第19話 初めてにしては中々だろう?
軽快な馬の足音が響く車内。オレとシャルは向かい合っていた。
「一つ、確かなことがわかりました」
「オレがイケメンってことが?」
「寝言は寝て死んでください」
「死ん……」
「必ずしもみんな反対というわけではないようです。程度があるってことですね」
先日の城での出来事の後、明らかに脈なしだと思っていたオレには意外な言葉だ。
「どういうことだ?」
「例えばディアブロさんやアイゼンフォートさん。あちら方は明らかに反対ですね。意見を覆すには中々苦労しそうです。しかしスプークスさんや教団さん。こっちはやり方次第ではこちらに味方してくれそうですね。断固反対ってわけでもなさそうでしたし」
「そうなのか? オレにはみんな同じに見えたが」
「もっとよく人を観察してください。商人の基本ですよ?」
「別に商人になったつもりはないんだけどなぁ……」
「とにかく、希望の光は潰えたってわけではないです。まずはやれることからやりましょう」
「一人ひとり確実に、ってか」
「そういうことです。というわけで、現在わたしたちは王都から一番近いスプークスさんの根城に向かっているわけです」
スプークス。つまりスプリントワークスのドワーフたちが住むという陥没都市グラントル。説得するなら直接来いということらしい。昨日の一件以来七大商会のやつらは自分の拠点に戻って行ったからこうやっていちいち出向する必要がある。非常にめんどくさい作業だが、こうするしか他に方法がない。
「これから向かうグラントルってどんなところなんだ?」
「陥没都市という名前の通り、正に陥没ーって感じの街です。ものっそい陥没してます」
「何も伝わってこないんだが」
「百聞は一見に如かずですよ。実際に見た方が早いです」
「そんな身も蓋もない」
「教養も常識も無いタケルさんにはそれが一番ですよ」
「……やっぱ最近のお前ってなんか当たり強くね? なんで?」
「のぞき魔には教えませーん」
「のぞいてないって! あれは未遂に終わ――はっ」
「へぇ。やっぱりやろうとしてたんですね」
「シャル。今日も綺麗だな」
「ぶち殺しますよ」
どうやら挽回はできないようだ。
「あ、そうだタケルさん。そういえばベルベット様からお手紙を頂いてるんです。グラントルまでまだ時間がありますし、読んでみましょうよ」
「ベルが? オレ宛に?」
「さぁどうでしょうね。ま、読んだら分かることです」
「おい、いいのかよ。勝手に……あっ」
止める間もなくシャルはポーチから取り出した便箋を手慣れた手つきで開封し始めた。入っていたのは数枚の手紙だ。
ベルからの手紙か。昨日ちょこっと会ったぐらいでちゃんと話していなかったんだよな。やはり姫という立場上いち市民と謁見する余裕なんかないのだろう。そんなベルが時間を作って書いてくれた手紙だ。一体どんなことが書かれているんだろう?
「じゃ、読みますよ。えー……」
『果し状。
拝啓、クソ・タケレさま。
灼熱の業火に焼かれておいしいお肉となります。
あなたは死んでいます。元気がないのです。なぜでしょう?
