああ。アクアベールを買ってきてほしいんだ」
「アクアベールって?」
「花嫁さんがつけるベールのことみたいですね。ちょっと値は張りますが」
「おつかいってわけか。いいぜ、引き受けた」
「よかった。じゃあこれでお願いね」
つまようじ。
「……おい。なんだこれ」
「歯の間をシーシーするやつだよ」
「そのシーシーするやつをどうして渡すんだ?」
「だから、これでお願いって言ってるんだよ」
「無茶ブリ過ぎるだろ!!」
後輩に無茶ブリする先輩以上の無茶ブリだ。オレは試されているのだろうか?
「キミたちは商人なんだ。これぐらい簡単だろ?」
「ふざけんな! こんなもんでどうしろと――」
「じゃ、お願いね~」
「うおぉおおおおおい!!」
アイゼンフォート商会の店を後のする。手には一本のつまようじ。これがコアントロが出した条件だ。
「これを花嫁ベールに変えろだって? 冗談がキツイぜ……」
「無理難題をふっかけることで諦めさせるつもりでしょうね。ほんっと性格悪い」
「やっぱ無理、か」
「と、いうわけでもないんですよね実は」
「と言いますと?」
「要は交渉次第ということです。優秀な商人はその辺に落ちている石ころでさえ100万シリルで売るって言いますしね。きっとタケルさんにも出来る出来る」
「根拠のない励ましをありがとう。つまりオレに詐欺師になれって言ってるんだな?」
「そんな聞こえの悪い。ただ、相手に買いたいって思わせればいいんですよ。あ、嘘はダメですよ? 信用問題にかかわりますので」
「なんだよそれ……ま、やるしかないか」
「応援してますよ」
「例にならってお前は何もしてくれないのな」
「応援、してますよ」
今度はちょっと強調されて言われた。
「ちょっとちょっと。そこのお姉さん」
「あら、私かしら?」
「そうそう。あなたですよ、美人のお姉さん」
「あらまぁ、美人だなんて。何か用かしら?」
「ええ。歯にニラとか詰まってませんか?」
「…………」
お姉さんは去って行った。
「売れなかったんだが」
「わたしでもそうしたでしょうね。バカなんですか?」
「誰がバカだ。つまようじの正しい使い方をレクチャーしただけだというのに」
「初対面で歯間を尋ねる人がどこにいますか。もっと頭を使ってください頭を」
「じゃあ、お前だったら出来るのか?」
「任せてください。タケルさんとは違うというところを見せてあげますよ」
そう言うとシャルは意気揚々と通行人に話しかけた。どれ、違いというものを見せてもらおうか。
「もしもし、そこのかっこいいお兄さん」
「かっこいいお兄さん? もしかして俺のことか?」
「ええ、あなたのことですよ。少しお話があるので、こちらに来ていただけませんか?」
「へへへ、こんな美人に話かけられるなんてな。一体なんの用だ?」
「ええ。人を殺したいと思ったことはありませんか?」
「…………」
お兄さんは去って行った。
「おかしい。売れませんね」
「おかしいのはお前の頭だ。このポンコツ商人」
「誰がポンコツ商人ですか。つまようじの用途って言ったらあとに残るのは武器ぐらいでしょ?」
「こんなもんを武器にする奴がいるか。常識で考えろよ」
「うう……だってこんなもの売れるわけないじゃないですか」
「ついに本音が出やがったな。だからオレは困ってるんだよ」
「うーん、どうにかなると思ってましたが、やはり無理ですかね……」
「ママー。そろそろフリマ始まるよ。早くいこーよー」
ふと、通行人の声が聞こえてきた。
「なぁ、シャル。フリマってなんだ?」
「ああ、この先の広場でやってるフリーマーケットのことですよ。住人がいらなくなった物を持ち寄って売買したり、交換したりするんです」
「ほう……それはいいことを聞いた。よし、そこへ行くぞ」
「まさか……」
「ああ。せめてこれを他の物と交換するところからだな」
やってきました憩いの広場。既に多くの人たちがシートを敷いて品を並べている。家財道具や食器といったものから、中にはお古の武器やよくわからない機会を置いているものもある。
「へぇ、これだけ賑わっているとなんとかなりそうだな」
「わたしたちも店を構えますか? といっても、出す品はつまようじしかありませんが」
「いいさ。ダメ元でやってみよう」
空いているスペースにシートを敷き、つまようじをぽんと置いてみる。うん、なんだこれ。
「寂しい絵面だな……」
「相当な羞恥プレイですよこれは……」
果たして客が来るのかどうか……
「すみませーん」
来た。
「これ、なにを売ってるんですか?」
お客の若い女性は疑問をていした。
「え、えーと、これは……」
「聖剣エクスカリバーだ」
「っ!?」
「エ、エクスカリバー?」
「ああ。これは数多の強敵を打ち倒してきた伝説の聖剣である。長旅の影響で魔力が失われ、ここまで小さく縮小してしまったが、その輝きは未だ衰えず――」
「違います! これはつまようじです! 見ての通りつまようじです!」
「おいシャル! なに邪魔してるんだよ!」
「嘘はダメって言ったでしょ! ていうかこれを聖剣と言い切るってどんだけ強いメンタルを持ってるんですか! 呆れを通り越してむしろ羨望のまなざしですよ!」
「ああそうさ! ありがとう!」
「褒めてません!」
「え、ええと、つまようじを売ってるんです、ね?」
「え、ええまぁ。ですがこのつまようじは中々使えるものですよ。例えば歯に鶏肉が詰まった時、例えば歯にゴマが挟まった時、これさえあればスッキリと」
「それ、ただのつまようじの使い方だから。普通だから」
「……邪魔しないでくださいよ雑巾さん」
「誰が雑巾さんだ。大口叩いといてこれか? お前、笑いの才能あるよ」
「え、ええと。では私、これで失礼しますね」
「あ、ちょっ」
せっかくのお客さんが帰ってしまった。
「やっちまったな」
「ああもう……どうすればいいんですか」
「それはオレが聞きたい。ほら、そう言ってる間にまたお客さんだぞ」
訪れたのはヒゲ面の大男。物珍しそうにつまようじをじっと見ている。
「おい、兄ちゃん」
大男に呼ばれた。
「これ、使用済みか?」
「そんなまさか。新ぴ――」
「そうか……」
途端に男が残念そうな顔をする。その視線の先にはシャル。はっはーん、なんとなくわかったぞ。
「シャル。シャルドネさん」
「はい?」
「これ、ちょっと口にくわえてくれませんかね?」
「つまようじを? なんでです?」
「買い手が見つかりそうなんだ。ほら」
指で指し示す。そこには期待で目をキラキラさせた男の姿が。
「ミンチがいいですか?」
「おかしいな。料理の話はしていないんだが」
「……なんとなく察しました。あなたはあれですか? わたしに変態のエサになれと?」
「なんの価値もないつまようじに付加価値を付けるためだ。我慢してくれ」
「絶対に嫌です。どうせロクなことに使われませんから」
「そこは目をつぶってもらうしかないけども」
「想像するだけで恐怖ですよ。ガクブルですよ」
「頼む! な、シャル。オレを助けると思って!」
「嫌です」
「頼む!!」
「…………」
目線を外し、少し考えるそぶりを見せる。そして観念したかのようにはぁ、と息を吐いた。
「わかりましたよ。今回だけですよ?」
「すまん! 恩に着る!」
「じゃ、これでな」
男はオレにハンカチを手渡すと、使用済みのつまようじを手に意気揚々と去って行った。
「……あの対価がコレですか?」
「まぁまぁ。つまようじなんかよりずっと価値のあるものじゃねぇか。この調子でどんどんいくぞ! わらしべ長者ならぬようじ長者だ!」
「上手いこと言ったつもりですか。わたしはもう協力しませんからね」
「大丈夫だって。もうシャルに頼るようなことは……」
「すみません」
客がやって来た。
「そのハンカチって使用済みですか?」
くるっと振り返る。
「……あのー、シャルドネさん?」
「……はぁ」
「はっはー! 簡単なもんだな」
オレの手にはアクアベール。交換しまくってしまくって、最終的にここまでたどり着けたのだ。
「……わたし、もうお嫁にいけないかもしれません」
「色々とギセイにしたもんな……ドンマイ」
「誰のせいですか誰の」
「ちょ、痛い、痛いってシャルドネさん」
ゲシゲシと足を蹴られる。確かにここまで来れたのはシャルのおかげだ。労いの言葉をかけねば、な。
「褒めてつかわすぞ、シャル」
「…………」
「いたたたた」
再び足をゲシゲシと蹴られる。選択肢を間違えたようだ。
「じょ、冗談だって。お前のおかげだよ。本当に感謝している。ありがとな、シャル」
頭をぽんぽんと撫でてやる。
「っ…………!」
「いたたたたたたた」
やっぱり足をゲシゲシと蹴られた。さすがにこれはやり過ぎだったかもしれない。ほら、シャルも俯いて怒っているみたいだし。
「と、とにかくこれで手に入れるべきものは手に入れたんだ! 早くコアントロのところに持っていくぞ!」
「……わかりました」
まだツンとしているシャルを引き連れてオレたちはアイゼンフォート商会へと向かう。
「素晴らしい! まさかこんなに早く持ってくるなんて!」
コアントロは両腕を広げて大げさに宣った。
「ほら、これでいいんだろ。次はそっちが約束を果たす番だ」
「そう慌てるなよ。実はもう一つ必要なものがあってね」
「またか!? いい加減に――」
「まぁまぁ。適当な指輪でいいんだ。いま持ってたりしないか?」
「ああ。それならスプークスさんのとこで頂いた……」
「竜石の指輪か。でもこれは大事な物だからな」
「大丈夫。用が済んだらすぐに返すから。なぁに、数日貸してくれればいいんだ」
「それなら……ほらよ」
「ありがとう」
不服ではあるが、ここで揉めても仕方ない。渋々コアントロの手に指輪を落とす。
「さ、これでコンプリートだ。約束通り、キミたちの自由交易を認めよう。明日また来てくれ。それまでに証を用意しておこう」
「……本当だろうな?」
「私は悪人ではあるが、商人だ。約束は必ず守る」
「聞いたからな。そんじゃまた明日くる。いくぞ、シャル」
「はーい」
「もう行ってしまうのかい、シャル? 一つお茶でも」
「結構です。べっ」
舌を出したシャルと一緒に商会を出た。ともかく明日だ。そのために今日は早く休むことにしよう。
「……まったく、つれないな」
「ボスぅ。いいんですか?」
「見てたのか、チータ。ふふ、構わないさ」
「でもぉ」
「いいんだよ。ふふ、明日になったら彼らも理解するさ。自分たちが何をしでかしたのかを、ね」