昨日の高カロリーディナー。にんにくは別売りです。別売りなんです。
先のオーク広場では貴殿を交えてランデブー。エルフもランデブー。ハイテンション。
やっぱり鳥が好き。
天井の穴から見つめております。
マホメット』
「誰だよ!!!!!!」
思わず声を張り上げる。
「誰だよ!! マホメットて!! 手紙の内容も謎だらけだよ!!! 意味がわかんないよ!!!」
「あはは。姫様は書きが苦手みたいですね」
「苦手ってレベルかよ! もはや言葉になってねぇぞ!! 絶句だよ!!」
「大概こういうのは姫様の言葉を側近の方がしたためたりしますからね。書き方がわからないのも当然でしょう。でもそんな姫様が自ら筆を取って書いたんです。それだけ価値があるってことですよこの手紙は」
「そうかもしれないけど……あいつが何を言おうとしてるのかまるでわからんぞ。果し状から始まってのクソ・タケレさまだぞ? 差出人が違うって言われても驚かんぞオレは」
「ま、要はタケルさんに対するお礼と激励の手紙ってことですよ」
「……これ、わかるのかシャル?」
「なんとなくです」
思わずすげぇ、と声に出てしまった。
「一応返事は返しておきましょうかね。わたしが書きましょうか?」
「いや、せっかくオレに書いてくれたんだからオレが返すのが筋だろう。シャル、軽くでいいから文字を教えてくれ」
「感心しました。了解です」
そこからシャルに軽く文字の書き方を教えてもらう。中々クセの強い文字列だったが、なんとか文章にすることができた。
「ふぅ、短いけどこれでいいだろ。シャル、確認してくれ」
「はいはい。えーっと……」
『督促状。
オレ、キトク。
スグカエレ。
コケル』
「……………………」
「どうだ? 初めてにしては中々だろう?」
「えー、あー、いや、せっかくタケルさんが頑張ったんですからこれでいいですね。いいんですよね。そういうことにしておきましょう」
「なんだよ、変なやつだな」
「あなたにだけは言われたくないです」
そうこうしているうちに、やがて馬車は足を止めた。
「おや、着いたようですよ」
「よし、降りよう」
主人に駄賃を払い、馬車を降りる。そして振り返ったオレの目の前に広がっていたのは、巨大な穴だった。
「ほぇー……」
思わず情けない声が漏れる。陥没都市。なるほどそういう意味か。巨大な穴の中、壁に張り付くように建設された地底都市。ハンマーの音と工業音が合奏のごとく響き渡っている。穴に落ちてしまえばどうなってしまうのだろう? そう思うほどに底は深く、暗かった。
「足場に気をつけてくださいね。下手したら真っ逆さまですので」
「お、おう。気をつける」
慎重に足場を確認しながらシャルのあとについていく。入口と思われる門の先にリフトが括り付けてあった。どうやらこのリフトに乗って穴の中に入るらしい。という説明を、入口にいたドワーフ族の女の子から聞いた。褐色肌の活発そうな少女だ。顔中ススだらけだがとてもいい笑顔で対応してくれた。どうやら案内役らしい。
「パルだよ! 案内するよお客人!」
小さい体に似合わない巨大なハンマーを担いだ少女パルは、巧みにリフトを操作し、オレたちを穴の中へと誘った。
「あんたら、王都から来た商人だろ? 親父から話は聞いてるよ」
「へぇ、トニックさんから」
「あのおっさん、他になんか言ってたか?」
「そうだねぇ。あたいが聞いてるのは生意気なクソガキと美人なちゃんねーの二人組ってことだけだ」
「生意気だって。言われてるぞシャル」
「ではあなたが美人のちゃんねーですかそうですか」
シャルから目を反らす。あのじじい。覚えてろよ。
「親父を説得に来たんだろ? なら直接会わせてやるよ。そこからどうするかはあんたらの勝手だ」
「パルはどう思う? やっぱり反対か?」
「交易自由権だっけ? さぁ、あたいには難しいことはなんとも。親父の話を直接聞いてあんたらが判断すればいい。もしかしたら意見が変わるかもしれないしね」
「トニックの?」
「いや。あんたらの」
にかっと笑って見せるパル。どういう意味なのだろうか。やがてリフトはいくつもの分岐ワイヤーを経て一つの岩場に停止した。あちこちでドワーフたちが慌ただしく動いている。ピッケルを振るったり、鉱石を運んだりだ。
「さ、ついてきて」
パルに連れられて壁に空いた大きな穴の中へ入っていく。その道々でドワーフたちが話しかけてくる。
「おう、パル。今日も元気そうだな!」
「あんたもね!」
「そいつらは客か?」
「今日の晩御飯~」
一瞬心臓が止まるかと思ったが、こちらを向いてぺろっと舌を出すパルを見てそれが嘘であることがわかった。悪い子だ。
「親父! おーやーじー!」
「あん?」
壁を掘る集団の中に見覚えのある顔がいた。間違いない、トニックだ。トニックはパルの声に反応して振り返った。
「なんだパル――って、あんたら……」
「よ、おっさん。約束通り説得に来たぜ」
「はん……。パル! そいつらを家にお連れしろ! ワシもすぐ行く!」
「了解だよ! さ、こっちこっち!」
パルに背中を押される。連れて来られたのは人が一人通れるぐらいの穴の前だ。
「シャル、なんだこれは?」
「さぁ。わたしに聞かれても」
「オレ、見覚えがある。ブタの巣にあったトイ――」
「タケルさん、それ以上はダメです」
「さぁさぁ。ちゃっちゃか中に入って」
「それは冗談で言っているのか?」
「そんなわけないっしょ! 早く、中に、入るの!」
「待て。オレは二回もウ○コの気持ちには――」
「そーれ」
ドン、と背中を押される。
穴に落ちる瞬間。シャルの顔が見えた。
「ゴメンネ」
眉を下げウィンクするシャルにオレは殺意を覚えた。
「ふざけんなぁああああああああ!!」
ぼふっ、と何かが顔を包む。クッションだ。
「あれ……ここは」
どうやら家の中みたいだ。振り返ってみると、そのにも同じような穴が。なるほど、あの穴はここに繋がっていたらしい。よかった。下水道じゃなくて本当によかった。
「しかしシャルのヤロウ。あとで覚えて――」
「どいてくださーい」
「もげふっ!?」
穴から落ちてきたシャルの尻に潰される。大ダメージだ。
「だからどいてくださいって言ったじゃないですかタケルさん」
「シャル……お前……覚えとけ……」
それからしばらくして、トニックがやってきた。互いに向かい合いながら座し、改めて説得を試みる。黙って聞いていたトニックだが、やがて口を開いた。
「……別にワシはあんたらが自由権を得るかどうかなんて知ったこっちゃない」
「じゃあ!」
「だが。だが、しかしだ。そうすることでこちらの稼ぐが減るんじゃないかってことを心配しているわけだ」
「稼ぎ?」
「ワシらの主な流通品は武器、防具、またはその原料となる鉱石だ。すべてこちらで賄っている。今でこそ市場におけるそういった商品の大きな占有率を有してはいるが、あんたらが自由権を手に入れたことでどうなる? 限られた都市としか交易できないワシらと、どことでも交易できるあんたらとじゃ市場の規模が違う。当然知名度も変わってくるわけだ。質で負けているとは一切思ってねぇが、値段で勝負されたらどうしようもねぇ。次第にワシらの稼ぎは減ってくるだろう。それが商売って言っちゃそれでおしまいだが、みすみすそういった事態が予想できながら認めることはできねぇ。グラントルはスプークスで成り立っている街だ。うちが潰れちまったらそれこそ都市全体の存続にかかわる。だから、ここに住む連中を食わしていくためにも認めるわけにはいかねぇんだよ。わかってくれ」
「うぐぅ」
ぐぅの音も出ないという感じだ。トニックはただ単純に反対していたわけではなく、皆のことを考えて反対していたのだ。そういった強い意志を持った相手に、オレは簡単に認めてくれなどと――
「話はわかりました。で、どうやったら認めてくれます?」
「シャルー!?」
「……さすがグリンゴッツだな。神経が図太い。こんなこと他に言うべきじゃないかもしれねぇが、うちも今、経営が苦しいんだ。採掘できる鉱石も枯渇し始めている……出るのはクズ鉄ばっかだしな。新たな金の鉱脈を見つけでもしない限りは厳しいままだ。だからどうすれば認めるかってのはすぐには答えられねぇな」
「わかりました。要は新たな資金源を確保できれば認めてくれるんですね?」
「おお、なんか秘策があるのかシャル!?」
「んなもんないです」
「笑顔で言われても」
手詰まりである。ここは宿でもとって一旦対策を練った方が……
「親方!!」
穴からドワーフが飛び出してきた。
「なんだ? 今は客人の前だぞ」
「す、すまねぇ! だが大変なんだ! G地点で地盤が崩れて……そんで中のやつらが……!」
「っ!? んだとぉ?!」
一瞬にして物々しい雰囲気が漂う。トニックはオレたちにすまん、と一言だけ告げて飛び出していった。




